手解きしよう
背後注意です。
「いや、それが無理だろうなってさっきカイル兄と話してたんじゃん。ちゃんと聞いてたのかよ」
思わずオレはあきれて声を荒げる。
いや、本人前にして「あんたに勝てるわけねえって話してたんじゃん」って敗北降参させられてるみてぇでムカつくけど、実際勝てねぇんだよなぁ。
「ああ、勿論聞いていた。つまり、俺とカイルが雌になれば……ディルマー、必然的にお前がこの群れのトップの雄になるわけだ」
「なるほど、そういう……は??」
……は????
何言ってんだこの親父。
「お、俺、メスになるの……?」
なんでカイル兄はそこで顔を赤くすんだ?
「俺は最初、勿論カイルが良いと言えばだが、肉体的に作り変える案で行こうと思っていた」
「お、親父が、女に……? ……ウェェ、想像できねぇ」
もしかして、この町に来てから宿に閉じこもるまでの間だけちょっとかけてもらってたあの変身魔法使うのか……
いや、全っ然想像できねえ!
ウェェェ……!!
カイル兄は……多分今とそんな変わんねえ気がするな。普通にやさしいふわふわした感じの姉ちゃんになりそう。
……オレ直接負けてっけど。
思いっきりあご砕かれて首折られてっけど。
「ほれ、だから云うた通りではないか。どれ程見目美しく取り繕おうと、元が其方と分かっておる時点で普通に無理じゃろうて」
おぉ! いつもオレを徹底的にしごいてる師匠が、すげーまともなことを言ってる。
ちょっと感動した。
「肝要なのは、姿形に非ず。本能に働き掛ける雌狼人の臭いよの」
あ、別に味方してくれるってわけでもねえなこれ。
師匠の手には、あからさまに怪しげな液体が入ってる小瓶がいつの間にか握られてる。
すげー嫌な予感。
「雄の発情は、雌の臭いを以て齎され、より優れた雄の臭いを以て抑制される。なれば、小童以外の全員、この雌の香油を首、脇、陰嚢、会陰、尾骨に塗布すれば良い」
それさっきと変わってねえよ!!
「なあ、あの、それ、直接嗅ぐんじゃダメなのか……ですか」
「なんじゃ小童」
「ハイッ」
師匠の目が怖え……
ぜってぇオレの覚えが悪くてキレてる。
「瓶に発情したいのか?」
オレは尻尾も耳もまとめて項垂れるしかなかった。
◇
どうやらアカーラが創り出したフェロモンの香油には不揮発の魔法が施されているようだ。魔法が解かれた瞬間に匂いが漂うものらしく、現時点では全くの無臭。
まぁ、そうでなければ、それこそアカーラの言う通りディルマーは瓶に発情してしまうだろう。
「どの道、人の嗅覚では知覚出来ぬがの。しかし雄狼人には覿面。心掻き乱す抗い難き蠱惑的な色香に感じると云うわけよ」
香油を数滴吸わせた布で、俺とカイルは指定された部位を拭って匂いをつけた後、アカーラは煙のようにその布切れと小瓶を消し去った。
何度見ても空間魔法なのか物質を無に還しているのか判断できない。
「では、“蕾を開く”としよう」
アカーラが付与を解いたようだ。
肌に直接塗布してなお、それに魔術が付与されていて、そしてそれが解かれたこともまるで感じ取れない。恐るべき技だ。
だが、確かに匂いは漂い出しているようで、ディルマーは途端に鼻を手で押さえて、顔を紅潮させていた。
「う……ぁ………は、なん、こ、これ……」
……これ媚薬では?
瞬く間にダイレクトにアウトなトロ顔を晒して、上からも下からもよだれが糸引いてるんだが。止めなくて大丈夫か?
ちなみに、ディルマーはさっきから全裸のままだ。
修行してたからな。
裸である事に慣れすぎて若干感覚が麻痺っている。
「む? 『精』の感覚を教えるのであろ? 其方最初、女体で最後まで閨事をするつもりでおった癖に、何を今更云うておる」
まあ、確かに。
いや別に、女体になるのはそれほど難しくない。ちょっと骨と内臓と筋肉動かして髪や肌を整えれば済む話だ。それこそ美女も女児も老女も対して難易度は変わらない。
現役時代は高級娼婦としてターゲットに近寄り籠絡した事も、聖女の影武者やって暗殺を回避したことだってある。
筆下ろし、それなりに自信はあったんだがな……
逆にディルマーを女子にする案もあったが、肉体の組み換えは気の質や流れに影響が出るからと、そちらもアカーラに却下されている。
まあ元々同じ理由で修行前、この町へ来るときにかけていた変装魔法を解き息子達を元の姿形に戻していたのだから、これについては仕方ない。
「う、ぐ……ぅぅ、ウゥ゛ヴヴ……フッ、フーーッ」
おっと、そんなこんなしているうちに、なんだか人間じゃない感じの唸り声になってるぞ。
というか余程俺達に発情している事実が堪えているのか、凄まじい下痢を我慢してる時みたいな顔になってるな。いや、むしろ便秘で力んでる感じか。
……ちょっとこれ本当に大丈夫なのか。
「ディー」
「ぎぅ、ッ!」
「ほう?」
な、カイルの方からディルマーに抱き着いた!?
