心臓を動かそう
「つまり、竜の力で転生していて、ついさっきカイルとしての前世を思い出したということか」
「うん……信じる?」
あれだけ泣いたのに、マール……いやカイルの目は腫れていない。血が通っていないということだろうか。
「まあ、信じられなさで言えば俺の方も大概だろう」
「あれから300年経ったって、父さんどうなってるの?」
「お前たちを蘇生しようと躍起になっててな。ただ試作品を試しただけだ。
結局出来たのも老化停止のポーション。あんなものはただの失敗作だ。巻き戻すこともできなかったからな。
ゴミだゴミ」
「えぇ……というか俺、母さんと一緒に木っ端微塵になって死んだと思うんだけど」
竜の因子を強制的に増幅されボロボロの身体で、全力の魔力を揮って破壊と転生を行なったらしい。転生は解らないが、少なくともあの国の跡地はクレーターになって、今では巨大な湖と化している。
「回収は芳しくなかったから、土地全体にかける魔術で何とかならないかと思ってな、頑張ったんだ。全部、無駄に終わってしまったがな……ふふっ」
己の無力さが笑えてくる。
転生してきた息子の方が遥かに優秀だ。
「父さんのそういうところ、本当にすごいと思う」
「それより、俺はまたお前を死なせてしまった……本当に……済まない」
そうだ、せっかく転生して再会できるはずだったのを、俺が台無しにしてしまった。どれだけ俺は無能なら気が済むのだろうか?
「それは、しょうがないから、いいよ父さん。あ、でもアンデッド……でいいのかな? この身体。俺、討伐対象なのかなぁ……?」
「ふむ……」
普通、スケルトンだとかゾンビだとかリッチだとかいろいろ種類もあるアンデッドだが、呼吸をしているかという論説は聞いたことがない。単にそんなこと誰も気にしていないだけだろうか。
ともかく、息子は息をしている。だが呼吸しているにも関わらず、血色が悪いままだ。
俺は、息子のまだ筋肉のついていない薄い胸に耳を当てる。ひんやりしている。
「と、父さん?」
「やはり、脈が止まっているな」
「あ、あぁ……アンデッドだもんね」
脈が止まっているから、いくら呼吸しても赤い血が循環しない。血色が悪いままなのだ。
なら逆に、だ。
「呼吸できるなら心臓も動かせるんじゃないか?」
「えっ?」
「心臓を動かして、あとは熱も発生させれば、おおよそ見分けはつかないだろう」
「で、でも、俺、息はできるけど、心臓ってどう動かすのか分かんないよ……」
それはそうだ。意識して心臓動かしている奴がいたらどうかしている。
「ひとまず、手動で動かしてみよう」
◇
「と、父さん?」
俺は息子の薄い胸にそっと手を当てる、ピクンっと身体を可愛らしく強張らせるが、今はその体内に意識を集中する。魔力で自分とカイルの心臓を包み込み、自分の心臓の動きに沿うように息子の心臓も動かしてみる。
「ぅあ……な、んか、身体がすーすーする……?」
「ああ、発熱していないからだな。外部に熱が抜けているんだろう」
「ちょっと、寒い、かも」
今はまだ熱の制御まで気を回せない。制御を誤って息子の心臓を壊すわけにはいかない。
俺は発熱の魔法が付与してある毛布を取り出し、息子を膝の上に乗せて抱き寄せ、毛布で包まる。
「心臓の動きが分かるまで少し我慢してくれ」
「う、うん。父さん」
息子の胸と自分の胸を直接接触させ、その動きの同期具合をより詳しく確認する。息子の身体はやはり、ひんやりと冷たく、こちらの体温がどんどん奪われていく。案外毛布で助かったのは俺の方かもしれない。
息子の方はというと……顔を紅潮させていた──そう、赤くなっていた。
「ぁ……」
俺が毛布を解いて離れると、息子は僅かに残念そうな顔をする。しかしその血色はかなり良くなっていて、低体温症から回復途中の具合の悪い子供ぐらいにはなってきている。
「大体分かった、心臓に魔法陣として付与しておこう」
「そ、そんなことできるの」
「少し痛いかもしれない。済まないが我慢してくれ」
脳内で、心臓の各部分の動きと各々の同期、環境に応じた脈の速度変化を4つの魔法陣で組み立てる。そしてそれを対応する息子の心臓の各部に魔力で刻み込む。
「んっ……んんっ」
ピクッピクッと魔法陣を一つ刻むたびに息子の身体が反応する。
やはり親子とはいえ他者の魔力が体内に入り込むのは不快感が伴うのだろう。
「よし、終わったぞカイル……大丈夫か? どこか痛むか?」
「あ……ううん、大丈夫」
「なら次は熱だな……どうしたものか……」
ひとまず、息子を発熱毛布で包む。
(肉体自体は殆ど元通りのはずだが、魔力で体が動いているから、筋肉が熱を放出しない……いや、筋肉だけではなく脳も器として存在しているだけで活動していないと考えるべきか。
となると食事は不要というより消化できないか。いや、それは早計か? ゾンビは捕食した肉で己の肉体を修復するのだから、新陳代謝のような部分は案外大丈夫かもしれない。
検証は必要だが、今はまず単純に基礎代謝由来の熱を生み出せない点を気にするべきか……ただどちらにせよ気温近くまで冷えきった肉体を慎重に温めなければ──)
「と、父さん、あのさ……」
「どうしたカイル、どこか身体に違和感があるか?」
「あ、その、昔みたいに……お風呂、一緒に入ってみたい、なぁ、って」
「……カイルは天才だな」
「えっ?」
そうだ、入浴によって外部から熱を与えればいい。
心臓が動いている今なら体内を無理に加熱するより負担も少ない。水は肉体とほとんど同じ比熱で効率も良い。
やはり俺よりも息子のほうがずっと優秀だ。完全に蘇生する方法も模索するべきだろう。
ひとまず浴室と浴槽を錬金術で作り上げ、水の精製と給湯機能に温度調整を盛り込んだ給湯器を手早く魔法陣で組み上げる。この程度の単純作業なら1分と掛からない。
俺は思考より施工に時間を費やした方が息子に貢献できる気がする。
「……やっぱ父さんの魔法すごいなぁ……」
「俺の唯一人並み以上なところだからな」
「人並みの水準が高いよ……」
◇
「あ……」
息子は浴室に入ると、急に足が竦む。
「どうしたカイル」
「……」
息子は苦虫を噛んだような──ああ、そんな顔もするんだな俺は初めて見たよ──表情で、湯気を立ち上らせる水面に指先をチョンっとつける。
「ピャぁッ!!!!」
聞いたこともない声を上げながら、すごい勢いで指を引っ込めて涙目になり口に咥える。
「……もしかして熱いのか?」
息子はコクリと頷く。
「……冬とか足先がキンキンに冷えてると、そこだけお湯がものすごく熱く感じるんだけど、たぶん今全身がそんな感じ……ここにいるだけでもかなり暑いし……」
「なるほど……カイル、俺のも咥えてくれるか」
「え、う、うん」
何故か息子は俺の前でしゃがみ込む。
「……? 指だぞ? 湯温をカイルの体温に合わせて調節するんだが……」
「え、あっ……!! そ、そうだね! ごめん父さん」
息子がおずおずと俺の人差し指を口に咥える。やはり冷たい。見た目はかなり血色が良くなっているだけに余計に違和感が強い。
「無理してないか……?」
冷静に考えたら父親の指を咥える、というのは大分頭がおかしい気がする。
「ふぁ、ひゃいひょうふ」
……早めに済ませよう。