青色の永遠
土煙が晴れると、地面にはディルマーの2本の短剣が深々と刺さっている。その周りは大気摩擦による高温で一部ガラス質になり、衝撃波でちょっとしたクレーターができていた。
俺は即座に肉体と装備の修復をしたから一見何の傷も負わなかったように見えるが、ディルマーとの模擬戦のために防御系の術式は展開していなかったから普通に短剣は直撃していた。俺じゃなければ大体死んでいるだろう。
ちなみにディルマーも余波で吹っ飛んだが、カイルと同じ『状態保存』と『身代わり』を付与した短剣の効果で、負傷は全て短剣に流れて無効化されているから一切ない。頭から地面に突き刺さっているが、ダメージは無いわけだ。
ん、頭が抜けなくてジタバタしているな。
無論カイルには、それはそれとして無関係に防御術式を展開しておいてあるから平気だ。少々驚かせてしまったようだが。
あ、カイルが慌ててディルマーを引っ張って……首の骨を折りかねない膂力で引っこ抜いたようだ。かなり痛かったのかディルマーが頭を押さえながら涙目で怒っている。ははは。
「それにしてもやるじゃないかディルマー。最初に相当な高度の上空へ転移して短剣を投げていたのか。よく狙いがつけられたな」
「剣に『召還の術』仕込んだの親父じゃん。それでいくらか調整したんだ」
なるほど。
確かに『召還の術』は戻ってくる場所の融通が利く。手に直接だったり腰のホルダーだったり、場面に応じて自分の周囲の好きな位置に呼び戻せるようにできている。一か八かではなく、ちゃんと確実に当てる方策があった。
つまり、兎に角なんでもいいから攻撃を当てられればいいという風に立ち回っていたように見えたが、それは本命ではなく俺に術式を使い切らせるための罠だった、というわけだ。
ディルマーの戦闘センスは俺が思っているよりもずっとあるようだな。
「父さんは体、大丈夫?」
「あぁ、勿論。すぐに治したからな」
カイルに心配されたから今日は世界の祝日だ。
「というか、ディーやりすぎだよ。誰か来たらどうするの」
「いいじゃん、どーせ親父なら元に戻せるだろ」
「それでもだよ!」
「それなら兄ちゃんだって! オレさっきの首ちぎれるかと思ったんだからな! てか普通の人間だったら頭と体がお別れしてっから!!」
「う……それは本当にごめん……つい慌てちゃって」
「……べつに、もういいし。たすけてくれたのは……ありがと」
ほぁ~~~~~~~~珠玉の兄弟仲直り──これは後で空間記録術式『勿忘草の蒼』の記録内容を見直す時に何度もリピートしてしまうやつだ。
カイルと再会するまで出来損ないと思っていた『遅滞の術』だが、考え出しておいて本当に助かったと今は思う。満足するまで延々と記録映像を見返せるからな。
◇
「カイルよ。我が隠蔽し人払いもしておる故、気にせずとも良い」
どうやらアカーラはただ黙って見ていたわけではないようだ。
「『黄丹』の力を以て俗世より切り離せば容易き事よの」
そう言ってアカーラが『黄丹』の力だという何らかの術を解いた途端、折れた木々もクレーターも何事も無かったかのように戻った。いや、おそらく本当に何事も無かったのだろう。
「師匠もすごいなぁー……」
「……ハンデもらっても勝てる気がしねえ」
「む? 我と手合わせしたいのか? 良いぞ?」
アカーラが手をワキワキと動かすだけでディルマーは身体を強張らせ、もの凄い速度で首を振って否定している。アンデッドならではの速度だ。見ているだけでこっちの首の骨まで擦り減るように思える。
「い、オ、ぼく……わたくしめのようなかとーな犬ちくしょーごときにはおそれおおいこととぞんじたてまつりますりございますればばばば」
言葉を破綻させつつ耳も尻尾もぺたりと倒して全力で跪いている。
だいぶ必死だ。もう死んでいるが。
まぁ、アカーラも本気で言ったわけではないのだろう。地面で丸まって震えているディルマーをからからと笑いながら、その耳元で囁いた。
「そう云えば、中から直接……は、やっておらなんだの……?」
「ひぅッ」
やはりトラウマレベルの苦行だったのか、ディルマーは身体を大きく跳ね上げると『縮地』で移動し、カイルの背後に隠れ完全に怯えている。
俺の後ろも空いてるぞディルマー??
