過ぎ去った時を思い起こそう 2
道術を幾らか修めておったところで所詮は俗人の子供。そんな只の子供が金丹の如き高位の仙薬を口にすればどうなろうか。
目眩、腹痛、嘔吐、下痢、麻痺。全身の汎ゆる所からの出血。飲み食いもままならず、三日間に渡り急性中毒症状に冒された末、当然の如く我は死んだ。
其の間の兄上による必死の看病は──結局の所、我が死んだ後のための下拵え、いや、最期の仕上げであった。
そして兄上の云った通り、我は蘇った。『青丹』の力だ。
『黒丹』の力で望む天下の万物を生み出し、『黄丹』の力で望む天下の万物を知る。
しかし我は血肉に飢え続ける。
未来永劫満たされぬ渇きに苛まれる。
道士により使役され続ける動く死体。殭屍として蘇ったのだからの。
死者を操る道術は其れ程珍しくも無い。しかし燃費がとかく悪い。生前の能力は使えぬ上、本来朽ちゆく死者の肉体を現世に留めつつ、無理矢理動かし続けなければならぬからの。
其の欠点を兄上は不完全な仙薬を使う事で解決した。つまりは、初めから仙人に至れぬ丹でも良かった。故に希少な材料と高度な技術が必要とは云え、一介の道士に過ぎぬ兄上でも辛うじて煉り上げる事が出来た。
霊力は『九光丹』によって宇宙より自然と汲み上げられる。出来上がってしまえば、兄上は指示し使役する事だけに注力すれば良い。
最強の兵器に仕立て上げた我を使い、兄上は瞬く間に覇道を突き進んだ。
村に迫っておった敵には天地の色を変える程の剣の雨を降らせて破り、汎ゆる謀略を看破し、味方には水と食料を生み出し施した。
命じられるがままに、我は壊し、造り、殺し、奪い、喰らった。
兄上が地位と名声を得るのに、然程時間は掛からなかった。僅か一年にして、次々と周辺小国を併呑した功績で、皇帝直属の道士として重用された。
我は、殺され傀儡とされて尚、兄上を信じておった。兄上の役に立てていると喜びすら感じ、まるで兄上を疑っておらなんだ。
だが我はついに知ってしもうた。
兄上が、故郷にて並び立ち得る罪無き同朋の村人達の鏖殺と殭屍増産の計略を進めんとしているのを予知ってしまった。
我を其れに使おうとしておったが故に出来てしもうた予知だ。
其処で漸く、知ろうと望んだ時には知れてしまえる『黄丹』の力で、其れが我の生まれるよりも前から、初めから、兄上が考えておった計略だと知ってしもうた。
其処から何故と思ったが最後、直ぐ様真実が次々突きつけられる。
不完全な仙薬が、意図通りであったのだと。
流行病で死んだと思っておった幾人かの友が、其の研究中であった仙薬の投与実験の被験者であり、最期まで其の経過観察と調整に無辜の命を擦り潰しては、埋葬の際に証拠を隠滅しておったのだと。
子守唄だと思っておったものが、自身へ一切の疑念を持たせない為の刷り込み・暗示・洗脳を促すものだったのだと。
当代最強とまで謳われておったと云う父上母上が死んだのが、眠る幼き我を人質に取られた上に、霊力を子孫へ受け継ぐ術を利用され弱体化したことによるもので、敵を利用し其の身内しか知らぬ筈の術を行使したのが他ならぬ兄上であったのだと。
今まで知る機会も無かった、我が生まれるよりも前に齢十四と云う若さで夭折したもう一人の兄、次兄上ムージャの存在と、其の死因もまた兄上の未完成の仙薬によるもので、我に与えられた丹は其の研究成果として気質の近い親族を材料に組み入れる事で効能を調整したものだったと。
『才能に溢れた優秀な弟なんぞ目障りなだけだったが、材料としてはこの上なかったとは。父上母上には感謝せねばならんなぁ』
汎ゆる事実を芋蔓式に全てを知ってしもうた。
同時に、殭屍使役の符呪の穴を突いて、兄上の暴虐を止める方法さえも。
◇
『黄丹』には天下の万物を知る効能の他に、“己の姿を消せる”効能がある。兄上が我に姿を消させなかったのは、自身の道具──覇を轟かせてからは自身を“ジンジャ大仙道士”と謳い、我が只の殭屍にはあり得ない性能だった事もあり、仙人の宝貝と云って憚らなかった。──による成果であると分かり易く示す為よの。
だが兄上は2つのことを失念しておった。
此の“姿を消す”力は単に視えなくなるものではない。金丹である『九光丹』は元々昇仙の為の丹。此れは俗世、他人との汎ゆる柵、干渉を絶つ効能だった。兄上は自分で使った訳では無いが故、其れに気付いておらなんだ。
