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脱落賢者の石




 今日は朝食を摂っていない。それはつまり今朝は息子(カイル)が肉体を失わなかったからだ。

 そういう日もある、と言ってしまえばそれまでで、というか毎日暴発している方が何かと心配になるのだから別段気にすることでもないはずだが、何か引っかかる。


 あっ、息子が暫く寝惚け眼でぽやーっとしたあとハッとなって己のパンツをめくってまじまじと見つめてからホッと小さな胸を撫で下ろすまでの過程はかわいかった。これは非常に重要な事実だ。


 そしてそんな最高の朝の景色を存分に楽しんでいたところに扉がノックされる。

 空気の読めないドアだ。スポンジに変えてやろうか?


「朝早くに申し訳ありません。パサナでございます。宿の営業時間前に、先日お助けいただいたクリフからも直接お礼をできればと思うのですが……」


 俺は息子を見やる。息子はコクリと頷くといそいそと寝間着から着替え始めた。 

 うーん、かわいい。






 案内されたのは、()りにも()って教会の一室だった。

 息子と共に中に入ると、先に待っていたクリフがすぐさま頭を下げてきた。


「昨日はお助けいただき、ありがとうございました」


 彼に限った話ではないが、幼い孤児にしては言葉遣いがよく出来ている。宿として運営するための教育や躾が行き届いているのだろう。無論客の前に出す者の人選はしていると思うが。


「直接は言えなかったが、息子からも伝えてある通り、君に無理言って一緒に風呂に入ったのはこちらだ。()()()()()のかもしれない……と言いたい所だが、その様子ではもしや本当に治ったのかな?」


 あくまで怪訝な調子で俺は口にする。息子越しで聞いた信じがたい出来事のように振る舞う。


「そうみたいなんだ、父さん。怪我とか詳しいでしょ。ちょっと診てあげられない?」


 息子に言われちゃあ診るしかないよな〜仕方ないな〜。まあ事前に打ち合わせてあったのだが。


「お詳しいのですか?」

「流れで狩りをやっている者として、負傷に対する判断と対処はある程度。それに……」


 俺は懐から証明カードを取り出しチラ見せする。それは所持する者がAランク冒険者だと示す物だ。


「それは……!」


 まあ驚かれるのも無理はないだろう。Aランクより上となると、各国の王室、皇室御用達の指名依頼が舞い込んで来るSランクとSSランクしかない。しかし名が知れ渡りすぎ、却って行動が制限される欠点もある。

 Aランクはそういう意味で、平民にも辛うじて手の届く最上級の勇者とも言える。


「もう現役ではない。依頼で妻と息子を守れなかったあの時から、しがない猟師の父親であると決めたのでね。さて、少し触れていいかなクリフ君」

「え、は、はい」


 俺は特に目を合わせることもなくさらりと嘘──と言ってもかなり事実に近いものだが──を吐いて、クリフの目元を手で撫でる。


「ッ……」


 ぴくりと僅かに顔を強張らせているがまあ仕方あるまい。拒絶反応による炎症や過剰再生と言った異常はなさそうだ。眼球も網膜や視神経などとの接続も問題ない。


「どんな傷だったか具体的に知らないのでなんとも言えないが、今診た感じでは健常者と変わらないな」

「そうですか……」

「あ、ありがとうございます」


 クリフが再び頭を下げる。まあ、普通ならそれなりの金を医者に取られるだろう。


「こういった奇跡はしばしば?」


 俺は何食わぬ顔で、これが神の齎した奇跡であると想定している体でパサナへと尋ねる。


「いえ……少なくとも私がこの教会に勤めてからは初めてのことです」

「なるほど。俺はよく似た奇跡のような回復薬なら知っている」

「まさか……完全回復薬(ホールポーション)『グレンデール』でございますか?」

「ふむ、ご存知だったか」


 ここはニルギリ共和国(俺達の祖国)からはそれなりに離れた土地の上、200年近く経っているはずだが、月日の流れはその名を廃れさせるどころか世界へ広めるのに貢献しているようだ。







