気を練ろう
背後注意ですが色気は無いです。
アカーラによる息子達の修行は順調に進んでいた。
外が少々騒がしかった気がするが、まぁあれだけの人数それなりの身分の人間が始末されれば不都合も生じるだろう。その辺はこの国の不始末だ。俺の知ったことではない。文句言ってくるようだったら身分制ごと消して共和制にしてやる。
さて、アカーラが語っていた性欲を緩和する為の修行法。『小周天・煉精化気の丹功』。
これは魔術業界では一般に禁忌とまではいかないものの、最終手段とされ、忌避されているものに近い内容だった。
ようは生命力を魔力に転換する技法だ。
加減を誤れば寿命を縮めかねない魔力の緊急回復法。まぁ、冒険者をやってる連中だとやらなきゃ死ぬ時なんざ多々あるのだから、やれるだけのことはやってギリギリでも生き延びようと足掻く奴が多い。
でもってこの技は少々弄ると(加減次第で己の寿命を縮める技法を最初に弄くろうとした奴は相当に頭がおかしい奴だろうが)他者から生命力を搾取し魔力に変換する事もできる。いわゆる『エナジードレイン』というやつで、魔物では淫魔なんかが代表的だが、アンデッドも使ってくることが多い。
人間がその目的で使うと、余程運が良くない限り他者の生命力から変換した魔力が身体に合わず、体内魔力がイカれて最悪内側から破裂して死ぬ。
アホとしか言いようの無い致命的な問題点だが、習得自体はできるものだ。
魔術的にはほぼ無価値な技法。
しかし、得られた魔力を体内に取り入れずにそのまま棄てれば良いので、ただ搾り取ることを目的とすれば使えるといえば使える。
どう使えるかと言えば、単純に弱体化や拷問の一種としても使えるのだが、最もよく使われているのは娼館だろう。
なにせ『エナジードレイン』は快感を伴う。
当たり前だが一歩間違えれば搾られる側も搾る側も死にかねないというか一時期死人が大量に出たため、免許や届け出も無しに人が人へ使うのは違法。しかしどの町にもある“裏”の娼館では相変わらず扱っている店が多い。
勿論ここクソ町は況や、と言ったところだ。
だが他の町とは趣が違う。
ここでは最期まで搾り取る。遠慮なく死人を出す。
耐え切れば借金はチャラにしてやるだの、家族には手を出さないでやるだの、生かして返すつもりなど端から無いだろうが、その甘言とリアクションも含めて“ショー”とする。
そしてそこまでは言わば“生地”であり、実際は“トッピング”として客を飽きさせないさらなる工夫が凝らされている。変換された魔力量に応じて身内の金や薬、生きていられる残り時間になる等が人気だという。血の繋がった家族が応援したり懇願したり罵倒したりする様を蒸留酒片手に終わりまで眺める愉悦の“フルコース”だ。
大分話が逸れてしまった。
つまり俺が言いたいのは、どうもこの『小周天・煉精化気の丹功』というのも快感が伴うらしい、ということだ。
気を抜くと漏れるのだそうだ。
「そうだ」じゃないな。今も漏れている。
ビンビンになったカイルの先端からトロトロと結構な量が零れている。
◇
「陽物が熱く屹立しておるのは、正しく『精』に触れられとる証。其の溢れん流れを逆向きに引き戻せ。危虚穴から督脈を通じ、泥丸まで汲み上げよ。そして『気』を以て丹田の炉に火を焼べる」
「~~~~ッんぅぅーーーッッ」
カイルは顔を真っ赤にして汗だくになっている。俺の術を無視して、カイルの心臓は拍動を速め血管も汗腺も広がっている。
そう、カイルの心臓は自ずから動いているのだ。死ぬほど驚いた。死なないが。
なんでも『気』を意識的に廻らせていることで、血管や臓器が一時的に生前と同様かそれ以上に活性化しているかららしい。俺の魔法もう要らんのでは?
