悪意の残り香
俺達は半月の間、二、三日に一度くらいの割合で麓町バーノンに姿を現していた。
だがあくまで俺達は流れの猟師を謳っている。
要は一所にあまり長居するのは不自然だ。
「と言うわけで前から話していた通り明日にはここを発つ。今まで世話になった」
「いやいや、こっちとしちゃ質の良い仕入元だったんだから、明日からどうしたもんかってもんよ! こっちに戻って来たらまたうちに肉卸しとくれよ」
長年の友人を見送るようにバンバンと俺の背中を叩いてくるのは“マンサ精肉店”の女主人だ。
すると俺の後ろにいた息子に不埒な影が近づく。アーシクとかいうこの店を手伝っている息子の三つ上ぐらいの少年だ。
「あっ、カイ、その……これ、やる」
「わあ、アーシク、ありがとう!」
おん? なんだなんだ、俺の中の息子用“恋は第一級犯罪”警報が鳴り響いてるぞ??
どうやらもらったのはサラミらしい。なるほど旅に出るのだからあながち悪い贈り物でもないな。
息子の身体の減った分をコイツが補充するかと思うと無性にイライラするが、まぁいいだろう。せいぜい息子に美味しく料理されることだな。
何ハグしてんだ??
いや、ここは息子が同世代の仲の良い友達を作れたと喜ぶべきか……
何息子の前髪かき上げて露わになった小さな額にキスしてんだてめぇ???
ほら息子も額押さえてぽかーんてなってるだろうが。かわいい~。とっとと下がれ。
「カイ、行くぞ」
「あ、うん!」
何年も後になって意図せず再会するような事態があると厄介だ。アーシクには“ピン”を立てておこう。これで生きているうちはいつでも位置を捕捉できる。
◇
さて、すっかり我が家として慣れてきたいつもの小屋に戻ったわけだが、この家の周辺の土地自体、空間魔法で周囲と切り離してある。引っ越しは座標の変更だけで済んでしまうというわけだ。
「次は南国の海辺の町付近あたりの、この辺とは全然違う場所にしようと思っていたんだが……本当にそこでいいのかカイル」
「……うん。俺はカイルだけど、やっぱりマールでもあるから。早めにケリをつけておきたいんだ。それに、俺がいなくなった分、きっと……」
身寄りの無い少年が、己の身を売ること自体は珍しくない。
職に貴賤は無いのだから、人を殺していようが夜の奉仕をしていようが、それが国の法に則っているのならば咎めるようなことではない。
実際、娼婦より娼男の方が人気がある。安く、丈夫で、子を孕ませる心配もない。それなりに経験を積んだ者なら、同じ男である分より何処をどういう力加減でどうされるのがイイかを熟知している。
その上娼館はそれなりに稼げる。下手な肉体労働で命を張るよりもずっとコストパフォーマンスがいい。
勿論そんな都合のいいことだけではない。
そもそも容姿が優れなければそれだけで先は無い。その上で彼らは常に体のコンディションを調整し、病の検査は日々行い、毎日の食事や運動、陽ざしにさえ気を使う。
客ごとの好みを把握し、適切にキャラクターを演じ分ける。
それだけのことを高級娼館ではやっているのだから、充分に誇りある職と言える。
だがそう使える子供を生み出すために不慮の事故や病を発生させたり、洗脳したり、オーダーメイドだとほざいて最後には薬漬けにして仕上げるなどもっての外だ。そして、それを求めるのは往々にして大抵の事を握り潰せる権力者。法の目を掻い潜り、あるいは公然と賄賂によって、踏み躙られている者は多い。
少なくともあの町──マールが娼男として性の捌け口にされていたあの小さな町だ──では今も子供達を弄んでいる輩がいる。
マールが住み込みで働いていたあの“家”は、名目上孤児院ということになっている。きちんと教会の認可付き。それだけで腐敗具合がよく分かるというものだ。
