適性を視よう
「っしゃーッ!! 見て兄ちゃん! おそろいパンツだぜ!!」
「あははっ、ディーおめでとう!」
カイルとディルマーがお揃いの俺謹製白ブリーフ一丁で抱き合い、ぐるぐると回って喜んでいる。
夢幻の息子メリーゴーラウンド。可愛いのハリケーンだ。
地味にアレ以降カイルに対するディルマーの懐き度合いが更に上がって「兄ちゃん」呼びになっている。良いな。俺も「父ちゃん」呼びで構わないんだぞ~。
それはそうと本人が喜んでいる通り、ディルマーもついに全裸を卒業した。お漏らしをしないようになり、ブリーフの着用が許されたのだ。
トイレトレーニングの話ではないと一応言っておこう。あと不能になったわけでもない。
過剰な『精』を溢れる前に『炁』へと最低限変えられるようになったという話だ。
「ところで、『炁』……つまるところ魔力だが、それも無限に溜め込めるわけじゃないだろ。その辺は何か考えているのか」
「適当な術でも放つか、魔石にでも移せば良かろう。道を窮める者なれば『神』に帰り、『虚』に還らんとするが、其れは本願ではあるまい?」
確かにな。まぁ少し勿体ない気もする。
ただ実際問題、過剰に溜まった魔力というものも良くない。力の制御を誤りやすくなるし、誤った時の被害も大きくなりやすい。
威力、規模、飛距離、持続時間。それらが狂えば場合によって致命傷になりえる。一人ならともかく複数人だと危険すぎて連携などできない。なんでも強けりゃいいというわけではない。
「そうだな、何か適当な術式でも教えることにしよう」
「父さんほんと!?」
「それ、人間にできるヤツか?」
俺が人間じゃないみたいなこと言うなよ。寧ろアンデッドじゃない分、俺が一番普通の人間に近いだろう。
なんだディルマー、そのジトっとした反抗的な目は。嫌いじゃないぞ。
「兄ちゃん。親父さ、なんか段々キモくなってる気がすんだけど」
「んー……まぁ、過保護なとこはあるよね」
「過保護っつうか……変態っつうか」
「あー……」
ぐッ……カイルが否定しない!! 特殊なプレイはそんなに……いや、求められたからとは言え、全身を丹念に愛撫して綺麗にしたり野外で抜いたりはあまりよろしくないな普通に。カイルには色々と申し訳ない。
「でも父さん優しいんだよ。ちょっと、愛が重たいだけで」
……
「えっ、な、なにこれっ!? 父さんどうなっちゃってんの?!!」
「ガス状になれば軽くなるかと思ったんだ」
「えぇ……」
「やっぱぜってえ人間じゃねえって……」
俺は今、全身を靄のようにして、ふわふわと宙を漂っている。軽いぞ!
……カイルの反応が悪いな。二度とやらないでおこう。
◇
「ふむ、中々面白い事をしておるではないか。此れで人間としての体を成しておるのが逆に凄いの。利点はまるで無いようじゃが」
「てか親父その息もできなそうな体でどうやってしゃべってんだよ」
ああ、そういえばまだディルマーと会う前の話だったか。
「前にカイルと話してたんだが、肉体を失って魂だけになったときも発話できるようになっておいた方が良さそうだと思える場面があってだな。お前達が修行している間に練習していたんだよ」
「兄ちゃんほんとか?」
なんでそこでカイルに確認するんだディルマー。
「んんー……? あ、あ~もしかして、あの山のお家から麓の……バーノン、だっけかな。父さんにたまに出してもらってるハムとかはそこで買ったやつなんだ。確かそのバーノンに行く途中、そんな話したと思う」
「へぇー、確かにあのハムはうめぇな」
時間が一億倍に引き延ばされているこの部屋の中で修行していた俺達からすれば、あれからもう半年以上経っているからな。パッとは出てこないだろう。外だとまだ初めて山を下りてから1カ月も経ってないが。
「ともかく、得手不得手だとか合う合わないがあるだろう。まずは適性の判断だな。カイルの適性はもう分かっているから、ディルマーの適性を視よう」
魔法を扱うにあたって、幾つかの素質がある。
魔力容量、魔力放出量、魔力放出距離、魔力操作精度、魔力回復速度といった魔力そのものに関するもの。
これで近距離向きか遠距離向きか、そもそも魔法を扱うのに向いていないかがざっくりと決まる。
他に術式系統適性、術式容量、術式構築速度、術式維持時間と色々とある。これらはどういう性質の術式を、どれぐらいの規模でどれぐらいの間隔どれぐらいの時間維持できるかといったものを検討する上で参考になる。
とは言え、これらの素養を補ったり強化したりする魔道具はいくらでもあるので、あくまで参考程度の話だ。よっぽどでなければ、自身のスタイルに合うよう装備で調整をして妥協点を探ればいい。
「兄ちゃんの適性ってなんだ?」
「カイルは中距離万能型、といったところだな」
