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アンデッド少年と脱落賢者の隠遁生活  作者: 鳥辺野ひとり
脱落賢者とアンデッド少年 Ⅱ
29/87

早く焼き潰したい




 山を下りると、日は落ちていないが空の端はやや赤みを帯び、仕事を終え帰宅する者や食事や呑みに向かう者で町が賑わい始める時間。

 人混みに紛れるには都合の良いタイミングだ。


「と……親方、宿はどうします?」


 早速言い間違いかけたカール(カイル)は、粗野な見た目や声色に変わっているにも関わらず、どこか純粋な少年であることが滲み出ている。新鮮だな。うん。鮮度がいい。


「カ、ール。ンなことより飯だろ、メ・シ! オレ、肉喰いてえんだよ。良いだろ親父ぃ~」


 偽名をどもりかけたディル(ディルマー)は、どうやら肉体の破損があった関係で空腹感に苛まれている。完全に直したつもりなのだが、食欲が満たされず物足りなさを感じているようだ。種族差的なものか、或いは筋肉の超回復的なものなのかもしれない。


「ディル、飯は後にしろ。そこらの路地裏で身ぐるみ剥がれてぇ趣味があんなら、止めねぇがよ!」

「ハァ!? ンなキモい趣味ねえよ!!」

「フッ……だが剥ぐのが趣味なやつはマジでいるからな。せいぜい気をつけろよ」

「ま、まじかよ……」


 ディル(ディルマー)は己の筋肉質で埃っぽい身体を改めて見やり、「まじで……? これで……?」と困惑した表情で小さく呟く。


 俺たち全員、今はオスという感じがより強く押し出された見かけ。口調も普段とは違う厳つめのものにしている。……息子二人は怪しいが。

 それはともかく、たとえ、というよりむしろ、そういう者であるほど組伏して服従させたいという趣味を持つ者など、別に珍しくもない。

 無論、可愛く無力な少年は少年でもっと以ての外だ。


 法も教えも碌に機能していない退廃の町バベドゥラー。


 あるのは金と暴力、酒と性。


 それでも町として体を成しているのは、ある種の奇蹟か……いや、単にこの都合のいい場所を失いたくないだけか。


 この辺りの山は魔石を豊富に含んでいる。

 魔銀(ミスリル)のような、魔道具の材料として扱える魔鉱石の鉱床は流石に無いものの、地脈由来か古代の魔物の死骸由来か、ともかく単に魔力を放つ燃料として利用可能なものが採掘できる。

 マールへの『黄泉還りの術』のために『汲み取りの陣』で魔力を抽出しきって破壊した岩山もその鉱床の一つだったのだろう。


 つまるところ、魔道具が使われ続けられる限り需要の尽きないそれが、潤沢な金と権力をこの地に齎し、支配する者達の発言力を高めているわけだ。


 その結果、この町がどれぐらい最悪になったかと言うと、町長・教会の司祭・憲兵長・裁判官は全員グルになり自身の既得権益で際限無く懐を肥やしているのは序の口。

 町の法に縛られない自由さや扶助が売りの組合(ギルド)は、元より無法地帯のこの町では単なる別口の悪意の巣窟でしかない。

 鍛冶組合、薬師組合、冒険者組合、魔術組合、商業組合、あらゆる組合全てが金と権力で癒着している。


 なにせ簡単に使い捨ての人間(実験体)や人間由来の材料を、都合良く後腐れ無く確保できる便利な町。


 かたや簡単に口を封じたい人間や邪魔な者を、都合良く後腐れ無く処理できる便利な組織。


 互いに最初から性根が腐っているのなら後腐れも何もないが。


 そのくせ内部では腐敗と騙し討ちが横行しているのだから、一枚岩には程遠い。



 なんであれ息子たちに下卑た考えで近づこうものなら、視界に入る前に例外無く灰にしてやるのでどうでもいい事前調査結果だ。







 最悪ついで言うと、宿も最悪だ。それはもうバリエーション豊かな悪意がある。

 魔石で一山当てようと外から来た無知な者など、いいカモなのだから当然と言えよう。


 ベタな所で薬漬け、女漬け、賭博漬けで、死ぬまで金を貢ぐ羽目になるもの。ターゲットになれば一夜で根こそぎ奪われ、その身柄さえも売買されるもの。洗脳で使い捨ての駒や見世物にするなんてものまである。


 当然上客を素晴らしい待遇で泊める宿もある。

 しかし、往々にしてこんな町に来る上客は堕ちていく哀れな一般人を鑑賞しに来ている者ばかりで、つまり同じ建物内に混在している。というよりそういった上客こそがこの辺りの宿の真の客。

 夜な夜な賭けに溺れる者、犯される女子供、切り売りされる人間を大きな鏡越しに楽しむ上品な趣味を持った奴らのための上品な娯楽施設というわけだ。


 では真の客か否かは何を以って判断されているのか。

 (チップ)、権威、まぁ色々あるが、ここで重要なのが“あらゆる組合(ギルド)が癒着している”という点。

 宿泊施設を商う者ならば当然商業組合に所属していることになっているのだが、他の組合で一定以上の強者、権力者であると判断されれば、勝手にその情報を目敏く共有してくれる。

