責任を取ろう
「父さんの再生魔法と、俺の……その、アレ使えば、この子の話聞けると思う」
息子の提案に、俺は思考を巡らす。
この憑霊骸骨は知性を失っているが、その魂はアンデッドなので世界の輪に戻ることなく、骸に束縛され続けている。
息子の『聖液』──何もシャレや息子贔屓でそう呼んでいるのではない。魔術的に分析すると聖属性の魔力が凄まじい濃度で含まれていると分かったからだ。──を使えば知性を与えると同時に息子の眷属になる。更に俺や魔法で肉体を復元すれば、確かに安全に話を聞くことができるだろう。
だが──
「カイル、この子が当時の真実を知っているとは限らない。リスクは確かに少ないが、いつの間にか感染してた、ということしか情報が得られないかもしれない」
情報を得るため、では理由としては弱い。
だから息子の普段の考え方にしては、理屈に少々無理を感じる。おそらくそれは、俺がかねてより感じていた疑問の答えに繋がる鍵。
「ぅ……」
息子は俺に提案を否定されると思っていなかったのか、小さく呻いて瞳を揺らす。
「……ぅ、うぅぅ……ッ……!!」
そのままポロポロと泣き出してしまった──!! かわ、い、い……いかんいかん昇天するところだった。
そして息子は同時に、己の股間を押さえつけていた。
「……ごめ、ごめんなッさい……! ほんとは、ひうッ、なんでかっわかんないけど、っ、お、俺、その子を見てると、なんか、変な感じで……もやもやして……ッ、つな、繋がればって、なんでか……」
「大丈夫だ。もういい、カイル。済まなかった……」
「っ、ぅえ、……?」
俺は息子の言葉を中断させて、抱き寄せて頭と背をポンポンと優しく撫でる。
俺の太腿に、息子の固くなり少し濡れた股間の感触が伝わる。
息子のある異常について、その原因を推測する、俺の仮説。
息子の異常な性欲についてだ。
◇
息子はアンデッドだ。それもかなり高位のアンデッド。
数多の眷属を生み出し軍勢とし、死者の領域を広げ生者の世界を侵していく、リッチやノーライフキングのようなものと同等かそれ以上の存在だ。
彼等は本能的に、配下を増やそうとする。それが存在理由だからかは分からないが、問題はその“本能的に”という部分。
つまり、息子はその本能によって、己の肉体の一部を与えたい、眷属を増やしたいという欲望が、食欲や睡眠欲と同じかなり原始的なレイヤーで存在してしまっていると考えられる。
故にそのプリミティブな欲が、つまるところ精を吐き出したいという性欲として顕在化しているのではないか。
そこに息子の意思や嗜好などない。
配下にできる素体があれば関係無しに、性衝動に駆られる。
以前のバーノンへ向かう道中の、あの広場での夢精も、すぐ近くに眷属にできる者が居たからだろう。
ならばこれは──俺の責任だ。
俺はその予測を息子に伝える。
決して死体で興奮する性嗜好が息子の中にあったわけではないと。息子の心の安寧に少しでも繋がるよう、真摯に説明した。
「そっか……つまり、あの子を眷属にしたら、俺、少しは落ち着くのかな……」
カーッ!! 息子前向きーーーーー!! 鋼の、いや、魔黄金のメンタルか??
