飼育屋を始末しよう
「ァァ゛ア゛アアアァァァァアアア!!!!」
ベキベキと音を立てては次々と骨が組み変わる。臓器が組み変わる。脳が変質する。こりゃ最高に痛いだろうな。ははは。
その嘆きは、その叫びは、俺の展開する『遮音』の魔法で外の誰にも届かない。
今までここで人としての尊厳を踏み躙られ殺された、数多の少年達もそうだろう。
俺は──ここに来る前の下調べで見つけ出した、地下の一室でガラス容器に乾燥剤と共に封入されたり保存液漬けにされたりした標本の数々を、何となく思い出していた。
瞳孔の開き切った虚ろな目。恐怖に、苦悶に、快楽に、不条理に、その顔を歪めている年端も行かない少年だった物。明るい陽の光の下で活き活きと笑っているはずだったもの。
おそらくアンデッド化対策だろうが、その一つ一つに対し『浄化』の聖魔法が、定期的に、丁寧に、執拗に、施されている痕跡があった。
彼等の魂は、『浄化』によって無念も未練も蔑ろに焼き払われ、とっくに天に還っている。
だからこれは誰の為でもない、俺の勝手な自己満足だ。
組み換えの痛みの為に失神している様だが別に構わない。
そこには、アカーラよりも少し幼く、顔付きは中の上ぐらいの子供が出来上がっていた。
脳を少々弄り、喘ぎ声以外の意味のある言葉を発話できず、その上で文字の読み書きが一切出来ない識字障害に仕上げた。
しかし例外的に、相手の話す言葉はしっかり認識できる。
本来の身分証明に繋がり得るもの以外、知性も自我も記憶もほぼそのまま。
相手からの罵倒を理解し、心から受け止められる親切設計だ。
魔力路もバラバラに組み換えた。体調が良ければ、指先に光を灯すぐらいの魔法なら日に一回できるんじゃないかな?
それ以上は、もう無理だろうが。
足は新しく生やしたが、これは全身の筋肉量や骨密度、一部の臓器性能を振り直しただけだから、身体全体がかなり脆弱になっている。なにせ元が上半身だけだからな。
酒や薬など盛られようなら、さぞ効果覿面なことだろう。
皮膚と顔立ちに関してはかなり若々しくした。鼻より下の体毛は全て無くなり、肌はきめ細かく水を弾く。
だが、これは決して若返った訳ではない。
あくまで中身は50代のおっさんをさらに劣化させたもの。ただでさえ少ない代謝力を皮膚に集中させた。
切り傷や痣はすぐに治るが、鍛えても筋肉はろくにつかない。
体力も身長も何も成長しないどころか落ちていき、放っておいてもそのまま衰弱死する。といってもコイツにそんな安らかで贅沢な終わりは訪れない。
身振り手振りしか相手に意思を伝える手段を持たない。
逆らうだけの力のない、見た目だけはまずまずの非力な子供。
殴ろうが斬りつけようが、表面上の怪我は綺麗に治る。
中にいくら出そうが、孕む心配のない男子。
いつまで経っても精通しない少年。
そうだな。それこそ──この町では引っ張りだこだ。
人気者になれそうで良かったなあ。
取り急ぎ、マールが頑張っていた店のあった辺りの路地裏にでも置いておけばいいだろう。
俺の7分の1程度しか生きていない出来たてホヤホヤな未だ目覚めぬトーマス小僧を、人生の新たな門出祝いとして、俺は素敵なデビューが飾れそうな路地裏へと空間転移で跳ばした。
◇
夜道を歩きながら、俺は思わず舌打ちした。
思い出すだけで今日はツイてねェ。
「チッ……ガキがまた減っちまったし、補充しねェと……」
減る理由は色々だ。病気でくたばるだとか、客のプレイで死んじまうだとか、自殺だとか、買い取られるだとか。
一番真っ当なのは、成長しきって転職ってやつか。ンなもん滅多にいねェがな。
