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アンデッド少年と脱落賢者の隠遁生活  作者: 鳥辺野ひとり
脱落賢者と少年達の修行
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空色の弔い




「どういうことだッ!!?」


 今、彼の(もと)にはまるで天変地異でも起きたかと錯覚する程の量の緊急報告が、怒涛の勢いで押し寄せ溢れ返っていた。


「“飼育屋”も“部品屋”も“薬局”も連絡が付きません……」

「都の中央貴族の不審死が“飼育屋”の顧客(パトロン)と一致している上、こちらに対抗派閥の査察官と異端審問官(インクイジター)が向かうとの知らせが!」

「町内全ての“孤児院”が最終調整中の商品も含めてもぬけの殻です!!」

「山が、採掘場が燃えています!!」

「ええい(やかま)しい(やかま)しいわ!! こんの無能共がッッ!!!」


 男は声を荒げ、卓上に普段の10倍以上積み上がった紙の山を殴り払った。


「問題をただ報告するしかできんのか!? 今すぐ“部品”になりたいか?!! “催し物”になりたいか?!!

 大体最後のは何だッ山火事如き勝手に消せばいいだろう!!!」


「お、おそれながら、バベドゥラー近郊の鉱床が全て火を噴いて燃え上がり……ふ、火炎竜(フレイムドラゴン)の群れが飛び交っていると……」



 閃光が瞬き、大地が揺れ、遅れて轟音が身体を叩く。


 砕け飛び散ったガラスは、床に紙束に服に肌に焼き付き、煙を上げて焦げ目をつける。


 悲鳴を上げる間もなく、呼吸を躊躇う灼熱の空気が室内へとなだれ込み全身の皮膚と体内の粘膜を(さいな)んだ。



 火炎竜(フレイムドラゴン)竜の吐息(ドラゴンブレス)

 その高密度の魔法の炎は、燃えるものは(たちま)灰燼(かいじん)に帰し、燃えぬものさえ()かし尽くす。


 ()()、町長の居る役所付近に数発だけ飛んできたことで、役所の周囲は火の海と化した。だが幸いにも重度の火傷を負っただけで多くの人々の命に別状はない。

 鉱山からはそれなりに距離があるのも良かったのだろう。書類も役所標準の耐性紙だったことで焼失したものはごく僅か。

 このままどれだけの間炎に囲まれ続けるか次第ではあるが、今のところ致命的な状態ではない。



 だが鉱山は駄目だ。


 不可解なことに全ての鉱山が無人だったタイミングで、どういうわけか本来無属性のはずの──実際昨夜までそうだったはずの──魔鉱石が全て火属性に変わり炎を吐き出している。

 そんな鉱床に、単体でさえ最低Bランクの火炎竜(フレイムドラゴン)が数十体、素敵な新居を見つけたとばかりに降り立ち、周囲を自分好みに()()()()していく。


 明々(あかあか)と赤く塗り替えられていく地表。

 とうに干上がった川には、水の代わりに輝く溶岩が我が物顔で流れる。


 高位の冒険者であれば、竜の魔力が混ざった周辺の灰や溶岩を採取してちょっとした財産を築けるだろう。だが大抵の力なき一般人はその前に命と身体が燃え尽きる。


 昨夜まで他人の人生が燃え尽きる様を(さかな)にして酒を(たの)しみ(わら)っていた者達が、いつその身が燃え尽きてもおかしくないという、まるで立場が逆転したような混沌の中に放り込まれていた。


 馬車が燃え、馬も逃げたと知らずに流れていく人々の群れ。

 馬で抜けるのに半日かかる水もろくに無い草もまばらな荒野を、彼らに走破できるだろうか?







「随分と派手にやったのお」


 程よく既得権益を破壊して、それでいて街を壊滅させないというのは加減が難しかった。


 やりすぎると折角の夜店に舞い降りた期待の新人ネオ“飼育屋”とか自分の薬の実験動物になれたネオ“薬局”が勿体ないからな。

 基本的に命は大切にしていくタイプなんだよ、俺。


 “部品屋”?

 あいつはダメだ。カイルを殺したんだからな。魚も(うま)いことやれば生かしたまま削げるが、最終的には、強いて言うならネオ“部品”になった。


「たまには景気よくやるのもいいだろう」

「確かに。竜の素材や魔力の籠った物が取り放題であるからして、景気が良いとも云えるかの」


 これならそのうち冒険者が群がって、それはそれで栄えるんじゃないかな。高ランクの冒険者相手にだと毒やら呪いやら謀略はまず通じない。通じないから高ランクになれると言った方がいいか。ちょっかいを出したくとも出せないだろう。この世界からお別れしたいなら好きにするといいが。

 そんなリスクを負えるような奴らだったら、わざわざ弱者から搾取なんて最初からしないだろう。搾取できる量がたかが知れている。弱者から搾取するのが好きだからやってるんだよ全く呆れた根性だ。



 魔鉱石への属性付与やら火炎竜(フレイムドラゴン)の運搬程度は片手間で済むが、人の方が大変だったと言わざるを得ない。最後辺りちょっとやっつけ仕事だったから違和感を抱かれる部分があるかもしれないな。

