ディルマーはうまくいかない
「其方はまた……愛を形にせずには居れぬのかのう」
アカーラは呆れ顔でこちらを見ているが、なんだかんだ言って形があるとホッとするんだよ。俗人なんだから。
それに、人の気持ちなんてものは普通、目に見えないんだ。愛も見える形であった方が良いってものだろう。
んん~それにしても!
カイルは何を着ててもかわいいんだが、やっぱりブリーフを着てもかわいいなあ~!
なんというかより純朴さが際立っている。たかが下着一枚などと思っていたが、カイルの優しさや素直さみたいなものをより一層引き立てている。シンプルな白の無地というのも大きな要素ではあるんだろうが、ブリーフそのもののデザインやシルエットの秀逸さについても評価せざるを得まい。
そして、そんな最新の下着を容易く着こなす息子!
クァーッ!!
もはや流石としか言いようがない。
「キモ……其れを口にせぬ分別は有るのじゃな」
恥ずかしがるからな。
もちろん、恥ずかしがるカイルも当然最高にかわいいが、俺如きの欲望のために羞恥で苦しめるなんてことはあってはならん。
「……? 師匠も父さんも、どうかしたの?」
「いや、気にせずとも良い」
「どこか引っかかるとか痒いとか苦しいとかはないか?」
「ううん、大丈夫。ちょうどいい大きさだし、着心地もすごくいいよ! 父さんありがとう!」
ふふ、ずっと目の前で見てたからな。それはもうサイズはばっちりだろう。
それにしても、息子の「ありがとう」効ッくゥゥ〜〜!
なったことはないが、肩こりや腰痛に間違いなく効くヤツだ。
「いや、効かんじゃろ」
人のモノローグに躊躇いなくツッコミを入れてくる吸血鬼、流石はSランク(推定)だ。恐ろしい……まあカイルのかわいさの前には敵わんがな!!
「うぅ…………いいなー……オレも早くパンツはきてぇよ…………」
ん、ディルマーも欲しいのか? 素材はまだあるし、用意する分には問題ないが……
「なれば其のだだ漏れの『精』を督脈にしっかり引き込み、堪え性のない陽物から淫精を漏らさぬようにせぬか。少々小突いた程度で此れでは、穿いた所で間もなく青臭く穢すだけ。四の五の云うでないわ小童がっ」
「やッ、タンマ、もうやめッッ! ひッ、あぐッ!?」
「云った傍から垂れ流しおって、汗衫を穿くなど夢のまた夢じゃの」
何か知らんが、アカーラめちゃくちゃスパルタなんだよな。単にディルマーの覚えの悪さに痺れを切らしているのかもしれないが。
◇
しかし数千年生きている存在をイライラさせるというのはある種才能とも言えないだろうか。相手の感情を揺さぶるのは戦闘でも交渉でも主導権を握る上で有効だ。
「ふ、ぃいッ、ァァああ゛ッッ!!」
あーあ、また出ちゃったな。はい掃除掃除っと。
「其方、相変わらず息子の事となると思考が阿呆になるの」
それ程でもないだろう。
というかディルマーは相変わらずすぐ出てるなぁ。
アカーラは普通に喋っているが、その腕の中のディルマーは汗だくで抗い逃げる様に藻掻いている。そして結局その甲斐なく、再び一際大きく身体を強張らせると、生理的な涙やら鼻水やらその他なんやらで肌や床を汚した。
はいはい掃除。
う〜ん、ディルマーはカイルに比べれば一回あたりの量は並だが、回数と間隔が凄い。
もう死んでなきゃ、死んでると思うぞ?