「うぅっ、に、にいちゃ……」
「大丈夫、大丈夫だから」
尻尾ごとカイルの背に抱きついて涙目で甘え声出しやがって、随分と弟ムーヴが自然にできるようになったじゃないかディルマー???
「もうっ、師匠やりすぎですよ」
うんうん。まったくもってその通りだ。
それにしても弟のために師であるアカーラに諫言するとは、優しい&勇ましいで最強だ。カイルは太陽かな? 太陽だな。どおりでなんか眩しいわけだ。くぁ~ッ目に染みる!
ちょっとぷんぷんしてるカイルっはぁ~~~眩い~~~~太陽が効かないなんてなんだアカーラお前本当に吸血鬼か?? Sランク(推定)は伊達ではないということだな。
「……すまんすまん冗談じゃよ冗談。道士として道を窮めるつもりの無き者に無理強いはせぬ」
どうやら九死に一生を得たようだ。良かったなディルマー。もう死んでるが。
◇
「相変わらず飽きもせずにまた見ておるのか」
「『遅滞の術』の1億倍以上の時流差を暖簾のようにすり抜けてこないで欲しいものだが……まぁ今更か」
そうだ。アカーラの言う通り、これは日課だ。
カイルとディルマーは既に眠っている。
空間記録術式『勿忘草の蒼』は、その言葉通り超長期の情報保持を目的として現役時代に組んだ術式の一つ。
魔石やら魔道具やらに有形で記録を保持するような凡百の術式とは基礎理論から別物だ。
俗にアカシックレコードとも呼ばれている形而上の世界そのものの事象記録概念に対して「マーキング」し、いつでも見れるようにするというもの。過去視の進化版といったところだ。丁度、本に栞を挟むのと似ている。記録したい空間情報それ自体は自力で探さないとこも含め、良い喩えだろう。
決して色褪せず擦り減らず、何時でも何処でも何度でも、繰り返し繰り返し幾らでも、その空間ごと観ることができる。
音も匂いもはっきりと視ることができる。
ここ最近の幸せな日々も、遥かに過ぎ去った後悔の日々も。
「本人が此処に居って、赦すどころかそも恨みさえ抱いておらぬと云うに」
「分かっている。だが、俺が赦さない。……ただの自己満足だ」
これは当時俺がかつてのいた国ニルギリの家に戻ってから、血眼で掻き集めた空間情報。
手遅れの幻影。
俺の長期遠征タイミングを狙った襲撃。
息子を守る妻、母親を守ろうとしたカイル。二人共が攫われた。
俺はその空間情報を追跡した。出来立てのクレーターの中、情報を引き摺り出しては記録した。
二人は拘束され、嬲られ、魔法薬と魔術で生体改造されていく。
切り開かれ、埋め込まれ、縫い合わされ、変質していく。
人としての尊厳を奪われ、人としての形も奪われ、実験が進んでいく。
そしてその実験は最終段階で失敗する。
光に包まれ、その国は物理的に消失する。
荒れ狂う先祖還りの竜の力。
己の命諸共、全ての力をその一瞬に注ぎ込んだ、捨て身の自爆。
そこで途切れた。
もう反応がない。跡形もない。
妻と息子が空間のどこにもいない。
俺は探した。そうして考案した『必中の術』での探査、それ自体は成功した。
高密度の魔力でその大半は消失していた。地中から見つけ出したそれは、親指ほどの大きさの、息子の、カイルの頭蓋骨の破片。
部屋には、家には、まだ妻も息子も居るように思えていた頃だ。
どうにかできる。どうにかする。俺ならできる。やれる。やるんだ。
──まったく、愚かすぎて笑えない。
「カイルは優しい。俺には勿体無い息子だ。だから、俺だけは俺を赦さない」
眼前では、マールが次々と男達に嬲られ、辱められ、そして、意識あるままに解体されていく。
俺はまた間に合わなかった。
繰り返す。
「カイルは忘れていい。忘れて、幸せに歩んでいってほしい。これは、俺だけが抱えていればいい。永遠に」
「望んでおらずとも、か」
「あぁ」
「全く……其方も大概、難儀で靉靆たる男よ」