俺よりも少し近距離寄りだが、遠距離が不得手というほどではない。その辺は『必中の術』であらゆる魔法が対象を無限遠まで追尾するので補えていると言える。
術式系統の適性は特別な指向性があるわけでもなく万遍なく秀でている。物理・論理・心理、形而上・形而下、特に問わず扱える。
経験が浅いから自分で組むことはできないだろうが、俺が組んだ術式を展開して、威力・時間・照準だけ指定して放つ分にはまったく困らない。
「俺って器用貧乏タイプ……?」
「そうじゃない。こういうのは特化しすぎると、状況次第ですぐ詰んでしまう。使い捨ての固定砲台になりたくなければ、最低三つは性質の違う術式を扱えないと一人前の魔術師としてやっていけない。そういう意味ではカイルはもう一人前以上の優秀な魔術師だ」
「えへへ、全部父さんの術式だけどね」
照れ笑いで謙遜しているカイル、これはかわいいくて堪らない5000兆msk。
「独自の術式を一々組んでいる者はかなり少ない。いても使い勝手の良いものを事前構築しておいて待機状態のまま持ち歩いているのが普通だ。やはり出来合いのものを組み合わせたほうが早いし実戦じゃオリジナリティなど無関係だからな。
今日日、本の形をしているものは殆どないが、伝統的に『魔導書』と呼ばれる魔道具がそうだ。自分に合った術式の魔導書を装備して使うのが今の主流だろう。
当然そういった需要向けに、既存術式の改良や新規術式の開発を専門とする研究系の魔術師もいるがな。魔導師と言ったか」
「父さんは自分で作ってるよね」
「俺は今日日の魔術師じゃないからな」
「そういえばそっか」
引き籠もる前の現役時代も含めれば、350年程魔術師やってるからな。老害も良いところだろう。
「我など老害どころではないのぉ」
アカーラは古代文明の遺跡とかそういうやつだろ。
◇
「で、オレの適性は近距離物理型だと……つまりどんなんなんだ?」
特になんと言うこともなく、俺はディルマーの魔法適性を伝えると、そのままオウム返ししてきた。元より村の外には出たことの無かった上にまだ子供。尋ねられたならば真摯に答えるのが大人というものだ。
「何もなければ、距離が近ければ近いほど強い威力の魔法が使い易い。そして形而下・物理作用系統の術式に親和性がある。
要は、炎の球を遠くへ射出したり、概念的に自分の身体を強化するより、拳に炎を纏ってそのまま殴りつけた方が強い威力を出し易い」
「昔冒険者のおっさんが言ってた『属性』ってのとは違うのかよ? 火とか水とか風とか土とか、なんか色々あんじゃん」
「あぁ……そういうのは系統が同じなら実は個人差はそれほど出ない。ただ全く違う術式を扱うのには理解と慣れが必要だろうな。あとは最近の魔術師なら同じ属性の術式の方がセット価格で魔導書が安いとかじゃないか」
「セット価格?」
水魔法で言えば、『湧水』『洗浄』『水抜き』『防水』のような水魔法初級術式セットの魔導書があったなら、水を扱う部分を共通化できる関係で『水弾』『水刃』『落水』『水檻』辺りの中級術式セットを安上がりで拡張できる。
下手に多くの種類の属性の魔導書に手を出すより、ある程度絞って練度を高めた方がコストを抑えられるわけだ。
でもってやはり火と水が人気だ。魔力さえあれば何処でも火と水を確保できるのは、冒険者として活動する魔術師にとって大きいアドバンテージ。いきなり中級で買っておいても損はしない。
流石に上級は魔力と懐の余裕次第だろう。
というわけで大体の最近の魔術師なら、火と水と何かしらを所持していて、一人前ならそのうちのどれか一つは上級と言ったところ。
ま、350年近く自分で術式組んで溜め込んでいる俺には全く関係ないんだがな。
カイルも魔導書じゃなく星幽体に術式の元型を直接渡してある。魔導書から展開するのとは速度が違う。
種類も多岐に渡るが特に安全に無力化、撤退することに重きを置いた術式が多い。あとは適当に──あえて属性で言えば火・風・水・土・光・闇・氷・雷・力・時・空・聖・邪・幻・精・霊の各種初級から特級相当を良い感じに──術式をピックアップしてある。
魔力量は俺と魔力路が繋がっている以上、さほど気にしなくていいからな。好きなだけ使って欲しい。
「そういう訳だから、ディルマーには肉弾戦に向いた術式を選ぼうかと思う」
「どういうわけか分かんねえし、オレの意見これっぽっちもきかれてねえ気がするけどいいぜ」
物分りのいい次男だ。ディルマーに100万ott。
そういえばこのお父さんチートレベルの魔術師だったんですよね。ただの変態ではなく。
※グレンデールさんの遍歴
10代後半〜:魔術師として戦線で前線に立ったり諜報活動したりする。
40代後半〜:家族の死。魔導師として引き籠もり始め、研究し続ける。
約100歳〜:国を出奔。以降冒険者として名前と姿を変えながら各地を転々とし続ける。