オオカミ少年の話を聞こう
さて。
治すと意気込んだものの、流石に身体が骨しか残っていないとなるとどこから手を付けようか悩むものだ。
ヒト一人分の肉を摂取させ、アンデッドの再生能力任せにするのもありだが、食わせるのも再生しきるのにもそこそこ時間がかかるだろう。
……そういえば、アンデッドに完全回復薬は効くのだろうか?
元々妻と息子の為に作っていた事もあり、適当に手配した木端微塵の遺体を対象に試した事もある。
結果はいまいちだった。どうも生物としての情報がどれだけ残っているかによるようだ。
それに肉体が綺麗に戻ったところで、魂の無い肉の身体は植物人間のまま静かに再び朽ちるだけ。お陰で生命干渉系の魔術や魔法薬では無理だと諦めがついたわけだ。
これはつまり逆に言えば、魂があればなんとかなるということでもある。
アンデッドは魔物だが、その再生能力故に魔力なり肉なりから自身の肉体を生み出すことができる。僅かでもそれがあれば、完全回復薬での肉体復元は可能。その上、その魂も囚われたままときている。
ただし通常のアンデッドは歪な魔性の力で無理に現世に留まっているせいで、何らかの形で魂に汚染や瑕疵が生じるのだが、見たところ息子の力で綺麗に快復している。これで還らないのが不思議なくらいだ。
まあ、ともかくさっさと試そう。
俺は即席で完全回復薬を精製する。材料は、俺の魔力と山ほどの魔法薬の薬効成分が溶け込んでいる俺の血。短剣で指先を軽く突いてそれを一滴分用意し錬金魔法で成分調整する。
“原石”任せではないので一滴だけで十分だ。さしずめ『グレンデール・オリジナル』とでも言おうか。いや、ないな。
一方、息子の力で綺麗(?)になった憑霊骸骨は、俺が“村は?”という問いを無視して変な行動を取り出したため、言葉か文字が通じなかったのだろうかと首を傾げ、どうしたものかというようにしゃがみ込んでいた。
サクっとできたところで、指先で浮遊する赤色の滴を憑霊骸骨に放り投げた。
まるで腐敗を巻き戻すように、或いは骨格の上に沿って発生をやり直すように。内側からその全身が生前の姿を取り戻していく。
直腸、結腸、大腸、小腸、十二指腸、胃、食道。
膵臓、肝臓、肺、気管支、気管、喉頭、甲状腺。
骨髄、筋肉、血管、血液、リンパ管、リンパ、脾臓。
心臓、心膜、胸膜、横隔膜、腹膜。
性腺、膀胱、尿管、腎臓、脾臓。
眼球、鼻腔、内耳、咽頭、脊髄、脳幹、小脳、大脳。
脂肪、皮膚、爪、毛髪、尻尾。
……尻尾?
◇
どうやら、人ではあるが狼人らしい。それほど血が濃くないのか、骨格が人のそれだったからパッと見気付かなかった。そう言われれば尾骨が長かったような気もする。
耳も人のそれとは別に、狼の耳が頭部に二つ、合わせて四つ再生されていく。
肌は土気色で血色が悪い。これは息子の時と同じで血が巡っていないからだろう。
瞳は水色鼠か淡藤色あたりの淡い青紫で、警戒心の高さを薄ら滲ませるような釣り目の三白眼。
体毛は青味のあるくすんだ灰色だが、そもそも生えているのが尻尾・眉・睫・鼻毛に頭部ぐらい。頭髪は短く乱雑に切られ不揃い。顔つき的にも体格的にも、やはり二次性徴の手前なのだろう。
ただ、未成熟だがどうやら男子らしいことは分かっている。
自身の肉体の変化に(骨だったから俺も特に意識していなかったが、彼は全裸だ)少年は声を上げて(当然変声期前だ)驚きながら慌てて股間を手と尻尾で隠しているが、丁寧に包まれた微笑ましいソコは既に俺達の網膜まで丸見えで届いてしまった後だった。
どんまい。
息子まで恥ずかしがって目を逸らしている。こちらも大変微笑ましい。
まぁ、自分より少し小さい程度の子だからな。色味的に前世のカイルに弟ができたと思えないでもない。
流石にどう見ても子供である彼を、こんな所に裸のまま放置するわけにもいかない。
山中だからではない。この山の下の町バベドゥラーは外道共の巣窟だからだ。マールのように、死ぬまで慰み物にされることもあり得る。
既に死んでいるせいで彼のそれは終わらないのだから、条件次第では正真正銘無限の無間地獄になるだろう。
