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アンデッド少年と脱落賢者の隠遁生活  作者: 鳥辺野ひとり
脱落賢者と少年達の修行
37/87

修行しよう




「我はアカーラ。其方(そなた)らが云う処の吸血鬼である。齢は二千と十二歳。よろしくの」

「ほへぇー……よろしくお願いします」


 翌朝、粗末なキノコ狩りを終えた後、目覚めた息子達にアカーラを紹介した。カイルはうまく言語化できていないが彼が凄い人だということは何となく感じ取っているようで、可愛い者にしか使用が許されないであろうゆるふわな感嘆詞と共にペコリと頭を下げている。


 カーーッッ!! 「ほへぇー」って!! お父さん、アカーラと昨日のうちに頑張ってゴミ焼き尽くしておいて正解だった!


 こんなかわいい息子に、どんな奴に何されたか思い出させて心の傷に塩を塗りながら、半ば自己満足の為に下衆を鏖殺するなんて真似するくらいなら、一か月後に適当に爆撃して町全部更地にした方が良いもんな。

 強いて言えばこの前の元飼育屋が楽に死ねてしまうことだけがこの方法の唯一の難点だった。


 その辺り、アカーラには早速感謝せねばならない。


吸血鬼(ヴァンパイア)……そう言われればそんな臭いもするような、しねぇような……」


 さて、ディルマーはディルマーで胡乱(うろん)なものを見る眼差しで目を細め、普段の目付きの悪さが3割増しになったところで鼻をスンスンと動かしている。警戒心の高い犬だな。

 でもこういう奴は一度懐くと全然離れないんだよ。今もカイルにくっついているし。


 あぁ、素晴らしい目の保養……このために俺は生きてるんだよ。


「ディルマー。其方は単なる眷属故、()したる問題は出ておらぬが、其の主君たるカイルベッタ……お主は既に自覚しておろう? 今朝も酷い有様であったしの」

「ん?」

「えッ?! ぅ……はい……」


 新鮮な死体と未練まみれの死霊を量産しているこのクソ町(バベドゥラー)では、アンデッドにできる存在が充満している関係で、カイルの下半身が毎朝鉄砲水の大洪水になる事は想定できていた。その上ディルマーの鼻の良さも考え、俺はカイルの下着というより下半身全体に排出物を転移させる空間魔法、臭気・湿気・熱気・音の遮断と認識阻害をみっちり仕込んでおいたのだ。だから、ディルマーはカイルのやばい状況を把握していない。


 どれ位やばいかと言うと、常人が精々スプーン数杯単位のところ、今朝の回収量が牛乳瓶一本分。性豪だとか絶倫などというレベルではない。それこそ精力剤や催淫剤、その類の生体錬金術(身体の造り変え)を疑われる。

 見かけのサイズは歳相応なんだがな。


 ともかく、結果として腹も減るので、朝ご飯をもはやヤケクソ気味にモリモリ食べているカイルは、見ていてとても微笑ましかった。


 ちなみにディルマーは「そういやオレはぜんぜん腹減ってねぇな?」という理解度の浅さだ。まぁ、そこは時間の問題だろうが。


 しかし当然ながら、アカーラはその辺も容赦無くお見通しだ。恐ろしくえぐい。


「此度は死人の先達として、其方の御し切れておらぬ其の本能、欲望の調和・寛解(かんかい)を目標とした修行を付ける」

「! ほ、ほんとですか!?」


 おぉ、カイルの目がものすごいキラキラしている。娼館云々とはまた別次元の恥ずかしい目に散々合ってきたからな。

 この羨望の眼差しが俺に向けられないことが悔やまれるが、今はカイルの身体が最優先だ。やむを得ない。







「さて、修行の前に」

「うぇっ?!」


 音も気配も予備動作も無くアカーラはカイルの真正面に座り込むと、筋肉の薄い胸からふにふにとした腹部にかけてをマジマジと見つめる。

 なんだ、カイルのお腹なら俺の方がずっと詳しいぞ。


「漏るる『精』には、鼎器(からだ)九竅(きゅうきょう)が一つ、『黄庭』を意識するのが良い」


 小さく白い指が、カイルの臍と鳩尾の中間を指先でそっと触れた。


「本来、死すれば肉体は崩れ滅び、『三宝』は互いの転化が滞り只散り行くのみである。しかし其方の場合、其方の父の術により其の鼎器(けんき)は保たれ、『気』は散逸せぬように成っておる。じゃが転化は滞ったままであり、其れ故『精』は只管に蓄積する。さすれば行き場を失くし氾濫した『精』は形質を得て淫の精と成り、塾路より溢るる……要は暴発し易い、と云う事よの」


