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アンデッド少年と脱落賢者の隠遁生活  作者: 鳥辺野ひとり
脱落賢者と少年達の修行
39/87

流行りの純白




「うむ、まずまずかの」

「あ、ありがとうございますっ!」


 アカーラの言葉に、カイルが腰を折ってきびきびとお辞儀している。

 ディルマーは相変わらず下半身を汚してぶっ倒れているが、カイルは自身の『精』を煉って『()』に変換することにかなり慣れてきたようで、零すことは殆どなくなっていた。

 固くはなるものの精々先走りが少し出る程度だ。以前の鉄砲水な状況を考えれば、真っ当な思春期の許容範囲と言える。


 何でそんなことが分かるかと言うと、そう、まだ三人とも全裸なんだよ。


 修行開始から半年──外だと0.15秒ぐらいか──寝食は普通に服を着ていたが、修行のときはすっぽんぽん。まあお陰で出たときの回収も、汗だくの身体をお風呂で洗わせるのもすぐできて楽だ。

 しかしついに、カイルはアカーラの許しを得て、肌着の着用を許されたわけだ!



「というわけで、折角だから新しく用意した」

「?」


 俺が取り出したそれを見て、カイルは首を傾げている。

 300年の時を経て、下着も色々と生まれては流行り廃れを繰り返した。孤児だった上に娼館で軟禁状態だったカイルがこの時代の最新の衣料事情を知らないのも無理はない。


「適度な通気性と保湿性、柔らかさとしなやかさでデリケートな場所を優しく包み込みつつも、過度な熱気は逃がす。綿(コットン)製のブリーフというものだ」

「あ、すごい、ふわふわ。ちょっと丈短くて恥ずかしい気もするけど、動きやすくていいかも? でもこんなきれいな白い綿って高そうだけど、目立たないの?」

「今までのはカイルが元々着ていた麻布風だったが、今は多くの平民にもそれなりに綿衣料も普及している。100年くらい前から大量生産の技術が確立されて、前世ほど高級品じゃなくなったんだ」

「へぇ~、そうなんだ」


 まだ300年前は、価値を維持する目的で綿花の大量生産は大々的には行なわれていなかったし、服作りも服飾職人による手作業が殆ど。

 俺はそれなりの高給取りだったこともあり、愛する家族の服に金を出し惜しみなどしていなかったから、当時からハンドメイドの綿の下着を用意していたが、今の数十倍とか百倍近い値段のものだった。と言うか服自体が全体的にかなり高かった。

 それが今では気候が合う各地で大規模栽培され、魔力駆動式の紡績機や縫製機も普及。工場で安価に大量生産されるようになった。

 手縫いは手縫いで注文された一点物を作るオートクチュールの高級志向になっている。そういう意味ではこのブリーフもオートクチュールだな。糸から手作りの一点物だ。


「わぁ~父さんの言うとおり、なんか包み込まれてるって感じがする」


 カイルは俺謹製純白ブリーフを早速穿いて、鏡の前でくるくる回って立ったり屈んだりしている。



 ──息子の股間は任せたぞ……







 大切な息子の下半身を最も直に触れて害悪から守る()()を、俺が只の木綿で作る訳がない。


 なんせ息子たちの修行を見守っている間、俺は暇を持て余していた。

 ちょっと時間を引き延ばして転移すれば大抵の素材は見繕えることもあり、色々と趣向や技巧を凝らして一見普通の白ブリーフに見えるように仕上げるのは中々に楽しかった。



 少し話が変わるが、魔物というのは多くが既存の生物をベースとしている。例外は形の無い霊魂系だろう。まあ既存の存在を拠り所にしている点は同じとも言えるか。


 でもって樹木が魔物化したものが所謂魔樹(トレント)だ。


 だから当然、かつての元になったであろう樹木の性質を垣間見れるものも多い。棘や毒、捕食性なんかは勿論警戒すべきだが、安直に木だから焼き払えばいいだろうと考えた奴が、熱や乾燥をきっかけに種を撒く植物の存在を知らずに半端に燃やした結果、火の中から弾け飛ぶ無数の種達を全身に撃ち込まれ、めでたく生きた苗床になったなんて話もある。

 単に種類問わず殲滅するなら、一発で灰燼にできる程度の高火力で焼き尽くすか、完全に氷漬けにして粉砕、辺りが妥当だ。


 そんな厄介な魔樹(トレント)なのだが、素材としては木に近い扱い安さと魔力との相性の良さから有用な高級素材とされている。大体同じ大きさの金塊と同じかそれ以上ぐらいの価値になる。


 まあ、だからそれに目が眩んで突っ込んでいく死人(馬鹿)が絶えないんだろうがな。

 植物なら勝てるだろうとか、動きが遅いからなんとかなるだろうとか、まったく“自然”を舐めている。動きが鈍く見える魔樹(トレント)は、遅くても十分に勝てるから遅いってことに肥料にな(ころされ)るまで気付けない。あと普通に動きが速い奴もいる。


