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奇跡を仕込もう


※時間が飛んで少年が一気に成長する描画が含まれます。重要な内容でもないエピローグみたいなものなので、無理な人は二つ目の◇以降は読み飛ばしてください。




「その瓶に入っている内、というよりその中の石に触れている限り、なんだろうな。中身が劣化することはない。

 状態異常や千切れたものを繋ぐだけなら、百倍に希釈しても使える。おそらく高位万能回復薬(パナケイア)相当。浅い傷なら一万倍希釈でもいける。並の回復薬(ポーション)と言ったところだな」


 俺は新たに空の小瓶を懐から取り出し、机の上の深紅に染まった小瓶の中身(完全回復薬)をほんの少し注ぎ入れて、残りを水差しの水で満たす。

 淡い桃色となったそれは、薄まってなお持てば確かな温かさを感じさせる。


「ただこのように薄めるために別の容器に取り出すと、腐りはしないが成分が劣化するのか魔力が抜けるのか、密閉していても1年程度でただの栄養ドリンクになる。飲んでも少し元気になるだけで傷は治らない。手にしても熱を感じられないなら、そいつは間違いなく効力を失っている。まあその辺りは一般に出回っている回復薬と大差ない」


 大差ないと言ったがまず色が違う。普通の回復薬は淡い緑、高位万能回復薬は黄色い上に光っている。ちなみに魔力回復薬(オドポーション)系統は青く光っていて、状態異常回復薬(ヒュギエイア)は白い。みな材料がそもそも違うのだから当然だ。

 これらは混合や希釈、逆に煮詰めるなど不用意に手を加えると薬効の大半が失われる。成分の濃度と溶媒中の魔素の平衡が壊れるとただの少々健康的な色水になるわけだ。

 そういう意味でも薄めてかさ増し出来るというのは、かなり常識に反している。とはいえ、貴重で高価な完全回復薬(ホールポーション)を薄めて使うやつは普通いない。一万倍に薄めて並の回復薬にするなら、最初から並の回復薬を一万個買ったほうが安い。どれぐらい高く付くかというと、俺の知る売価では桁が5つ分程。あんぽんたんも良い所だ。


 だがその完全回復薬『グレンデール』が無償で手に入るなら話は変わる。


「こちらを差し上げよう。寄進だと思ってくれればいい」

「えっ!?」

「は???!!!!」


 パサナらの思考能力がついに停止したのを良い事に、俺はペラペラと一方的に運用案を述べていく。


 例えば、教会には年に一度の冬の時期に『聖体の秘跡』という教徒向けの祭祀(さいし)というか身内向けイベントがある。神がパンと葡萄酒を振る舞ったという神話の一節に(なぞら)えた催しだ。そこでは、参加者へ実際にパンとホットワインや温かい葡萄ジュースが振る舞われるわけだが、そこにこの完全回復薬を少量仕込むだけで、平等に素敵な奇跡がやってくる。

 あとは孤児たちの毎日の食事に数滴仕込んでやれば、食べるだけでちょっとした傷や病気なら勝手に治る。

 宿の温泉の水源や井戸に仕込めば、奇跡の宿が出来上がるなんてのもある。そこまでやると流石に国から目をつけられるだろう。


「ひとまず、大樽一つにこの完全回復薬を二本突っ込んであとは水で薄めれば約二万人分の回復薬になる。ある程度作り置きしてそれを教会の倉庫に保管しておくのがいいだろう。もちろん必要になったタイミングで作ってもいいが」

「……当教会に何故そこまでのことをされるのか、お訊きしてもよろしいですか?」


 俺は少し逡巡する素振りを見せる。


「俺は、愛する者を、大切な子供を、死なせてしまった。死んではこの薬があってもどうにもならない。ほんの少しだけ違えば、今も笑っていたはずの命だった。だからこれは同情というよりも懺悔だ」

「父さん……」


 あーーー! 息子(カイル)が泣きそうになってる!!

 涙を堪えて首を小さく左右に振って、「父さんは悪くないよ」って訴えかけてるーーー!!!

 幸せぇぇえええええ↑→↓←↑!!!!!!