しかし其れ以上に愚かだったのは、兄上は我に自我や意識が残っておると考えておらぬようだったことよ。我が盲目的に従ってきたこともあり、完全に支配下にあると勘違いしておった。
我に施された殭屍使役の符呪は、命令に従わせる事と術者を傷つける行為を禁じる事に特化した物。
其れが我の全身──上丹田の泥丸・中丹田の膻中・下丹田の関元・危虚穴・三関の尾閭、夾脊、玉沈──に埋め込まれておった。皮膚上の対応する経穴ではなく、体内の気の道たる真の任脈・督脈に沿って其れはもう正確にの。火葬前の亡き次兄上や友の遺骸を使い修練しておったようじゃ。
我は『黄丹』で周囲と己を絶ち切った上で、其の符呪を己の身ごと内丹の炎で焼き払った。符呪は己の身を傷付ける事は禁じておらなんだ故、容易かった。勿論内から燃える我は火達磨よ。
並の殭屍なれば火は致命的な弱点のはずじゃが、我の場合は結果として『青丹』の治癒力が勝ってしもうた。
……本音を云えば、もし己の身が滅びれば、其れは其れで兄上の計略は失敗する故、其れでも良かった。
思えば此れが一回目の自害失敗じゃな。
後はまぁ、基本並の道士と変わらぬ兄上を弑するなど、本当に、本当に造作も無かった。
呆気なかった。
真なる仙人は生命の枷から離れておる故、首を落とした程度では死なぬ。生と死を超克した存在じゃ。故に容易く物言わぬ骸と化した兄上は、仙人を騙った者と皇帝から怒りを買い、“邪仙”として都の絢爛な家屋は即座に焼き潰された。
◇
皇帝の怒りが故郷の村へ飛び火する前に、我は兄上の首と共に村へと戻り、村長に事の次第を伝え平伏し謝罪した。村長は、自身の息子も兄上に殺されておったと知って尚、我を赦してくださった。
「親の如く深く敬愛していた兄が、親も家族も友も殺しておったなど……己も殺され、其の身を弄ばれ、操られるなど……どれほどの苦行か……」
醜悪に歪んだ兄上の首を鬼の形相で睨みながら、我の頭をそっと撫で、共に落涙してくださったのは、今でも具に思い出せるものよ。
皆には兄上が皇帝の怒りを買ってしまったとだけ村長は説明し、村の移住を進めさせた。我も手伝った甲斐があり、皇帝の遣わせた軍が到着する頃には、村は既に焼き捨てられ、もぬけの殻となった後じゃった。高位の道士が多く住む山奥の村の討伐などと云う勝ち目の薄い戦いをしたいとは彼等も思うとらんかった事もあり、其れ以上の追及も無く、すんなりと戻って行きおった。
我は、新しい村を直ぐに発った。居辛いのは勿論じゃったが、其れ以上に我慢が限界に近付いておった。
霊力に満ちた村の同胞の魂が、美味しそうで仕方無かったのじゃ。気を抜けば涎が止まらぬのよ。理性で動ける内に我は離れねばならなかった。
村を出て百年程、戦地を転々としては、食事も兼ねて死にゆく者の生を安らかに終わらせておった。賊を喰らい尽くした事もあったの。
そうして人里からどんどんと離れていった或る日、我が今生にて師と仰ぐ本物の地仙と出逢うた。
其れからは欲を捨て去る修行と、自害の繰り返しじゃった。千と五百年の末、食わずとも済むが食いたい欲は残ると云う或る種最悪の結果と成ったがの。自害の試みについては最早云うまでもあるまい。
師からは「うーーーん無理じゃな。天仙様に滅ぼして戴く事を祈る事しかできまい」と笑いながら匙を投げられてしもうた。
其の後はまた転々と放浪の身よ。
偶に人恋しくてどうしても堪らぬ時には、己の力と記憶を封じ、俗世の家族に紛れ込んだりもしておった。丁度托卵する郭公の如くの。
勘違いせんで欲しいが、既に居る子を殺めるなどしておらぬからな。
弱体化と封印の間は、我は人の子と違いは無い。
血を舐めると身体が疼くような事も無い。精々野菜より肉が好みなくらいよ。人として死を迎えるまで其の術は解けぬ。今の所まともに天寿を全うした試しは無いがの。
どうにも此の辺りは死亡率が少々高いようじゃな。
ジンジャ兄さん、予定よりも遥かにクソ野郎になってしまった。ムージャ君……済まねえ……
アカーラは、本来なら成人(当時の村では13歳)後、ナジャという真名に名を改める予定でした。両親からその名を聞くことはできなかったものの、後に『黄丹』の力で知ることができています。
ただ、成人になれなかった死人である自分が名乗るべきではないと、彼は自身をアカーラと名乗るようにしています。