少しばかり寂しくもあるが、立派な成長だ……。
あまりの急激な変化に、俺は最初ものすごく心配したのだが、アカーラの精緻な魔力がカイルの体内の魔力の流れ全てを慎重に支えているのは視えていたので、不用意に干渉することも無理に止めることもできる状況ではないとすぐに分かった。手を出せば却ってカイルの身体を傷つけかねない。
俺がその状況を理解できることも、指を咥えて見守るしかなくなることも、アカーラは織り込み済みだったのだろう。
この『精』を汲み上げ、『気』で練り上げ、『炁』へと戻して身体に巡らせる。順転の流れを意識的に逆回しにする修行を『転河車』と言い、『小周天・煉精化気の丹功』の中でも重要な修行として位置付けられているそうだ。
これを本来『三帰二』の境地を目指す者なら300周ほど回し続けるらしいのだが、今回はあくまで『精』を『炁』へ転化する方法を身体に馴染ませる程度なので、100周が目標で良いとのこと。
ちなみに同じ修行をディルマーもやらせていたところ、そういった感覚がただの人間よりも鋭いからか、全身の『気』の掌握はすぐにできていた。獣人は身体強化系の術を得手とする者が多いというのもあるのだろう。
だが、『精』を汲み上げる際に問題が生じた。
ディルマーはまだだった。
そのためにその感覚を知らず、理解できなかった。
「悪い事ではない。道術の術理で云えば、逆行する工程を短く出来ると云う事。まだ塾路を通じ淫精が漏れておらぬのだから、其のまま上手くやれば『転河車』……『炁』を廻す数は半分程度で済む。上手くやれずとも……少々『精』が零れ落ちたところで些事である。気にせずとも良い」
俺は、わざわざ「上手くやれずとも」とアカーラが口にした時点で、ディルマーは何かしら上手くいかないんだなと察した。
だがまさか……
「ぅん~~……ぅ……んッ……ぅウッ?!」
「あ……」
「ハッ、ハァッ、なにこ……うわっオスくせェ!」
「うむ。……まぁ、寧ろ男子としては、言祝ぐべきかの」
ディルマーは小さく被ったままのそこをどんどんと固くさせたかと思うと身体を大きく震わせ、なんとそのまま精通した。死ぬほど驚いた。死なないが。(二度目)
どうやら二次性徴が始まった、というわけではなく、生前の段階で元々出せる程度に成熟自体はしていたらしい。結構小さかったと思うのだが、その辺りは種族差や個人差もあるだろうか。
お祝いに肉を買ってやったら、喜んで齧り付いていた。
精に関する羞恥を教えてやらないと、狼人なのに猿になるかもしれんな。
◇
あぁ、ちなみになんで勃っているだの漏れてるだのなんだのが分かるかというと、三人共服を着ていなかったからだ。(着ていても分かるが。)
俺以外、つまりアカーラも素っ裸だった。
何を考えてるのかと思ったが、「此れより始める『転河車』は、慣れぬうちは肌着が汚れ易く、其の不快感で『精』と『気』の扱いもまた乱れ易い。故に脱ぐ事を命じるが、ならば我も全裸の方が抵抗感が少なかろ」と、まるで正論のように諭されてしまった。
確かにカイルもディルマーも凄い量というか回数だった。
死んでいなかったら死んでしまっていたかもしれない。
実際問題、アンデッドを量産する危険物なので、出る度に俺がすぐさま回収している。
「最初から漏らさず『転河車』を廻せる者など稀有である。成功せずとも嘆く事も焦る事もない」
半ば意識を失いかけているカイルとディルマーの頭をぽすぽすと撫でながら、慰めるようにアカーラが語りかけているが絶対に二人共聴き取れてないぞ。
そのまま精も根も尽き果て、ぐったりと床に倒れ伏す息子達をベッドに寝かせ、俺は部屋に掛けていた『遅滞の術』を解く。
俺達の借りている宿の部屋は、外部と時間の流れを切り離していた。
『遅滞の術』を裏返して部屋に掛ける事で、室内から見て外界の時間が1億分の1になるようにしていた。3年程部屋に引き篭もっていても外では1秒も経っていないわけだ。でなければ悠長に修行などやらせられない。
「其の程度、我がやっても良かろうに」
「いや、そこは息子達の修行に集中して欲しいし、親としてこれぐらいのことはやらせてくれ」
「……構わぬが、普通の親は其の様な事せぬぞ」
さて、この『転河車』。
その成功失敗によらず体内の『精』が減少するせいか、カイルもディルマーもよく食べるようになった。
「くくくっ、『精』を減じた傍から『精』を補わんと食事をするのは些か本末転倒であるの」
息子達を見てアカーラがそう呟きながら笑っている。まあ、言わんとしていることは分かる。
余剰な『精』を漏らすにしても『炁』に変換するにしても、つまるところ『精』を減らすことで性欲を抑えようとしているのに、減った分を回復せんと食っていたのではイタチごっこだ。
ただ俺としてはモリモリ食べている息子達の姿は、やはり見ていて楽しい。育たないのだが、育ち盛りという感じがするし、俺は別に息子達に仙人になって欲しいわけではないからな。
イメージ的には、アカーラに支えてもらいながら二人共自転車に乗る練習をするものの、手を離された途端即効で転倒し続けている感じです。