当然だが、カイルもさっきまでディルマーと揃って修行していたから、俺謹製の純白ブリーフ一丁のほぼ裸だ。
カイルが、ジットリと汗ばみ熱く火照ったディルマーの身体を、肌を、包み込むように優しく抱き締めている。
「大丈夫。大丈夫だから」
「ぅ、や、はなれ……ッ! やだ、おれっ、かいぅ、にい……やだよぉ……」
「俺はいいから、我慢しないで。ね?」
あぁあぁぁあああ!?
泣きながらディルマーの腰がもう勝手に本能でカクついて!!
カイルの太腿にッ!!!
「これだけ濡れてれば……俺のは……見えないようにしたほうがいい、かな……?
ほら、ここだよ。こういうのは無理せず全部出し切ったほうがいいから」
「あぅッ、ごめ、おれぇ……ッ」
だっ、駄目だカイル!! それは自分の意志でずらされると効果がないんだ!!!
グッッ!??
クソ、アカーラが俺ごと空間を完璧に掌握してやがる!!
動、け ん ! !
オ゛イ゛!゛!゛!゛
「ほっほっ、睦事は若人同士に任せて、老耄は引き上げようではないか」
ふッざけんな!! 何勝手言ってやがる!!! 死に損ないのクソジジイ!!!!
◇
────どれ位経ったのだろう。
俺が身動きを許されないままアカーラに引き摺られて寝室に戻った時には、もう全て終わっていた。
ディルマーは少し泣き腫らした顔のまま、出し尽くして疲れ果てたのかベッドですやすやと静かに眠っている。
聖母を思わせる慈しむような笑みを浮かべたカイルがその小さな額をそっと撫でながら、閉じられた瞼を濡らしていた微かな涙を柔らかく指先で拭う。
眼前に広がるこの神聖な光景は、聖画として後世に残すべきではないだろうか??
「……父さんと再会する前……この町に居た頃、一緒に仕事させられてた友達がいたんだ。……今思えば、薬とか盛られてたんだろうね……すごく、辛そうにやらされてて。
その友達みたいだったんだ。だから、見てられなくって。……もうその時のみんなは、いないんだけどね」
「そう、か……」
俺が無神経だった。
ちょっと死んでくる。
「ちょ、父さん待っ、何その黒いの! 待って待って!!」
「これは空間を極限まで湾曲して剣の形の特異点を生み出すことで、斬り捨てたあらゆるものを世界から消し去る、なんかそういう感じのやつだ。今考えた。今死ぬ。クソみたいな父さんで済まなかったな……」
「やめてやめて!! だめ!! 死んじゃダメ!!!」
カイルに止められたので死ぬのは中止だ。
「なら、好きなだけ殴れ! 穿て! 抉れ! 潰せ! 切り裂け!!」
「えぇ……」
剣、槍、斧、鎚、ナックル、棍、弓、ボウガン、銃。
俺は手持ちのあらゆる武具を魔法の袋から放出する。
「……もう、父さんのそういうとこ。ちょっと面倒くさいよ……」
めんどくさいよ…… めんどくさいよ……
めんどくさいよ……
よ…… めんどくさいよ…… めんどくさいよ……
めんどくさいよ…… めんどくさいよ……
めんどくさいよ……
め ん ど く さ い よ ……
グヮボァァァァァァアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!?!!゛!?!゛!!??゛!゛!!゛゛?゛
「と、父さん?!」
「カイル、気にせんで良い。お主の言葉が効いておるだけよ。自業自得じゃ」
「でも、白目剥いて痙攣しながら泡吹いてる……」
「放っておけ。お主が呼びかければすぐ立ち直る。此方よりも小童の方を看ておれ。覚醒めた直後の会話は肝要故な」
「は、はい。分かりました、師匠」
──あぁ、息子が成長していく。
「いや、気色悪過ぎて心配されとるだけじゃからな? 斯様な男からあれ程に心根の優しき少年がよく生まれたものじゃな」
そうだろう!!!!!?!!??!????
うちの!!
息子は!!!!
最 ッ 高 な ん だ よ ッ ッ !!!!!!!!!!!!
「ええい、喧しいッ! 少しは子離れせぬか!!」
セーフセーフ。全然明確に書いてないです。皆さんの自由な想像に委ねております。
(また)グレンデールさんの気色悪さが新たな次元に突入したような気がします。