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瑣末な代償




 アンデッドとはなんだろうか?


 死なない者? そうではない。


 死なないのではなく、()()()()()

 死んでいるのに、現世に留まり活動し続ける者。その総称だ。



 では、アンデッドになってしまうとはどういうことか。



 “死ぬ”、ということだ。



 逆に、生きている内はアンデッドではない。つまり奇妙な表現になるが、“死ななければアンデッドにならない”という事になる。




《俺が死ねば、恐らくはアンデッドになるだろう。だが──》


 普通なら死ぬような怪我も、俺には問題無い。治すのも作り変えるのも造作ない。

 何なら自分の身体でも蘇生の研究をしていたから、全身を塵にされた程度なら元に戻れる。時間経過が問題なのであって、予め仕込んでおけば空間移動で即座に安全地帯に移動し蘇生できる。

 老化も『死戻しのポーション』の失敗作である『老化止めのポーション』──動物実験後、自分を被験体に実験し、結局俺が求めた薬効には至らなかった出来損ないだ──により寿命で死ぬこともない。



 これはもはや不死者(アンデッド)と言っていいのではないか?



《だから大丈夫ではないが、俺に関して言えば問題にならない》



 また、妊孕(にんよう)能はあるが、毒性──少なくとも致死性──は無かった。

 よくあるゾンビの血で即ゾンビ化という話にはならない。そもそも死なないからだ。


 それよりも恐ろしいのは、知性と自我、理性と記憶を保持した高位のアンデッドになるという点。

 肉体を欠損すれば飢えるが、それは生者の食欲と大差ない、むしろ欠損さえしなければ、周囲からの魔素吸収で活動エネルギーを補えてしまえるのだから燃費はかなり良いと言える。



 言い方を変えると、息子(カイル)の身体は“不老不死の秘薬”の材料、ということになる。




 …………やはり消すか……? 物理的に全員抹消するのが良い気がしてきた。



《だが、少なくともあの護衛だった者達はアンデッドになってしまった。彼らの魂はきちんと解放してやるべきだ》


(「うん……分かってるよ、父さん」)


 息子の声色は、やはり悲しげなものだ。


 だが俺達に付いて来ないならば、老化を模したり、別人に変化させたりといった定期的なメンテナンスができない。

 世間で見た目が変化しないというのは、成人でも二十年辺りが限界だ。それ以上は噂が立つ。



(「ちゃんと、見送る」)







 一刻(30分)ほど経った頃、俺から息子そして護衛達へと繋がっている魔力(パス)に『転寝(うたたね)』の魔法をゆっくりと流し込んでいく。標的指定をしているから、魔法は息子を素通りして護衛達に対してのみ効果を発現する。


 この魔法は、意識を曇らせて相手に眠気を齎し、指定時間眠らせる。それだけの魔法だが、軍事行動やパーティ行動なんかだと短期間の仮眠が必要な場合に役立つ。

 特徴的なのは、相手に“自分は眠った”と認識させられる点で、眠るまでの意識の低下具合を調整することができる。


 一方、似た魔法に『白昼夢』があるが、これは睡眠というよりも認識阻害と記憶混濁を齎す魔法だ。現実感を喪失して立ち尽くすような状態になり、思考が停止する。また、最大前後数刻(2、3時間)の記憶を役に立たなくすることができる。


