息子の弟にしよう
「わ、悪ぃ、オレ興奮して自分のことばっか……ッ」
ディルマーは、俺達のピリピリと張り詰めた空気に反応してビクリと肩を震えると、咄嗟に周囲の気配を探る。
そうじゃ無い。
別に周囲に怪しい奴はいないし、遠隔からの観測の可能性も排除してある。
息子はディルマーの話を聞いて、顔を青くしたまま黙っている。
おそらく息子も、俺と同じように思ったのだ。
似ている。
俺は魔法袋の中にある近い質感の金属素材を使って、奴の得物を再現する。俺の手に現れたそれを見て、息子は思わず顔を背けた。
ナイフと言うにはか細く、その切っ先は短く薄い、銀色の小さな刃物。
「そいつは男だったか? 使われた道具はこれだったか? 歪な獣を連れていたか?」
「え、う……」
その刃物を見せながら立て続けに質問する俺に、ディルマーは身体をビクリと硬直させる。
「そうなんだな?」
「う、ん……獣はわかんねぇ……でも、変な気配というか臭いはしてた、と思うぜ」
「そうか……」
息子を生きたまま解体し殺害した男、俺が捕えてギルドに突き出した凶悪錬金術師、“部品屋”コーマ・オーガン。俺が即席で再現したのは、そいつが使っていたヒトの皮膚と肉を丁寧に切ることに特化した人体解剖用メスだ。
こんなものを外でそういう目的で使う奴など、それこそ“部品屋”くらいだろう。
だがこの件は少なくともこの辺りの担当、つまりバベドゥラーの教会関係者もグルになっていたはずだ。その町でキメラを放って人々を襲ったあたり、薬ができるまではグルだったが完成を機に契約か何かを反故にされたか、逆にもう刺激的な仕事が来ないと見切りをつけたか。
俺はメスを分解し素材に戻して、短く溜め息をつき、顔色の悪い息子を見やる。
「……大丈夫か」
「えっ! あ、うん……大丈夫」
「悪かったな。いきなりあんなものを作ったりして」
「ううん、いいよ。ディルマー君も、みたいだし、さ……やっぱこういうのは、早めにはっきりさせときたい」
「そうか。なら父さんに任せなさい。今度は完璧に片付けよう」
「へっ?」
よし、今夜にでも出向いて根こそぎ聞き出そう。昔取った杵柄というやつで、話を聞くのは俺の元々の得意分野だからな。
そうだな、手始めに四肢の末端から肉を削ぎながら昔話でもすれば良いだろう。きっと思い出してくれるはずだ。
ちなみにコーマにも“ピン”を立ててある。
あの時の俺は珍しく気が動転していて──息子の色違いなだけでそっくりな少年の無残な躯に、一夜掛けて『黄泉還りの術』を行使するぐらいにはどうかしていた──、息子と同じような目に合わせながら無意識で立てていたようだ。
まあ、そのお陰で奴がまだ生きていることも、今どこにいるかも分かるわけだから、探す手間が省けて重畳というものだな。
◇
そういえば、俺達の方は名乗っていなかったわけだが、その前にディルマー少年には確認しておかなければならないことがある。
「ディルマーと言ったな。お前は自分が生き返ったわけじゃないことぐらい分かってるんだろう?」
「父さん、それは……」
「……やっぱそっか」
ディルマーは生前と変わらないであろう己の手足を見つめ、自嘲気味に小さく笑う。
「見た目キレイになったけど、オレ、死体のままなんだな……アンデッドに……魔物になったのか」
「アンデッドなのはおそらくそうだが、魔物じゃない」
「ん? そうなのか?」
「前に調べたが、魔性のモノを対象とする教会の浄化系の聖魔法が効かないからだ。むしろ聖人とか使徒とかに近い判定が出る可能性がある」
「えぇ……」
流石にそれは予想外だったのか、ディルマーから困惑の声を上がる。そうだよな。俺もびっくりだよ。