そしてその家は、マールを殺した錬金術師の置き土産であるキメラによって空き家と化した。
マールを売りとばしたクソ野郎は当然だが、その家に居たであろう他の無辜の子供達も全員丸ごと綺麗に喰い殺された。
そんなことを知っているのは、あの場のキメラの殲滅を俺もやっていた(そのせいでマールを助けられなかった)からで、切り飛ばして零れたそいつの7つほどに分かれた胃袋からは、多少切り口は雑だが分別された子供達が出てきたからだ。
頭部だけになった、頭部だけでもまだ幼いと分かる彼らのその殆どが、安堵したような表情だったからよく覚えている。
だから息子からの、マールとして殺された時の心情の吐露は、意外なものではなく理解のできるものだった。
ただ息子は、同じ屋根の下にいた不思議と似た境遇の子供達も、既に皆解放されたことを知らない。
そして、“孤児院のようなもの”はあれ一つではない。今もマールや彼らの代わりが補充され、調整されているだろう。
挽き肉にしてやりたいな。
◇
忌まわしき冒涜の町バベドゥラー。
マールがかつてその身を嬲られていたその町からやや離れた山奥に、俺たちは家を移動した。
丁度山中に人の気配の無い拓けた平地があったからだ。実際に移動して見てみて分かったが、廃村のようだ。
「父さん、いる」
どうやら人は居ないがアンデッドは居たようで、息子が指差す先を探知してみると、この廃村からさらに外れた山林の奥に憑霊骸骨のような気配が確かにある。
「様子を見て来よう」
「……俺も行く」
息子の決意に満ちた瞳に、俺はぼっきぼきに折れた。
向かった先には縄の片端で首、胴、両足を縛り、もう一方をさらに木に括りつけられた奇妙な状態の子供の憑霊骸骨がいた。
こちらに反応し本能的に肉を求めてか小さく動き出すが、縄により腕で這って動くしかなく木から腕一本分程度しか離れられない。
僅かに離れた草村の中に、ボロボロの水入れや錆びまみれの短剣が入った朽ち果てた鞄が落ちていた。
「なるほど……ゾンビあたりに感染したことを察して、意識があるうちに身体を木に括ったのか。だがこいつが浄化されず、村が廃村になっていたということは、間に合わなかったんだな。他にも感染経路があったんだろう」
「そっか……一人でがんばったんだね」
息子は寂しそうに、小さく蠢く骨を悼むように見やる。
「だが妙だな。あの村で大規模感染が発生して、浄化したというのは分かる。多少離れているとはいえ、この子だけを見逃すなんてことがあるか?」
この手の伝染力の高いアンデッドは普通、隔離し浄化・焼却して完全に根絶やしにするものだ。一人でも見逃せばそこから再び感染が広がる。
そこで俺は思い出した。
あのディンブラ家の青年から引き抜けた情報。
最近、凶暴性に欠く代わりに比較的安全に従魔化できる屍食鬼化薬が裏で出回っていると。
例に漏れず知性を失うために全ての制御を求められる上、腐る肉体の維持に魔力をバカ喰いするというゴミもゴミなのだが、問題はその出所と用途だ。
この子供の憑霊骸骨までの道。
そう道だ。
草で分かりにくいが道になっていた痕跡がある。誰かが頻繁に、定期的に、ここに足を運んでいる。
つまりこの子はちゃんと見つかっているのに浄化されていない。
「まさか──ここで品種改良して、成功したものを最初の材料にした……処分に浄化が必要な以上教会も噛んでいるということか。想像以上に腐りきっているな」
俺は小声で呟いていたつもりだったが、息子に聞こえてしまったようだ。或いは、憑霊骸骨の“声”が聞こえているのかもしれない。
「……父さん、この子に話、訊いてみる?」
バベドゥラーの教会は鬼畜外道糞野郎の巣窟です。地域の特色ですね。