俺は、その少年の身体を拘束する縄が結ばれた木に触れる。
「カイルより一回り小さいぐらいでいいか」
その木を錬金術の対象にすると跡形も無く消える。
これは俺が規模の大きな錬金に最適な特殊空間『炉』を、空間魔法でいつも異空間に作っているせいだ。世界の誰の目も触れないそこで、俺の意思に沿い錬金術が進む。原料となる繊維質を精製。柔らかくなるよう綿を思い出しながら構造に手を加え、糸に布に衣服にと形を整える。
ひとまず下着は完成。程よい通気性と吸湿性、保温性。肌触りもまずまずだ。尻尾を通す穴も忘れず用意した。
息子も全裸の少年も、突然消えた木と突然現れた衣服に驚いている。自分のパンツと比べる息子……かわいい──。
で、上着はもう少し耐久性を意識して……まあ、魔法で物理耐性などいくらでも融通が利くから適当でいいか。最後にそのへんの草と土中の軽金属で無難な草木染め風に仕上げる。町に狼人のことを知られると厄介だし、耳を隠せるフードも付けておこう。
靴は草木から作ると悪目立ちしそうだったので、魔法袋に放り込んである獣革から適当に作成する。
「ほら、これをやるから着替えて。それから話をしよう」
◇
「オレはディルマー。見ての通り狼人だ。あ、服とか靴とかマジでありがとう! アンタは良い魔法使いなんだな!」
ほんと元の服よりも快適だぜ! と尻尾を揺らしながら快活に笑うディルマーという名の少年の死体。
息子と同じように心臓を魔術的に動作させる『拍動の陣』と名付けた魔法陣を仕込み、発熱と発汗の再現術式も付与したので、死体とは思えない活力に溢れた男児という感じである。
人一人いない廃村と化した村の様子を伝えた時は少々落ち込んでいたが、やはり彼は薄々そうだろうと勘付いていたようだ。
そのまま己の身に何が起こったのかを話し始めてくれた。
「いつもみたく森で狩りしてたら、別の狩場に行ってたはずのダチが、いつの間にかゾンビになってオレに襲いかかってきた。泣きながら、ごめんって言いながら、オレの体に齧りついた」
目を伏せて、悼むように、傷一つ無くなった左手首を擦りながらディルマーは言葉を続ける。
「オレは……ダチの願い通り、魔法を使って岩で頭を砕いて……殺した。
昔、村に来た冒険者から一緒に聞いた話で、なったばかりのゾンビなら頭を砕けば殺せるって言ってたの思い出してさ」
確かに彼には高い魔力素養があるようで、体の回復に合わせて魔力もかなりのものになっている。本来なら肉体の維持にかかる魔力を賄えるほどだ。それは俺の予想が当たっているであろうことを示唆している。
「アイツ、最期は笑ってた……なのに、ちゃんと潰したはずなのに、見に行ったら体がずっとびくびく動いてて、それ見て吐いたのを覚えてる。
噛まれたところがどんどん熱くなって、オレもゾンビになって村の誰かを襲うかもしれねえって思って、縄で身体縛って木から離れられねえようにして、ナイフとか入ったカバンを思いっきり遠くまで投げ捨てた。
体中が熱くてふらふらしたまま、それから何日も経ったのに、いつまで経っても村のおっさん達が助けに、いや、殺しに来なかった。俺達がどこで狩りしてるかなんて、知ってるはずなのにだぜ?
やっと誰か来たと思ったらさ、知らねえヤツで……ソイツ、オレの体を……」
そこでディルマーは、言葉を止め身体を強張らせる。
「魔法もうまく使えねえし力も入らねえオレを、魔法かなんかで押さえつけて、オレの体を削いでった。手を、腕を、足を、胴を、顔を……! 抉られて! 中身を全部全部引きずり出して……ッ!」
「……大丈夫。もう大丈夫だ。よく我慢したな」
堰き止められていた感情を吐き出して止まらなくなり、涙と嗚咽に塗れたディルマーを、俺はそっと抱き寄せて背中を撫でてやる。
少し経って落ち着いたのか、悪い、ありがとう、と泣き腫らした目を擦り、続きを語った。
「……頭ん中かき出されてからは、もうグチャグチャで、今がアレからどれぐらい経ったのかも、オレには分からねえ……。
……ホントはこんな、恩人に押し付けるようなマネはしたくねえけど……でもッ、多分アイツらなんだ。オレの村にゾンビを持ち込んだのは……!」