 魔樹(トレント)は総じてC〜C+ランクだ。Dランク以下の冒険者(いっぱんじん)が近寄るのは自殺行為。単純な討伐というだけでも最低Cランク以上のみで徒党を組み、かつ植物に精通した専門家をそこに伴わせるべきだ。勿論Bランクだからと一人(ソロ)で行くのも止めた方がいい。

 だからこそ、その素材としての希少価値が高いという風にも言えるのだろう。

 倒すのはともかく採取となると難しい魔物。植物系の魔物は総じて生死の判断が難しい上に、普通の植物同様に本体と関係無く種や毒は生き続ける。

 安全の為を考えれば、跡形も無く消し去るのが最善だ。


 では、木綿の魔樹(トレント)が際立って強い部類かと問われれば、流石に竜種程ではない。

 ただ、何も知らずに近寄り、辺り一帯に漂っている微細な綿毛に気付かず呼吸していると、程よい位置で(ことごと)く肺を破壊され血反吐を撒き散らしながら普通は死ぬ。おまけに同じ場所をぐるぐる歩き回る羽目になる幻覚作用付きだ。そうやって料理した死体を養分にしているのだから、それはもう立派な綿花を拵えている。

 ちなみに木綿(コットン)魔樹(トレント)の一番いやらしいところは、ごく稀にその最高の綿花をあっさり手に入れられることがある点だろう。そうやって人間の欲を刺激して誘き寄せているわけだ。


 無論、俺はそもそも近寄らずに魔術で適当に採取するから全く問題ない。

 本来は飛散している魔力親和性の高い綿毛が魔術の指向性を狂わせて、意図せぬ方向へと捻じ曲げたり跳ね返したり暴発させたりするのだが、そんなものは時を数万倍に引き延ばしている間に綿毛の隙間に魔力を通す俺には無関係だ。


 魔樹(トレント)綿の見た目や肌触りは只管(ひたすら)いい上質な木綿その物だが、やはり普通の木綿とは比べ物にならない程、魔術の付与に向いている。それなりの量の術式を織り込められるので、腕が鳴るというものだ。


 何せこいつはかわいい息子の股間を守るためのものなんだからな!







 ──俺等が木綿(コットン)魔樹(トレント)を探すのに採った方法はシンプル。


 風魔法の膜で完全に対策を取った斥候と共に、雇主から提供された使い捨ての人材(どれい)を先行させる。有毒な綿毛(クソッタレ)が齎す独特の(そそ)られる匂いに従って歩かせれば、膜で守られた俺達には知る事のできない宝の方角を安い金で知ることができる。“コンパス”が使い物にならなくなる頃には魔樹(トレント)は目の前。後の採取は俺達の仕事という寸法、のはずだった。


 誤算はいくつかあった。


 一つはその使い捨てのガキの運が飛び切りに良かった事。その匂いを嗅ぎ続け木綿(コットン)魔樹(トレント)まで案内しきって尚、ピンピンしていた。そのままそのガキに採らせていれば、恐らくこんな事にはならなかったんだろうよ。


 もう一つはそのガキの様子を見て、噂に聞いていたものの眉唾だった「綿毛が飛んでない時」だと()()()()()事。実際は綿毛はいつも通り出てやがった。魔樹(トレント)が気紛れに人間1人選んで、匂いの綿毛以外が逸れていただけだった。


 なんでそんな事分かるって?


 膜を解いた途端、俺達全員が幻覚と吐血を起こしたからだ。もうそうなったら解毒薬や回復薬もまともに飲めない。見えていようが、自分の手も足も口も()()()()()()()()()()。位置と場所が見えているのに判からなくなる。

 混乱した魔術師が得意の風の刃で、同時に剣士も手に持ったままの両手剣で、兎に角魔樹(トレント)を切り倒そうとした。そうして全部出鱈目な方向に散らばって、同士討ちしながら全員血の海に沈んだって話だ。


 奴隷のガキがその余波で苦しむ間もなくバラバラになってたが、綿毛の毒で死ぬよりは楽な死に方だ。とことん運の良いガキだった。



「なにが……ゲハッ、かん゛た、んな、じごとォ゛……だッ……!」


 ガキがバラけて転がっていた首が何故か雇い主の顔に見えて苛立った俺は、そいつを踏砕こうとして足を踏み外し──そうだ、位置が判からないんだよ──そのまま地面に平伏した。







 なんの変哲もない家族は、山道で人攫いに襲われることも奴隷として売り飛ばされることも親兄弟を人質に片道切符の命令をされることもなく、いつもと変わらない平和な一日を今日も過ごしていた。


 その夜、子供の一人が珍しく両親にねだって、同じ寝床についた。





グレンデールパパの変態度合いがまたワンランク上がってしまいましたね……

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