間に合った
今更なのですが紛らわしさが気になってきたので『静止の陣』の解除の方は『再起の術』に改めました。
ぼくの家は貧乏で、だからぼくは教会の聖歌隊にあずけられていた。
別にめずらしいことじゃなくて、そんな子は他にも何人かいた。
みんな、神父さん達に愛されて、それでお金をもらってた。
ご飯も食べられたし、きれいなおふとんもあった。
お父さんもお母さんも、お金をわたせば喜んで、ぼくのことを褒めてくれた。
だからぼくらは、親のいない孤児なんかよりはずっと恵まれていると思う。
思っている。
幸せだって言い聞かせる。
そうやって、きのうも今日も、たぶん明日もずっと、毎日毎日ぼくは夜になれば愛される。
でも、それは間違っていた。
今日まで続いていたことが、この先ずっと続くなんてのは、考えることから逃げてきた、弱いぼくの思いこみ。
ぼくがここにやって来たころはいたはずの、お兄ちゃんたちがいつの間にかいなくなって、新しい弟たちがいつの間にかやって来る。
お菓子を補充するようにやって来る。
どうして分からなかったんだろう。今もそれがおかしいと思うこともできない。なんとなく何かに気付いても、だんだんと思い出せなくなっていく。
なにか、わすれている。
「……そろそろ、行かなきゃ」
ぼくは、いつものように日が落ちて最後の鐘が鳴ったあと、真っ暗なろう下を歩いて、いつものお部屋のいつもの扉を軽く叩いてから、いつものように開ける。
「あぁ、よく来たねアカーラ。今日も君は穢れなく、純粋で可愛いよ」
「はい、ありがとうございます。司教さま」
◇
私はアカーラの背後に回り、細いながらも靭やかさを湛えた白く柔らかな両腕を、布で戒める。
二次性徴が始まり、日に日に変わっていく少年の華奢な身体。決して見逃すことのできない最高の瞬間。それは本来ならばすぐさま通り過ぎる。
春の野に咲き誇る花のように、秋の地に吹き去るの風のように。
代わる代わるやって来ては過ぎ去っていく。そんな数々の最高を私は愛でてきた。
どうしても手放し難いものを、ドライフラワーやハーバリウムにしたこともあるが、すぐに壊れたり触れられなかったりではやはり味気無い。瑞々しさが無い。
しかし、私はそれを永遠に手元に留める方法を手にした。同好の貴族が満足するのだから、質は申し分ない。もう検証は十分な上、丁度今なのだ。私の長年の勘がそう言っている。
アカーラは、今日が最高だ。
今日、初物が通ずることだろう。
あぁ、その瞬間を必ずやこの手で摘み取り、永遠にしなければ。
今日という日に違和感を覚えさせないよう、普段彼を寵愛するときはその小さな手足を縛っている。
思わず身体が動いて怪我をしないように、と幼い頃から言い聞かせていれば疑うことなど知らぬ上、薬で記憶力と判断力を落としていった結果、もはや親の事さえ忘れているだろう。
そもそも思い出したところでもう遅い。親に売り飛ばされたことなど知らなくても良いことだ。
その親も麻薬と酒に溺れさせ金は回収済み。搾れるだけ搾った後は炎と浄化で影も形も残っていない。
なんと、哀れなことか……私がこの無垢なる子羊を不浄溢れる地上から解放しよう。
「ひぎぅ?! あ゛ッ……! しぃ゛、ょ……さ……ぁえ゛ッ……ぇ……!」
昨日までは首筋を優しく撫でていただけの私の手が、容易く手折れそうな頸を強かに握れば、アカーラは気道が圧搾されて声も息もまともにできなくなる。
彼が抵抗するように胴を揺するたびに、その中にある私も締め上げられる。
あぁ────気を抜けば私が先に達してしまいそうだが、そうはならない。
そのあたりは他で練習もしてきたのだ、だから今私は余裕を持って本番に挑める。
「……ぅ゛……ぁッ……!……ぃ……ぁ゛…………ぁ…………」
一息にその最奥へ到達すると、腰を浮かせて弓なりになっていた幼さの色濃く残るアカーラの肢体が一際強張り、ふるりと大きく震える。
愛おしき最初が、最高が、最期が、永遠が──不規則に律動しながら溢れ、飛び散り、零れ落ちていく。
立ち籠める濃密な匂いが私の鼻腔を甘美に擽る。