「ただそれとは無関係に、生きていない以上その身体は変化しない。特に魔力量が多いお前なら、身体が腐るようなこともないだろう。だが当然成長しない子供なんてものは怪しまれる。人間社会じゃ生きていけない」
「だろうな」
「俺達なら、その問題をある程度解決できる。──だがこれはそもそも前提として、お前がこの世界でまだ生きていたいなら、の話だ」
「あぁ……」
俺が言いたいことが分かったようで、ディルマーは目を細めると、悪戯を思いついたクソガキのように口角を上げる。
「なるほど。つまりオレがもう死にてぇって思ってんなら……」
「その身も魂も二度と弄ばれないよう、確実に葬ってやる」
「アッハハッ、えーと、こういうのはなんだっけ、そうそう、いたせりつくせりってやつだぜ」
膝を叩いて笑う姿は、しかし物悲しげだった。
「……オレが殺した親友……ルパーっていうんだけどさ、ソイツと約束してたんだ。いつかこんな小せぇ村出て、世界中飛び回る、すげぇ冒険者になるって。いっしょに……パーティ組んで…………」
ディルマーが言葉を中断し、俺達から顔を背けて目元を腕で拭う。
「ちょっと、ダチの様子、見に行ってもいいか?」
「構わない。俺達はここで待っていよう」
「……ありがとう」
◇
そろそろ陽も南中する頃、ディルマーが全身を土で汚した姿で戻ってきた。
その手には、持ち手がボロボロになった二本の黒曜石のナイフと、小さな白い牙……肉食獣人特有の発達した犬歯が折れただろうものが、握られていた。
「岩を頭にぶち当てる前に、一発全力で殴り飛ばしてたおかげで、こいつは灰になってなかったみてぇだ。荷物は、オレのもダチのも、他はもうダメになってたけど、おそろいにしてたナイフが残ってて良かったぜ」
泣き腫らした目でカラカラと笑っているのを俺は睥睨する。
「……汚いな」
「今言うかよソレ……っ何すッオイッ! 返せよオッサン!!」
素早くディルマーの手から遺品を引ったくった俺は、万一に備えて浄化魔法を施す。
灰になっていなかったということは、教会から来たクズはこれらを見逃していたということだ。おそらく汚染度は高くないのだろう。だからあくまで一応だ。ついでに汚れも取れる。
ディルマーに着せる服を作った時の余りの素材を編み上げて紐を作り、牙を……固定めんどいな、魔金剛で適当な爪金具作った方が早い。
黒曜石も適当な革巻き付けて柄を……刃じゃない部分の長さが足りん。柄は別の素材だったが朽ちてしまったということか。それに黒曜石じゃ色々付与しようにも魔力容量がいまいちだ。魔銀あたりを芯にして柄を伸長してやるか。あぁ、鞘も要るか。
仕上げに適当な術式の付与。状態保存と身代わり、手元に呼び戻す『召還の術』、あとは敵性術式解体ぐらいかね。
「冒険者やるならこれぐらいの得物にはしておくんだな」
そう言って、俺は出来上がったネックレスと2本の短剣をディルマーに渡す。
「……なん、で」
「態々形見持って戻ってきたんだ。俺達についてくるんだろ。ならやはりお前はカイルの弟だな……」
かわいく優しい長男、やんちゃで甘え下手な次男。……良いな、実に良い。
「は? えっ??」
「もう、父さん……俺、カイルベッタ。カイルって呼んでね。こっちは父さんのグレンデール。よろしくね、ディー」
できる息子は新たな家族にすかさず自己紹介と俺の紹介。会話の主導権を握りお兄ちゃんしようとしてる息子……頑張れ! お前ならできるぞ!!
「あ、あぁ。よろしく……って急になれなれしいな何だよ“ディー”って」
「弟だし……」
「……カイルは兄貴っぽくねえな」
「むぅ……なら、ちょっと俺と手合わせしよ?」
おっと、なんか意外な展開になったぞなんだこれは。