 最後に急に解りやすくなったお陰で、アカーラの難解な説明を飲み込めたのだろう。カイルは触れられた『黄庭』を静かに(さす)りながらこくりと頷く。


「我の修める“道術”と云うものは本来、人間の盛衰・宇宙の運行を逆行する事で永劫不変なる絶妙の虚無に帰り、宇宙との同一化を図るもの。されど今回の目的であれば、そこまで帰らずとも良い。

 三関が初関(虚へ帰る第一の術)、『三帰二』の境地へ至る為の鍛錬法、『小周天・煉精化気の丹功』の会得で事足りる」

「『三帰二』……?」

「『三から二に帰る』。

 人と云う存在は、『三宝』と呼ばれる構成要素から成るとされとる。生命力の『精』、行動力の『気』、心と智慧の『神』。細かく云えば『三宝』には先天と後天の二種あるが、此処では後天(生まれた後)の『精』以外は深く区別せずとも良い。

 両親の『精』は交感により形ある『精』と成りて、虚より『神』を生み出す。更に『神』より『気』が生まれ、肉体は(はら)より出でて息をする。そして肉体の成熟と共に『気』は新たな後天の『精』を生む。互いに流動的に転化し合うが、此れが宇宙の順行。人が人を生み、育み、衰え、死する。世界の理よの」


 アカーラは3本の指を立て、時計回りで宙に円を描く。


「そして、道術では此れを逆行する」


 今度はゆっくりと反時計回りに手を動かし、立てていた3本の指うち1つを折り畳む。


「其の第一の術が『小周天・煉精化気の丹功』。『精』・『気』・『神』が内、『精』と『気』を煉り上げ、分化前の『()』と成す法。

 但し、仙人に至るつもりも無しに此の丹功をやり過ぎれば、精が無漏の不能男子に成ってしまう。仙人を志す者なれば慶ばしき事じゃが……何、還俗の法にて直ぐ快復できる故、然程深刻な問題でも無い。慣れれば余剰な『精』を自在に『()』に転化し、思うが(まま)とする事もできよう」


 けらけらと笑っているが、リスクが高い気もする。どうなんだ……? いや、大丈夫ではあるんだろうが……そう逡巡しながらカイルを見ると、鼻息を若干荒くして、フンスフンスと聴き入っている。切実さが滲み出ているな。実にかわいい。

 ディルマーは……駄目だな。既に半分以上寝ている。うんうん、こういうの苦手そうだもんな。期待を裏切らない奴だよまったく。







 カイルは目を閉じ胡座をかいて、緩やかに長く息を吐く。深呼吸はアンデッドの肉体にとっては無意味な行為だが、生前のままに近い精神の方には大きく影響を及ぼす。


「すぅぅーーー………はぁぁーーー………」

「先ずは己の身体を感じ、其の有り様を知る。呼吸を通じ、全身を巡る『気』……魔力の流れを(つぶさ)に捉えよ」

「んんん〜〜………っ」

「これこれ、余計な力入れてはならぬ。自然体でおらねば流れは容易く乱れ、捉えられぬぞ」

「は、はい……!」


 一方でディルマーもまた、力を抜き、緩やかに呼吸をしている。


 そうだ。寝ている。

 口からだらしなく涎が垂らしている。


 アカーラは特に気にすることなく、カイルの臍の僅かに下の部位を指し示す。


「『気』の流れは、(はら)(なかほど)……多くの者が“丹田”ないし“下丹田”などと呼ぶ場所より出でて心の臓に至り、全身を巡りて再び(はら)へと戻る、と語られるが、異説も多い。そして異なる事自体は問題では無い」


 白い指で宙に円を描く。何度もそのジェスチャーを繰り返す辺り、重要な概念なのだろう。


「あくまで『気』の流れを捉える際、切っ掛けとする起点を如何に想像するかの(しるべ)に過ぎぬ。輪は何処から描いても輪である故、肝要なのは何処から始まるかではなく、其れが循環するものであると云う事。そして其の流れ全体を隅々まで捉える事よの」


 そこで一瞬、アカーラがこちらに視線を向け、すぐにカイルへと戻した。


「其方の父は既に、此の段階に達しておる。道は違えど上を目指せば、似通った通過点が在るのは必然よの」

「父さんだもん」


 自慢げに頷くカイル可愛いなぁ~。反抗期が来てカイルの口からクソオヤジとか言われた日には、俺は灰になる自信があるぞ。




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