だが俺は俺の知る残酷な事実を伝えなければならない。
リッチやノーライフキングが移動せず、そして眷属を増やし続けないのなら、Aランク強制討伐対象になどならない。
「おそらく、ソレは際限が無い」
「…………」
息子の白い肌が、一層白くなった。
俺はその柔らかな頬に優しく触れ、言葉を続ける。
「だが、時間は山ほどある。俺が絶対になんとかするし、幾らでも俺が相手してやるから、大丈夫だ。我慢なんかしなくていい」
「とう、さん…………っ」
何、今までと変わらない。
むしろ俺の責任なのだから、当然のことだろう。
二十四時間年中無休永年保証でかわいい息子の相手だ、何一つ苦ではない。
恐れるとすれば、そして期限があるとすれば、それは妻との再会だ。
それまでには解決しなければ。
◇
俺は縄で縛られ木から離れられないままカサカサと蠢き続ける小さな憑霊骸骨に近づき、その暗い眼孔の奥を観察する。
そこは脳が腐り失われた空洞、ではなかった。
蜘蛛の巣のように無数の黒い菌糸が張り巡らされている。
これはゾンビの元凶たる魔物。
頭蓋内で脳を浸潤するこいつが、魂を無理矢理現世に縛り付けることで世界に“この体はまだ動ける”と認識させたまま肉体を破壊・汚染し乗っ取り、感染を広げる。
「やはりゾンビ由来であることは間違いないが、有名な既知の“品種”に比べて動きが緩慢だな」
このゾンビ化をもたらす微小魔物には、いくつかの“品種”があることが分かっている。
Dランク指定注意品種、“墓地帰り”。
感染成立から発症までの潜伏期が一週間から10日と長く、その間に感染者が何事も無く移動することで感染範囲を広げてから高熱と吐血の末死亡。この血も感染源となるのだが、死体そのものも火葬されなければ間を置きゆっくりゾンビ化する。
その名は、一度埋葬された後這い出てきた故人が、墓地から真っ先に自宅や知人宅へ帰ってくる事に由来する古くから同定されている品種だ。
Aランク指定危険品種、“溢れ骸骨”。
感染力が極めて高く、いきとし生けるあらゆる生き物に掠っただけで感染成立。即座に全身の肉も脳髄も臓腑も骨だけ残して腐り落ち、身軽な意思無き憑霊骸骨となって跳梁跋扈。一夜で街一つを焼却浄化せざるを得なくなる骨の大氾濫を生み出す。
その特徴的で凶悪な滅亡は、昔話にも語られることのある災厄だ。
Bランク指定警戒品種、“孤独の友食い”。
肉体はあまり腐らず知性や記憶、人格さえも生前のままだが、強烈な飢餓感と共に、人肉以外を受け付けない味覚となる。そのまま我慢を重ねても突如意識を失い、気づいた時には近所の子供を骨さえ残さず完食していたという気の毒な屍食鬼に成り果てる。
完食率の高さもあり感染は広がりにくいが、この品種の厄介なのは高い生存本能。自我は残す癖に教会に近づくような行動を感染者に取らせない。事態が発覚する頃には辺りはもぬけの殻。
大半の感染者は自身の行動に耐え切れず人の居ない場所へ雲隠れするのだが、近年、大規模盗賊団の消滅をきっかけにその雲隠れしていた集団が見つかり(むしろ本能に抵触しない範囲で気付かれるよう活動していたらしい。彼らが涙ながらに口にした「やっとみつけてくれた」はドキュメンタリー映画のタイトルにもなったという)、ようやくゾンビ系として特定された。
このへんが特徴の際立った名前持ちの株だが、近縁種や変異種なども挙げれば暇もない。
念のため、空間魔法で黒い菌糸の一部を捩じ切り採取。ガラスアンプル内に密封し、状態保存と魔力遮断を付与した。
アンプルを仕舞い込み同時に取り出した『聖液』の小瓶の封を開け、その一滴分を眼孔の中へ放り込む。
「ほう、これは……」
黄金の光が骨全体を包み、頭蓋内を中心に全身の骨の内部に蔓延っていた微小魔物が塵となって消滅していく。聖属性の魔力を含んでいるのだから浄化されているのは不思議ではない。
微小魔物の気配が完全に消えると同時に、骨の挙動に知性が戻る。頭蓋骨がきょろきょろと目の無い視線で周囲を見回し、肉も皮もない手足を握ったり開いたりする。
間もなく俺達に気付き何かを話そうと口を動かすも、不恰好にカコカコと音を立てるだけで声にはならない。
本人もそれに気付いたのか閉口し、指で地面に文字を綴りだした。骨格から幼いと思っていたのだが、この村の識字率はそれなりに良かったらしい。語彙は拙く短いものの、この辺りの大陸共通言語だ。
“村は?”
瞳はおろか眼球も何もない目からは、諦観のようなものを感じさせる。答えを薄々分かっていながら、それでも縋るような疑問文が地面に刻まれていた。
しかし俺はその疑問文に答えるより先に、息子の要望に応える。