屍だった少年
(2019/7/28) いつの間にかカイル君の歳を12歳だと勘違いしてたので、己の欲望に正直になって12歳にしました。
街から街へ、俺は移動した。国を出た時に比べればどうということはない。
大抵の荷物は魔法の袋にしまってあるから、移動はかなり楽だ。あの少年の死体もだ。
俺は無作為にいくつかの街を経由したあと、『遅滞の術』で周囲の時の流れを滞らせて一気に高速移動し、全く無関係な山奥へ進んでいった。
この『遅滞の術』も失敗作。
時を戻して妻や息子をなんとかできないかと狂ったように研究して、結局ダメだったものだ。限りなく遅くすることはできても、戻すことは愚か止めることもできなかった。
何が賢者候補だ、無能すぎて笑える。
辺り一帯には人の気配がない原生林が広がっている。
適当に認識阻害、獣避け、魔力断絶を撒いて、最後に空間をまるごと切り取って囲い、魔法の袋の要領で容積拡大を空間そのものに付与する。
すると、俺の立っている場所が山肌から切り離され、拡大した分だけの暗黒が広がる。
「土をそのまま広げるか」
地面がないと何かと不便なので、錬金術で適当に土を生み出して拡げていく。あとは小屋でもあればいいだろう。
どのみち空間が曲がっているので、雨はこの中に殆ど入り込まないが、まあ、気分の問題だ。
「簡易ベッドがあったと思うんだが……」
怪我人の治療用に昔用意したものだが、状態保存のおかげでそれほど傷んでいない。
そこに、ローブで包んだ少年を取り出し、そっと寝かせた。
白い肌に青ざめた唇といい、相変わらず見た目は綺麗な死体という感じだが、静かに胸を上下させて寝息を立てている。
それに──本当に息子によく似ていた。
毛や瞳の色はこの辺りの地域でもよく見る、明るめの栗色に緑の瞳。銀髪に紫の目の俺や妻とはまるで違う。勿論かつての息子ともだ。
だが……顔立ちが似ていた。眉や目元、ボサボサした髪質も、とても似ている。
切り裂かれてボロボロの服を取り払い、移動の途中に買い揃えた服を着せる。見れば見るほど息子のようで……眠っている息子を着せ替えているようで……頭がおかしくなりそうだ。
いや、俺は既におかしいのだ。
息子に似た子供の死体に、禁忌である死霊魔法から発展させた『黄泉還りの術』をかけて、持ち去っている。狂気としか言いようがない。
年齢を調べると十二歳、もうすぐ十三歳といったところのようだ。環境が悪かったのか、実年齢に対して身体の育ちが悪い。十歳ほどに見える。……死体になったのだからもうどうにもならないのだが。
一通りの事を終えた俺は、そのまま仮眠することにした。
◇
「母さんに触るな!」
「ガキには用はねぇんだよッてな!」
「カイルッ!!」
(やめろ)
「か、ぁ、……」
(やめろ……やめろ!)
「竜の巫女がまさか人間とまぐわってるとはな──」
「やめて、それ以上──」
「その子供だって竜人兵器の材料に使えるかもしれないんですから。あまり傷つけないでください」
「████──」
業火が国を包み込む。
二体の歪に変わり果てた竜が、すべてを蹂躙し破壊する。
それは、怒りのようでもあり、悲しみのようでもあり、懺悔のようでもあった。
無理やり生み出された体は腐り落ち、膨大な負荷で放っておいても自壊する。
だが、二体の竜が世界から消えるよりも、一つの国が地図から消えるほうが、もっと早かった。
だから、仇はもう無い。何も無い。
◇
(久し振りに嫌な夢を見たな)
目覚めた俺は、首に掛けた息子の欠片の小袋を撫でる。
どうやら、少年は眠ったままだ。もしかしたらずっと眠ったままかもしれない。仕方ない。『黄泉還りの術』は動作確認もしていない理論だけで組み上げたものだ。
(まぁ、息子に似た子供の寝顔を眺め続けるのも、悪くはないが……それでもこの子はカイルじゃない……俺の息子じゃないんだ……)
少年の額を軽く撫でる。
前髪を持ち上げて、そっとキスをした。
朝起きた時、出かける時、帰ってきた時、夜眠る時。おまじないのように妻と息子にはキスをしていた。
本当に、なんの効果もなかったのだが。
「ん……っ」
「!」
少年が身じろぎする。俺は思わず飛びのいて、いつもの癖で気配遮断と認識阻害を使う。
そして、息子によく似た少年が、目を開けた。
少年は何度が瞬きするとガバリと起き上がり、服をめくり上げて自分のお腹を確認する。パンツの中もだ。何度もお腹と股間を擦っては首を傾げている。
まあ、元に戻っているのだからそうするのは分かる。
「あ……れ……? 俺、腹と……えっ、服が……というかここは……?」
声もそっくりで俺は驚いた。錯覚か? 幻覚か? いよいよ末期かもしれない。
きょろきょろと息子そっくりの少年が辺りを見回す。
(まぁ、混乱するのが普通だろうな)
「あのー、だれかー? だれかいますかー?」
俺が姿をいつ現そうかタイミングを計りかねていると、少年と偶然目が合った。と言っても認識阻害と気配遮断でこちらを知覚することはできないはずだ。
なのに──
「父……さん……?」
その言葉で、俺は耐え切れずに少年を抱き締めた。
「ぅわぁっ!?」
「カイル……? カイルなのか? 本当に……」
「え、カイル…………カイルベッタ・フロスト……」
俺は抱き締めながら、堪らず涙を流していた。カイルは、自分の本名を口にする。この国に来てから俺が口にしたことの無い家名だ。
「本当に、カイルなんだな……」
「ま、待って、俺カイルじゃない。俺はマール……なん、だけど……」
カイル……いや、マールが声をすぼめていく。
俺は名残惜しいがカ……マールから少し離れる。
「そうか、すまなかった、余りにも……」
「あ、ちが、そうじゃなくて……父さんってそんな、顔だっけ……?」
「あ、あぁ、これは色々あって変装しているんだ」
俺は変装魔法を解く。髪はくすんだ茶髪から銀髪に、瞳はオリーブ色から紫に、体格も少し細くなる。もはや別人だ。
というか変装中の状態を見て父親だと判断したのならやはり息子ではない?
だがマールは、ポカンとした表情をした後、俺を見たままぼろぼろと泣き出した。
「ど、どうした、大丈夫か?」
「ぁあぁ゛、ごめ、ぅぁ、あぁぁあ゛ぁっ」
今度は優しく抱いて、背中と頭をぽんぽんと叩いてやる。昔息子にやっていた時と同じように。
「ぁぁあ゛ぁぁあぁぁっ! お゛れ、かあさんまもれなかったぁぁあ゛っ!! や゛くそぐっ、しだのに゛ぅぁぁぁああぁぁっごめんなさいぁぁぁあぁ!!!」
俺は、また息子を助けられなかったのだろうか。
よく分からないが、それでも今俺の腕の中で嗚咽を上げて泣きじゃくる少年を、気が済むまで慰め続けた。