なんせ自殺しねェように、ウチじゃヤクをキメさせている。先に廃人になるってもんだ。ここらじゃ別に珍しい話でもねェ。
しかし今回ばかりはそれが裏目に出ちまった。
「たっく、隠れて勝手に飲みやがって。ヤらせる直前に過剰摂取でくたばらせるヘマなんざ、久しぶりだっつの。棚の鍵も変えねェと……」
孤児院に掛け合うか、宿屋のオークションで競り落とすか、奴隷商から買い取るか。スラムから漁るのでもいいが、汚ェ原石は磨くのが手間なんだよなァ。
どっかに小奇麗なガキが落ちてねェかな~
……どうやら今日はツイてるらしい。
「んぅ……」
落しモンは拾ったヤツの物になる。ここはそういうとこだ。
俺は手早くソイツの服をひん剥き、ソイツでそのままひょろっちぃ手足を縛り上げる。声を上げられる前に(上げた所で誰も何とも思いやしねェだろうが)口の中に布の切れ端を詰め込む。
鈍っちまったんじゃねェかと焦っちまったが、意外と体が覚えてやがる。店を立ち上げた最初の頃を思い出すぜ。
ダチから貰った……今思えばアイツは俺を金蔓にしようとしてたのかもしれねぇが、とにかくヤクと、スラムのガキ共攫って上客の伝手ができるまで凌いでた日々。下のガキを人質に、上のガキをヤク漬けにして使い切り、下のガキも使い物になったら使い潰す。
忙しいったらなかったぜ、まったく。特に躾がかったりィ。
やってもやっても入れ替わるモンだから、いつまで経ってもとっつも楽になりやしねェ。
今は調教師雇えるだけの元手があるから楽だがな。
「ヤケ酒は止めだ。早速コイツを下拵えしねぇとな」
もう予約は入ってんだ。明日もキャンセルはゴメンだぜ。
すぐ使えるようにってぇなると、調教師探して雇う時間も惜しい。俺直々に徹夜で体に叩き込んでやらァ。
……めんどくせぇって思ったが、やっぱ初モンは捨て難ェんだな、俺は。自然と顔がにやけちまう。
◇
さて、この場の片付けと、アカーラを含む子供達を健全な孤児院に移し替えたら、とっとと顧客の始末を済ませよう。上手く行けば夜明け前に終わらせられるだろう。
そう思い、落ちているゴミを消そうとして、既に無くなっている事に気付く。
そこで漸く俺は、アカーラが起きている事を、人ならざるモノの魔力を認識出来た。
「うむ、潮時であったとは言え、不味い」
手の指をペロペロと舐める姿は、子供が手掴みで骨付きフライドチキンを食べた後のようだ。しかしその表情は少々渋い。
「堕落しきった邪なる者であればこそ、躊躇いなく喰えるというものか。
だが斯様な事であれば、殺められる前の稚児達からも少々血を分けてもらうべきであったな」
「……俺が、『認識阻害』を受けていたとは……」
「む?」
アカーラ、と呼んでいいか分からないが、本当に俺の事など気にも留めていなかったのだろう。
ルビーのように深紅に輝く瞳が夜闇に残像を描いてしかし無邪気にこちらへ向けられる。そう、こんなにも鮮やかな赤い瞳さえ、俺は見えていたにも拘らず知覚出来ていなかった。
「其方は人の子であろ? 我が全力を以てヒトに成っておった故、看破できずともそう悲観する事もあるまい。
寧ろ、我が自身に施した幾重もの弱体の呪いの尽くを破った其方の錬金術……いや、煉丹術か。充分に見事なものであったと思うたが」
どうやら俺の完全回復薬の状態異常回復が、彼の“人間のフリをする術”まで解いてしまったらしい。
「──吸血鬼、なのか?」
思わず疑問形になった俺の言葉に、アカーラは艷やかな黒髪に月光で天使の輪を作りながら、驚くわけでもなく薄く微笑った。