「ただ、これを寄進する上で、いくつか条件を出したい。

 一つ、危険な情報なのでクリフ君からは忘却魔法で私が診断した直後以降の記憶を消し去ること。

 二つ、俺達とこの薬の関連性を気取らせないため、完全回復薬として使うのはひと月待つこと。

 三つ、同様の理由でこの『脱落賢者の石』の出処を知られぬよう、正体不明の客からの寄進という形に変える、記憶魔法での偽装を受け入れること。この記憶改竄は、他者にこの石のことについて伝えたり尋ねられたり探られたりした時点で発動する。

 最後に、俺達の素性も()()()()探らないこと」

「……分かりました。受け入れましょう。クリフ、良いですね?」

「は、はい」







 その後、俺達はもう二泊ほどしてから宿をチェックアウトし、あの山奥の小屋に戻った。幸いにも、道中あのディンブラ家を名乗る集団に再び遭遇することはなかった。


 ただ帰り道の途中、前屈みになった息子が顔を紅潮させ泣いて謝りながら、「()()を革紐で縛って我慢してたけどもう無理……」と白状した。

 何事かと見てみれば、息子のソコはもう赤くカチカチに反り上がっていて、先走りで下着はおもらしみたいな発情期も真っ青な状態になっていた。真っ青というか真っ赤だけどな、ははは、いや、これやばいな。


 どうやら俺がアンデッド化を齎すと言ったことで、家の外で出すわけにはいかないと思ってのことらしい。


 えーーー!!!!! 俺はそんな禁欲プレイを息子に強いていたのか!!!!????


 そういう事なら父さんにお任せ!!


 紐を(ほど)いた瞬間、物凄い勢いで気道に流れ込んできて死ぬかと思った。いや、その程度で死ぬ俺ではないのだが。







「孫が結婚ですか。クリフも立派なおじいさんになったものですね……」


 あれから、もう半世紀以上経ったのですね。通りで身体の動きも悪くなるというものです。

 とはいえ、孤児達と共に摂る『聖水』入りの食事のお陰で、今も私は病知らずでいられています。


 多くの子供達が、その命を損なわずに済みました。

 多くの子供達が、成長して巣立ち、新たな命を芽吹かせては礼を言いに来ました。


 それでも、間に合わず遺体となってやって来る子もいて、結局私は見送るしか出来ませんでした。


 彼も、同じように思っていたのでしょうか。



 今や医療技術は発展し、国や自治体主導の育児制度や孤児の保護制度も充実しました。おかげで教会に付属する形の孤児院も、孤児自体の数も、あの当時に比べればかなり減っています。

 寂しくもありますが、それはとても素晴らしいこと。


 あの時のクリフほどの奇跡は、彼ら二人が去った後も数度起こす事になりました。

 『聖水』(神の御血)だと貫き通して、人に見せる際は必ず聖杯から取り出すようにしたり、聖具室は樽だらけになったり、色々と誤魔化すのが大変でしたが、人知れず一人でやり続けてきました。

 どうやらかの魔法は『脱落賢者の石』について話題に触れられなければ良いらしく、『聖水』のことを尋ねられた程度では発動しないようですね。

 おかげで今まで彼ら親子のことを忘れたことなどありませんでした。


 彼らには怒られるかもしれないのですが、6年ほど前にこの教会の50周年を記念して、彼らを模した聖画像(イコン)を勝手に作ってしまいました。


 聖光(ハロー)を背に纏う親子の姿の『使徒』から、『聖水』の満ちる聖杯を授かる油彩画。


 意図的に色や顔立ちはぼかしておりますし、服装も猟師ではなく天使を思わせるような全く違うものなのですが、思い出すには十分な代物です。



 ですが、もうすぐその姿を思い出すことは叶わなくなることでしょう。



 信用に値する後任も見繕えたことですし、そろそろ『聖水』を一人で用意するのも身体が限界のようでございます。


 仕方のないことでございましょう。


「シスタークレア。清廉たる修道女の鑑たる貴女に、『聖水』の作り方と、私が出会った『使徒』の話を教えましょう」






これで山の麓町バーノン編はおしまいです!


なんとなく次の話は考えてあるのですが、おとなしくノクターンの方でやったほうがいい気も……。マール(カイル)君の町をお父さんが焼き潰す話とかR15ではできない気がするんですよね!

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