深い臍や薄い胸が、艷やかに糸を引いて濡れていき、そして────
私の視界が落下する。
「は……?」
腰が抜けたのではない。腰が無い。
床が抜けたのではない。下肢が無い。
「話をしに来てみれば、早速これか。まったく。明日に回さず正解だったな」
丹念に育て上げた私の最高の花を摘み取る直前に横から奪った男の足元に転がっていたものが、雲間の月明かりに照らされる。
それは見覚えのある人間の下半身だった。
◇
眼前の光景に自分は呪われているのかとさえ思ったが、“飼育屋”の不要な下半分を切り離したとき、アカーラと言う少年は気を失っているもののまだ息があると分かった。
ぐったりと横たわったままだが、濡れた小さな胸を上下させて、か細くも呼吸している。
ゾンビ感染しているが生きているならまだ治療できる。
それとは別に脳が薬で侵されているようなので、完全回復薬でまとめて毒も抜いてさくっと治す。腫れも引いて、疼きすらしないはずだ。
汚れた身体を綺麗にしてから野宿用の毛布でそっと包み、長椅子に静かに横にしてやる。
向こうで上半分だけになった男が必死で喚いているようだが、『沈黙』──『遮音』と違って音波の伝搬を完全に阻害し、そもそも音が出なくなる──で何言っているのか全く聞こえない。
ああ、聖職者らしく何やら治癒魔法を頑張っているな。
実際の所、既に切り口周辺の血管やら何やらはきっちり繋ぎ直してある。出血がほとんど無いのがその証だ。
傷口が閉じているから、治癒魔法ではあれ以上治らない。傷口を作り直さなければ、俺の足元に転がっている下半分との縫合さえも叶わない。
血肉を直接組み換えて作り直す『再生魔法』なら話は別だが、今に至るまで俺以外でその術理に到達した奴を見た事はない。資料は残して放ったらかしになっていた筈だが……まあ価値があるからと国が秘匿しているとかかもしれないな。
おっと、いかんいかん。ついつい頭に血が上ってしまっていたが、よくよく考えたら“飼育屋”と話をしに来たんだったな。『遮音』に切り換えよう。
「ご機嫌ようトーマス・ブレン・ゲーマンポーター司教。いや、“飼育屋”殿」
「貴様……何が目的だ」
痴態と醜態晒した上にハーフサイズになっておきながら、今更声色と表情で威厳ある空気を作ろうとしても滑稽でしかない。
「強いて言えば、顧客リスト……お前の同好の士の情報が目的だな」
「何処の馬の骨ともしれぬ小童に、この私が口を割ると思っているのか」
ははは、うっかり口の前に身体を先に割ってしまった。悪い事をしてしまったなあ。あと俺はお前の6、7倍ほど生きている。
「いいや、言葉で語らずともココが雄弁に教えてくれている」
俺はコツコツと指先で己の顳顬を軽く叩いて挑発する。ただの嫌がらせだ。
「こうも容易く洗い浚い白状してくれるのは潔くて助かる。これで芋蔓式に処理できるというものだ」
「クッ……無意識下を読める『記憶使い』なぞ、国が暗部で蔵匿している者以外で──まさか貴様は……」
なんか勝手に勘違いしてくれそうだな。バーノンのシスター相手の時は、ほとんど一般市民だけあって元A級冒険者ってことで納得させられたが、こういうのは本来相手が自分の中で思い至ったという形にした方が、否定も肯定もしないことで勝手に真実と信じ込んでくれて話が楽になる。
「この町で司教まで成り上がるだけあって、余計なことまで知っているようだ」
「ま、待て。私とて噂話で聞いていただけ。実態など知らぬのだ。貴族や大組織の反乱を牽制する情報戦略だと……」
「いや、別に気にすることなどない」
俺は分かりやすく、“飼育屋”の頭を鷲掴みにした。
「用は済んだ。お前には、相応しい終わりを与えよう」
「なっ何を……がァッ!?」
これからやる事は物凄く痛いだろうが、今は『遮音』がある。
好きなだけ叫んでもらって構わない。別に聞いてて楽しいものでもないが。幾らか気は晴れる気がする。
全然明確に表現してないのでセーフです!!!!
なんとなくムーンライトよりノクターン寄りなのかなと思えてきました。