 さて、この『転寝』で眠気を感じた護衛達は、当然時間切れが近いと察するはずだ。

 息子に睡眠という概念があったのだから、眷属であるこいつらにもあると踏んでいいだろう。



「……、ロジー様、どう、やらそろそろのようです……」


 ロジー少年の養育係も務めていたアルトンという名の護衛が、眠気に抗いながらそのことを伝える。


「っ……ぅ………アル、トン…………いま、今までっ……ありがとう……! がんばるから! ぁ………あんしんして!」

「はい」


 ロジー少年は、涙を必死にこらえながら、震えた無理のある笑顔で、それでも感謝と(ねぎら)いの言葉を贈り、最後にギュッと抱擁する。


 他の者達も、ウォルトリムや男女の使用人と最期の言葉を交わし合う。



「こちらに」


 そこには、適当に錬金で用意した蝋燭と盛り塩で囲まれた八角形。なんの意味もないものだ。

 既に眠気で足下が覚束なくなりつつある四人をその内に横たえる。そしてそのまま眠りを一気に深くした。


 今度は息子も堂々と俺の横で見守る。流石にずっと大した量もない荷物の監視で放置は怪しまれるだろう。



「それでは、奇跡と恩寵に感謝を。彼らの旅路に祈りを」


 俺の適当な台詞に、ロジー少年らは全員祈りを捧げて目を閉じ黙祷する。

 息子は目を開けている。最後まで見送るためだろう。



 では、ここからは少々実験に入る。

 申し訳ないが重要な問題の調査のためだ。







 彼らは今、息子の眷属としてアンデッドになっている。

 たが、彼らには特段変わった魔法の素質や強い魔力を感じない。息子と彼らの魔力路を断ち切れば、おそらく即座に死体に戻る。


 ではそれ以外の要因ではどうか。


 魔力を与えている間、彼らは息子の劣化版のようなものだ。それはつまり彼らを使えば教会の聖魔法、特に『聖別』や『浄化』に対する反応の下界(安全ライン)を定めることができるということ。


 彼らが、邪なる者を探知し追い出す『聖別』に引っ掛からないなら、息子も引っ掛からないだろうし、邪なる者を滅する『浄化』が効かないなら息子にも効かないだろう。


 結果がどう転んでも、彼らの魂が解放されることに変わりはない。掛ける魔法も聖魔法なので、非人道的でもないしおかしな目で見られることもない。息子を含むこの場の全員を騙すような真似であるという点を除けば、デメリットはない──だが間違いなくこれからやることは人体実験だ。



 まずは『聖別』。

 領域内の空間を対象に展開、内部を聖域とする。

 邪悪なものは聖域から押し出され、中に侵入することはできない。アンデッドなんかがまさにそうだ。


「……」


 普通に入ったな。魔力路も寸断されない。

 いや……“俺の息子は邪なところなぞ無い天使だからな!!!”という納得もあるが普通におかしい。これは教会で標準的に定められた術式だ。


 これに弾かれないし感知されないならなんだ……真面目に、天使なのか……?


 次は『浄化』。


 うん、やはり効かない。全然効かない。剣の素振りみたいだ。

 そもそも当たらないな。


 は??



 …………逆に、だ。


 同じくらい引っ掛かると大騒ぎになるやつがある。俺が現役時代、大司教として教会に潜り込んだ際に知った術式(小秘跡)の一つ。



「かの者、聖なる証たる傷痕(きずあと)、聖なる(しるし)なれば、此処に示せ──」



 護衛達の身体が輝くと、彼等の()が開いた。賊に斬りつけられた時のものだ。既に脈が止まっているため、漏れる血はそれ程多くない。


 しかし、その匂いは鉄というよりも、果実のような芳醇さを湛えている。



 ──やばいな。バッチリ反応しやがった。笑うしかない。笑わないが。



 『七大秘跡』に対して『小さき秘跡』の一つとされる聖魔法『聖痕』。

 神の子やその御使い、聖人を見つけ出す術式だ。



 彼らが()()なら、息子は何なんだろうな? 神か??



 軽く思考が飛んでしまったが、どうしようもなさそうなのは分かったので大人しく息子と護衛たちの間の魔力路を切る。

 すると、あっさり彼らの肉体から霊魂が離れた。


 心なしか、その表情は晴れやかに見えた。瞬く間にその姿は霧散し、世界に溶け込んで消えた。



「彼らは無事、安らかに旅立ちました」

「……!」


 ロジー少年らは瞼を開けた途端、護衛たちの傷に驚く。そりゃそうだな。


「彼らの傷は彼らの誇り、使命を全うした忠義の証です。主人ならば目を背けてはなりません。しっかり心に焼き付け、埋葬してください」


 俺は出任せの言葉を投げ付けると、息子と野宿していた場所に戻る。



 そういえば、息子は彼らに現れた傷に関して驚いていなかったな。

 尋ねてみると、俺が魔法を解いたから元に戻ったんだと思ったらしい。



 小娘が傷を布の切れ端で覆った遺体を、馬車の後ろの荷台へと丁重に載せている。治療した脚は問題なさそうだ。




 俺達は少ない荷物を抱えて、早々に広場を出立した。





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