 力を持った者にはとことん媚びる町である。



 そういうわけで俺が足を運んだのは、冒険者組合だった。



「これはこれは、『千斬り』のローグ様ではございませんか! お久しぶりでございます」


 石造の建屋に入って早々、ギルド職員の一人である壮年の無精髭の男が恭しく出迎えてくる。


 そう、俺はバベドゥラーに以前Bランク冒険者“ローグ”としてこの出で立ちで訪れていた。


 Bランクは、SとSSを除いたF~Aの6段階の上から2番目。一般的なプロの冒険者でCやDランクであり、それを超えるというのは特筆すべき技能や功績が持つ者に限られる。

 まぁ、単騎で適当な危険地帯から竜種程度の魔物を獲って生きて帰れば、サクッとなれる程度のランクだ。

 あと誰が付けてるのか知らんが勝手に二つ名が付く。


「……そちらのお二人は?」

「あぁ、この町に連れてきて問題ねぇ程度には鍛えたウチのガキ共……いや、今は弟子だな」

「カールです」

「ディルだ」

「ほう……『千斬り』の息子さんでお弟子さんですか……それはそれは……」


 息子達の全身を視線で舐めずり、あからさまに利用価値を値踏みするギルド職員。

 目の前の此奴だけではない。受付の向こうで依頼達成に伴う事務手続きをしている職員達も、日暮れ前に手際よく依頼を達成し早速隣接する酒場に(たむろ)する冒険者達も、どいつもこいつもが息子二人へ静かに視線を向ける。


 無性にイライラする。

 お前等全員、眼球の表裏引っ繰り返してやろうか?


「親父、『千斬り』ってなんだ?」


 そんな空気を無視して俺に尋ねるディル(ディルマー)は、先程口に出された俺の二つ名の方が気になるようだ。


「おや、ご存じないのですか? 魔物の氾濫(スタンピード)で幾千の軍勢、その一翼を一撃の下に斬り伏せた逸話など有名なのですが」

「マジか……」

「父さんなら……親方はそれぐらいできて当然だろうぜ?」


 カール(カイル)の言葉使いが迷走している。微笑ましいが怪しまれる前にとっとと話を進めよう。


「宿を探してる。何せ急だったもンで連絡も間に合わなかった。()()()()が無い宿で構わねえ。無論、余計な奉仕があれば、二つ名通りの災禍をお前にも届くよう撒き散らしてやる。何、難しい話じゃない。すぐ終わるこった」

「ほっ、ほほほ。……手配致しますのでしばしお待ちを」


 ギルド職員の男は、俺の腕の動きに僅かに顔を引きつらせた後、急かされるように通信室に向かった。







 息子達へ次々注がれる視線に苛立ちを募らせながら、俺達は指定の宿へ向かいつつ、買い食いする露店を探した。


 ディル(ディルマー)が匂いに釣られたようで、芳ばしく焼けたタレと脂の香りを放つ鉄板焼き屋を指差す。

 調理中、俺に注視し続けられていた店主は、終始顔を強張らせながらも注文してから目の前で作った、出来たての骨付き特大猪鬼(オーク)肉焼き3つを差し出す。計300セイルだ。俺は100セイル銅貨3枚と引き換えにその肉を受け取った。


「ま、毎度あり」

「んんー! うんまーっ!!」


 早速ディル(ディルマー)は肉塊に(かぶ)り付いて喜ぶ。尻尾があったままならさぞ振り回していただろう。


「へへ、坊ちゃんが喜んでくれて何よりだ」

「ああ……正しい方のタレを使ってくれて何よりだ」


 店主は俺の嫌みの籠もった言葉に顔を(しか)めっぱなしだが、知ったことではない。すぐ横に利尿薬と睡眠薬入りのタレなぞ置いてるのが悪い。便所に孤立させそのまま昏倒させる中々テクニカルな配合だ。まだまともなタレも用意してあるだけこの店はマシといえる。



 宿に着いて利用料とチップを払い、案内された居室で一息つく。落ち着いた内装だが、家具はしっかりとした質の良いもの。そのうえ風呂トイレ、簡易冷暖房器付き。冒険者な上客向けの部屋なのだろう。

 俺の感知する限りでは異常は無い部屋だ。


 それでも普段よりも警戒して、対魔術・物理防壁に外部干渉の逆探知・自動迎撃、防諜用の情報遮断・偽装、対核・生物・化学兵器の付与もしておこう。

 これで通気口や水道、ドアの隙間越しに有害なものを流し込もうと、この室内には入り込めない。



 ちなみに息子たちは気付いていないが、ここに辿り着くまでに13人ほど俺は人口を減らした。



 やはり早いうちに焼き潰したいところだが……その前に。


 今夜は息子たちが眠った後、少々外出しなければならない。あの時のクソ錬金術師と話をするのだから。




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