今アカーラがディルマーに施しているのは『栽接法』、『房中術・双陽交接』というものだそうだ。
裸で組んず解れつしながら、ディルマーの体表のあちこちから体内へとアカーラは巧みに『気』を注入して、その流れを誘導している。
少なくとも俺にはそう見えている。
……まあ傍から見ると、超絶技巧の前戯だけで肝心の場所には殆ど触れる事なくディルマーを延々と何度も搾り取り続けているようにも見えるは見えるが、そういう如何わしいものじゃない。鍼治療の魔力版と言える、かなり精密な医療行為と言っていい。
あれは搾り取るとは逆で、流し込まれた分をディルマーが上手く引き込み切れず、結果としてそのまま押し出されて溢れているだけだ。
でなければディルマーは干乾びてしまう。
最初は胡座をかいて向かい合って座っているだけだった──それは『清浄法』というもので、肉体を触れ合わせずに『転河車』を回す修行らしい。カイルはその方法だけで徐々にだがちゃんと上達していった──のだが、ディルマーは身体が『精』知らなかったこともあってか上手く扱うことができず、アカーラは「駄目じゃな、埒が明かぬ」と言って肉体言語に切り替えて教え込み始めた。
しかし、どうも進捗は芳しくないようだ。
俺は掃除を再び済ませた後、小休止を提案しアカーラと相談することにした。
「思うに、性欲というものを理解すれば、少しはマシになるんじゃないか? 今ディルマーは、ただ機能的に達しているだけだろう。それ以外を知らないのだから真っ当なソレを知れば、ソレを踏ん張る感覚も掴みやすくなるんじゃないか?」
「云わんとする事も分かるが、其方が今考えとる其の方法は常軌を逸しとるぞ。正気か? 其方に関しては今更じゃが」
いやいやこれでも結構昔は……う〜んまあ確かにトラウマというか性嗜好を捻じ曲げかねんが……
◇
──オレはまっしろに燃え尽きていた。
あー、……………むり。
てかぜんぜん意味わかんねえんだよなぁ……。
師匠が言うには「こらえ性のない」らしいけど、ムズっときてブワッとしたらもう出てんだからどうしようもねえよ。
オレは息も絶え絶えで床で大の字になってる。思い通りに身体が動かねえ。
親父がなんか魔法ですぐにパッパってきれいにしてくれてっから、あとからにじんでくる汗で少しじっとりしてるだけで済んでっけど、それがなかったらもうベトベトのヌトヌトで、臭いもキツイし黙って諦めてたと思う。
あとは──
「ディー。はい、水」
「はッ、はーッ、……あり、がと……カイル、兄」
「無理してしゃべんないでいいよ。ほら、ゆっくり水飲んで、息落ち着かせて」
──カイル兄ができててオレができねえってのは、なんかモヤモヤする。
悔しい、のかもしれねえ。
今まで、やってみてできなかった、ってのがあんまなかったのもあると思う。
いや、別にカイル兄を兄貴として認められねえってわけじゃねえんだけど。なんつーか……オレが、弟になりきれてねえ、のかな。
オレが水を飲んでいくらか落ち着いてきたのを見計らってか、カイル兄から話しかけてきた。
「……そういえば、ディーはこの修行始めてから出るようになったんでしょ?」
「え……あぁ、まぁ、な」
んだよ、出たことなかったよ。悪かったな。
「狼人って発情期とかあるのかな。なんかそういう……女の子が魅力的に見えたり、ムラムラしやすくなったりする時期っていうか」
「どうだろーな。でも、そういわれっと……村のみんな、大体おんなじ季節に産まれてたし、そういうのはあんのかもな」
オレもルパーも、1年差だけど産まれたの春の最初あたりだったし。
他の季節に仲間が増えたって話も聞いたことねえ。
春に村でお祭りやってたり、そんときだけ教会の奴ら来てたりってのも、多分そういうあれか。
「昔……」
カイル兄はそう言うといつも少し間ができる。たぶん、その『昔』と『今』の間に、『嫌な昔』が挟まってるんだと思う。
オレも似たようなもんだし。なんとなく気持ちは分かる。
「昔、父さんといた頃ね。図鑑で『狼は群れで一番優れた個体だけが繁殖できる』って書いてあったけど、狼人はどうなんだろ」
「なんで……あー、オレ、カイル兄に負けたもんな。え? そういうことか?」
やっと分かった。
カイル兄も親父も人間……人間か? 少なくとも狼人じゃねえから、カイル兄はそのへんにオレが『精』をうまくあつかえない理由があるんじゃねえかと思ったってことか。
「そういう意味じゃ、今は父さんがこの群れの一番上な気はするけどね」
うわ、まじかよ。いや、そういやそうだな。逆らえるかって考えると無理だ。体が本能的に無理だって感じてる。
アカーラ師匠なんかは、どうだろうと無関係に無理って感じだけどそれとは違う。師匠は“群れの仲間”ってのとは違うからだろうな。どっちかって言うと村長とか相手にするのを考えるのと近い感覚だ。
でもってもういねえ村長と違って、年々衰えるってのが今の師匠と親父には無い。最悪だ。
「それ、オレ無理じゃん。ぜってえ一生勝てねえよ」
「ふふっ、僕も無理な気がする。父さんとは勝負にならないよ」
あははっと笑ってるカイル兄は、悔しいとかじゃなくて清々しいっていうか、そういう感じじゃなかった。
オレも思わず吹き出して笑っちまった。
あー、弱えな。オレ。
なんて、若干笑いながら黄昏れてたら、いきなり別の部屋とのドアが開いた。
「話は聞かせてもらった」
作戦会議とか言って引っ込んでった、親父と師匠だ。
なんか台詞がダセェ。
「ふむ、矢張り別視点の発想が重要と言う事かの。斯様な穴が在る故、気を付けねばならんな」
「だから言ってるだろう、うちの息子は優秀なんだよ」
「一理あるが、執拗に云うでないわ」
親父は典型的な親バカなんだろうな。村の大人にも「うちの弟は狩りが上手い」とか「うちの妹が料理すればどんなクズ肉も絶品なんだよね」とか言う奴がまあまあ居た。
だが、この親父はそんな平凡な奴じゃねえ。そのことを少しオレは甘く見てた。
「要は、一時的にディルマーを家族で最優のオスにすれば良い」
次回、一体どうなる!? ディルマーの貞操!!
(本編はあくまでR-15の範囲で頑張ります)