はじめての兄弟ケンカ
(2021/1/4 変身するくだりのグレンデールさんの言ってることがおかしかったので直しました)
「父さん、だめ?」
「んん……まぁ、構わないが……」
「父さんもいいって言ってるし、やろ!」
息子よ、急にあれだな。妻みたいなテンションだな。
その魂が闘争を求めているのか?
「なにカイルお前急に積極的……」
ディルマーも戸惑っている。そうだな、見た目の可愛さと言ってることが噛み合ってないもんな。
「気乗りしない? ……自信、無いの? なら止めるけど。ナイフは、怖いだろうしね」
うわー短剣の切っ先ディルマーに向けてトラウマを抉っていく~。
というかそれ、同じクソ野郎に生きたまま解体されてしまった息子もダメージあるだろ、大丈夫か?
にしても、喧嘩を売るなんてらしくない。
やはりあの町か?
あの優しい息子をこんなに口悪くしてしまう劣悪環境、今すぐにでも焼き払うべきだな~~~~。
ん? よ、よく見ると息子の手が震えてる。
嘘だろ、無理して強がってんのか?
なんだそれ、かわいいか??
「……やっすい挑発だな……ったく、わぁかったよ、やるよ。やればいんだろ! てめぇみたいな貧相な身体、とっととのしてやるぜ」
「ディーはさっきまで骨しかなかったけどね」
えぇ~さらに煽る~。これは新鮮だ。
よくよく考えれば、本来の年頃で同年代の男子同士だとこういうものかもしれない。
いやー300年も経ってから息子の新たな一面に触れられるとは、俺もなんだかテンションが上がってきたぞ。
実際のところ、手合わせというか喧嘩というか力比べは一瞬で終わった。端から勝負になどなるはずがなかった。
眷属が主に刃向かえるわけがない。
そして息子の方は特製短剣に付与された『必中の術』の影響で、ただの殴打であろうと的確にダメージを与える。
しかも人間相手の肉弾戦など俺との鍛錬以外では初めてで、俺相手でしか調整したことのない膂力なのだから、ディルマーは脳震盪どころか顎が砕け首の骨が一発で折れた。そのまま見事な放物線を描き、頭から強かに地面へと突き刺さった。
良かったなもう死んでて。直後なら俺でも治せるが。
◇
「んだよソレ、ズッリぃ……」
胸まで埋まっていた身体を引きずり出し俺がさくっと治した後、息子──いや、これからはもう二人共息子なのだからややこしいな──カイルから種明かしされ、顎と首を摩りながらディルマーは不服そうに頬を膨らませる。
ほお、カイルとはまた違った趣だ。
いいんじゃないかな。
「あはは、ごめんね。でもこれなら、今度こそ守れるかな……」
「……」
──ッハ!!!
健気すぎて、体の表と裏がひっくり返ってしまいそうになった。
大丈夫だぞ……今のカイルをどうこうできるやつなど早々居ないし、居るなら事前に消しておくからな〜〜。
そしてその言葉に過去の傷を察しつつも、詮索しないで口を噤むディルマー。やるじゃないか、早速弟ポイント加点対象だな〜〜……何だ弟ポイントって。
まあ、主人と眷属という意味だと守る守られるの関係が逆な気がしないでもないが、そんなことを言えば俺と息子達もそうだ。そういう瑣末な問題はどうでもいい。
「……なら……ろ……」
「え?」
「…………兄弟ってなら……守るとかそんなんじゃなくて、互いに支え合うモンだろ……」
「……! そっか……そうだね……!」
──ッハ!!!??!
心臓止まってたかもしれない。
ディルマーは顔を赤くし、そっぽ向きながらボソボソと己の兄弟観を一人っ子だったカイルに示す。
急に尊い。吃驚した。
「ディーには……いたの? 兄弟」
訊き辛そうに、カイルが尋ねる。
ディルマーはそんなカイルの表情を見て小さく笑った後、微かに視線を落とした。
「いや……でも村のみんな、家族みたいなモンだったからな。そーゆー意味じゃ、ルパーはダチっつーより、弟って感じなときも……あったかもな」
首に掛けたネックレスからぶら下がった、胸元で揺れる小指の先程の大きさの犬歯を手に取り、寂しげにそっと指で撫でる。
「ルパーは……もういないよ」
「んなこと……」
「そうじゃなくて。ちゃんと、いなくなってる」
「……?」
顔を顰めて訝しげにカイルを見上げるディルマーに対し、カイルは優しい声色で答える。
「ルパーは、俺の力でも喚べない。ちゃんと天に還って、もしかしたらもう新しい命になってるのかもしれない。少なくとも……」
カイルが、ルパーの身体があったであろう森から、隣でしゃがみ込んでいるディルマーへと視線を移す。
「ディーはルパーを、ちゃんと、救えたんだよ」
「っ……そう……か」
カイルの言葉にディルマーは俯く。
丸めた背を震わせぽたぽたと落ちる雫が、その小さな手の中に収まる小さな親友の欠片を濡らした。
「……そっ、か……よかったぁ……ッ」
──俺はディルマーに、どこか自分を投影しているのだろう。
状況はまるで違うが、俺はカイルが戻って来てもなお、息子の欠片が入った小袋を手放していない。
これは、愚かな俺の250年分の罪と未練なのだから。
◇
さて、山を下りて忌まわしい町に向かうにあたって、俺はやらなければならないことがある。
「俺は以前この町を出歩いたことがある。その時の姿にならばいくらか融通も利くだろう。カイルも……少し顔を変えるか」
「そうだね……お願い、父さん」
まず俺。身長を伸ばし骨も太めに。筋肉量も増やして二回りほど大きな体躯に変える。勿論衣服も適宜サイズ調整。
「は?! な、なにあれ! カイルッ! なにあれッ!!?」
顔も厳つめで彫りを深く、眼つきは鋭く眉は太め。毛髪を太くし、無精髭を生やす。肌の色は少し薄く鉱夫風だ。
「声は……んん、こんなものか」
「だ、だれだおまえ……」
「ディーの反応すごい新鮮だけど、俺も父さんがこんなに変身するとこ見るのは初めてかも」
「次はカイルだ」
「うん」
こうして俺達三人は鉱夫の親方とその息子達となった。
極力特徴の無い、それでいてひと目で力強く見え手を出すことを躊躇うような雰囲気を醸し出す風貌。
髪は全員赤みのある煤けた黒、瞳は焦茶。ディルマーはそのままだが、カイルと俺は声色もかなり変えている。鉱石の塵で嗄れ、低くなった声だ。
「お、オレのしっぽと耳、どこいったんだ……」
ディルマーは急に尻尾が無くなったことで体のバランスがうまく取れないのか、やや前屈みになってヨロヨロと歩いている。狼人用にと服には尻尾の穴などを用意していたが、流石にこれから行く場所では目立たないことを優先して、完全な人間の見た目に変形している。肉体の変形は激痛を伴うので、勿論痛覚遮断をしながらである。
カイルはカイルで、戸惑うディルマーを微笑ましく眺めながら、自身の変貌ぶりに興奮していた。
「今のうちに身体を動かして、新しい姿に慣れておけよ」
「うん、父さん。いや……親父?」
「そこは無理に変えなくてもいい。会話に変な間ができると却って不自然だ」
「じゃあ、“一緒に働くようになったけど、まだ『親方』呼びに慣れてなくて、すぐ『父さん』呼びになっちゃう息子鉱夫見習い”って設定でいこうかな……」
拘りを感じるな……これから行く忌々しい街で使い捨てにするには勿体無い設定だ。
別の国で再利用することも考えておこう。