 最後の火炎球はその気晴らしのオマケだ。



「それに、男の子は派手に火を吹く竜とか大好きだからな」

「ま、そうじゃな」



 俺はあちこちで煙が立ち上がっている中、大気を操作し上昇気流を軽く吹かす。



 “灰”が空に舞い上がり、彼方へと流れていく。



 教会の地下の身寄りのない少年達の遺骸は、この辺の国の作法とは違うかもしれんが火葬で丁寧に(とむら)った。



「次は()き生であると良いの」



 朝日に照らされ(きら)めきながら、風に乗って天高く散っていく少年だったもの達を見上げて、アカーラがそれとなく呟く。


「アカーラにもどうなるか分からないのか」


 俺は特に深い意味もなく()いた。


「魂の巡りは時流に囚われぬ。異なる命、異なる時、異なる世界。我には其れがどうなるか(まで)は分からぬ。其れは天上の事である故な。

 我が知れるは“天下の万象”、聞こえは良いがつまりは今生の世のみよ。カイルの事は其方(そなた)を通じて視たに過ぎぬでの」



 もうここには何も残っていない。


 ムカついて空いた容器に関わった奴ら詰め込んだ気がするが別に殺してはいない。まぁ、見つからなかったらそのうち死んでしまうかもしれないが、見つかるだろう。

 それぐらいの有能さは見せてほしいものだ。わざわざ通報したのだから。







 石が擦れる音と共に光が差し込む。

 闇が覆い隠していた(けが)れが(あらわ)になる。


(おぞ)ましいッ! なんと冒涜的なッ!!」


 教皇(ポープ)から“聖女(ホハギア)”の称号を(たまわ)った女性が、付き従えた聖騎士(パラディン)達に命じ扉を開かせていく。いや、先ほどまでは壁だったのだが、斬られ開いていくそれが隠し扉のように見えるだけだ。


 そして眼前に広がる光景に顔を(しか)める。


 執拗なまでに『浄化』された容器に、全身の骨格自体をひしゃげさせ無理やり詰め込まれた、歪な司祭達。本来その身に纏っていたであろう聖職平服(キャソック)は彼らには不相応だと言わんばかりに、全員剥ぎ取られ床に破り捨てられている。


 だが彼女はそんなものを視てはいない。

 そんなものに怒りを抱いたのではない。


 並んでいる容器は小さい。


 当然だ。


 納められるものとして本来想定されているサイズはもっと小さく華奢だからだ。

 空の容器も多い。


 いや、彼女にはそこに、それらに、つい最近まで、ついさっきまで、()()入っていたかが視えていた。額に青筋を走らせながら身体から溢れる聖なる力に呼応して、付き従う聖騎士(パラディン)の1人が持つ聖水の満たされた聖遺物が輝く。

 それは、聖女の(いか)りに応えるように、時に陰惨な真実さえも(つぶさ)に映し出す水鏡を(もたら)す。聖神教会が保有する聖遺物の一つ、『懺悔の聖盥(キーヨール)』。


「──『思い出せ(コンフェッシオン)』」


 数多の永遠、数多の屍体、数多の悲嘆、数多の欲望。



 運び込まれ飾られる。


 運び込まれ飾られる。運び込まれ飾られる。


 運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られる。

 運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られる。

 運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られる。


 運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られ運び込まれ飾られる────



──────



「ここも、()()


 しかし()()()、最後には突如白くなる。水鏡の水面はただ純白の光で満たされ、何一つ見えなくなった。


「駄目です。頻繁に訪れていたようですが、ここも最後に全ての罪が『(ゆる)されて』います」


 ここにいない誰かに語るように、聖女は言葉を紡ぐ。


「先に『告解』した私室が視たところ最も罪に満ちていました。年端も行かぬ無辜(むこ)なる魂に手を掛ける、それも(おびただ)しい数。このようなこと、聖なる主の御許(みもと)においてあってはならない行為。

 しかし……そこですら『(ゆる)され』ていたのです。これほどの規模で一片の(けが)れさえ(のこ)さない『赦し』(パエニテンティア)……わたくしには人の身にできるものとは到底思えません」




 聖神教会は今回の事件で判明した孤児の虐待・殺害を一般に公表。神の教えに背く行為として厳しく処断するとした。

 また、犠牲になった子供達を殉教者として列聖するという異例の措置に加え、バベドゥラーの教会を取り潰し慰霊のための聖堂として一般公開施設に建て替えると発表した。

 同時に、他に腐敗した孤児院がないか、異端審問官が不定期で監査するとの公示も行われた。


 この迅速な対応と、教皇や枢機卿、聖女が現地に訪れその死を悼む様子は新聞やラジオなどのメディアで報じられたこともあり、民間の怒りの矛先は未だその行方が知れない罪人に集中する事になる。


 その罪人、トーマス・ブレン・ゲーマンポーター司教は、当然即日で教皇の名の下にその身分を剥奪され。生死不問で懸賞金付きの指名手配された。


 勿論当然ながら、その男は見つからない。


 見つかることなく、主の光さえ届かぬ夜闇の中で、彼は朽ち果てるのだから。






次回、多分新章!

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