 俺は当時(250年前)──妻と息子の死を受け止められないまま、絶望に至った後だ──、殆どその身一つで国から出奔した。

 つまり半世紀ばかり引き籠もった、各種の行き詰まり研究成果物──術式、魔道具、魔法薬、その他資料──の多くをその場に放置してきたわけだ。


 探索魔法研究成果。術式そのものに干渉し、必ず()たるようにするメタ術式、『必中の術』。

 治癒・生命魔法研究成果。肉体を再現し補完する『再生魔法』に、生きているなら必ず治す完全回復薬(ホールポーション)。生きているならその命を永遠にする老化止めのポーション『アヴェンブロジア』。

 時空魔法研究成果。内外問わず対象の時間の進みを限りなく遅くする、『遅滞の術』。

 状態操作魔法研究成果。生体にも用いることのできる状態保存魔法陣、『静止の陣』に、専用の解除術式、『再起の術』。

 そして死霊魔法研究成果。魂を再び肉体に紐付け直す禁忌、『黄泉還りの術』。


 この内、老化止め(アヴェンブロジア)は俺の身体の中にしか無く、『遅滞の術』、『静止の陣』、『再起の術』は術式そのものは俺の頭の中にしかない。資料ならいくらか残っているだろう。

 『黄泉還りの術』関係に至っては、資料さえ欠片も残っていない。これは、スクロールを完成させたもののその役立たずぶりに、メンタルが参っていた俺が、この研究のための専用の部屋をスクロール以外燃やし尽くしたせいだ。


 肝心なのは、『必中の術』や『再生魔法』、完全回復薬までは(研究資金目的というのもあるが)ニルギリ魔術学会に公表していたということだ。

 特に完全回復薬は、大量生産できる代物ではないが俺が提出した『原石』から、特別な知識や技術も必要なく半永久的に生産できることもあり、莫大な利益を生んでいる。

 そうして年に10人分程度という限られた量のみ生産される完全回復薬は、俺の本名『グレンデール』をそのまま商品名にしていると、出奔した後になって知った。もう少し考えられなかったのか?


 さて、そんなわけだが、俺は懐から掌に収まるサイズの透明なガラスの小瓶を取り出す。その口には小さな茶()しがついており、瓶の中には深紅色をした指の爪ほどの大きさのやや歪な八面体が一つ。振れば転がってカラカラと音を立てる。


「これは、約二百年、先祖代々伝わる、『脱落賢者の石』というものの一つだ」


 大嘘である。


 今朝方着替える息子を眺めながら片手間で作った出来立てほやほやだ。

 ……おっと危ない、息子の着替える光景を思い出してテンションが上がりそうになった。


 俺の大真面目な顔から放たれる真っ赤な嘘に、息子は吹き出しそうなのを必死で(こら)えている。かわいいなあ。


「この瓶を水で満たし、明かりを灯す生活魔法程度の少しの魔力を与えると、『脱落賢者の石』と同じ赤い液体になる」


 その場にあった水差しからガラス瓶に水を注ぎ、パサナに手渡す。

 戸惑いながらも、彼女が夜の見回りで使っているであろう灯火の魔法と同じ要領で魔力を注ぐと、瓶はみるみる赤く染まった。ほんのり熱を帯びているように感じられることだろう。


「それで一人分。何度か試したことがあるが、その効果を見るに、おそらく完全回復薬だ」

「な……!」


 パサナは驚きのあまり小瓶を落としそうになり、慌てて机の上に置く。

 今の、息子がやったらかわいいのになあ。


 そして、おそらくもへったくれもなく、こいつは完全回復薬の『原石』。いや、あの時はまだ盛り込んでいない状態保存系の術式による魔力維持・増幅も付与してあるのだから、『原石』を遥かに超えるパフォーマンスを出せる。


 なんせ前に作った『原石』は、国が誇る上位の魔導師10人ほどが1か月間魔力を注ぎ続けてようやく一人分できるかどうか、というのだから比較にもならない。


 まあ、250年もあれば俺の資料を元に誰かがもっとマシなものを作っているかもしれないが。






グレンデールさんどんどん気持ち悪い人になりますね?

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