早く町に行きたい
「ウォルトリム様もご無事で何よりです。ですが我らはそうではありません」
護衛だったものの一人が、ウォルトリムという青年に頭を下げる。
「ご認識されている通り、全員揃って山賊に切り捨てられてしまいました。面目ない……」
「今は神様の奇跡で、一時現世に舞い戻ることを許されているに過ぎません。遠からず、再び物言わぬ骸となるでしょう」
護衛達の言葉を聞き、ウォルトリムがちらりとロジー少年を見やる。
鼻と目を赤くして、アルトンから短剣と長剣を押し付けられているところだ。
「ウォル兄、さま……」
ロジー少年が泣き掠れた声で、ウォルトリムの視線に反応し、さらに恐る恐る尋ねた。
「兄さま、は……いなくならない……?」
「まだそのつもりはない」
すると目を拭い、凛々しく真面目な表情になったロジー少年が、アルトンの長剣の鞘を両手で持って、柄をウォルトリムに向けて差し出した。重そうにしている。
「なんのつもりだロジー」
「いまだみじゅくな身ですが、あなたの剣として、盾として、その命をお守りいたします」
ロジー少年が片膝をつく。拙いがこれはれっきとした騎士の誓いだ。アルトンも跪いている。
「勝手な真似を……」
だが言葉とは裏腹に、ウォルトリムは差し出された剣の柄を握り、剣の腹でロジー少年の肩にそっと当てる。
「精進し、鍛錬が実を結んだ暁には、我が剣として、盾として振るおう。……小姓から頑張ることだ。だが、私の補佐であり代理にもなるのだから、徴税や経理も叩き込む。覚悟しろ」
「はいっ! 兄さま!」
よーし、いいもん見たし俺達はとっとと町に行こう。
「待て。あなたは……何者だ」
「見ての通り、神官の心得が少しある程度のしがない猟師でございます」
そんな質問意味無いだろうよ。それで正直に答えが返ってくると思っているのか?
糖分足りてないんだろうな。
「そうか、訊き方が悪かった。……何故彼らに時間制限を設けた。あれを解くのはお前のはずだ。いや……そもそも何故このようなリスクを伴う真似をした。――死霊術師」
◇
ぺらぺらとまあよく喋る口だ。
そんなんだから山賊差し向けられて奴隷落ちしかけるんだよ。弟君が可哀そうだろう。保護するぞ?
「死霊術師……私が耳にしたことのある限りでは、そのような者が召び戻した者は知性が失われると聞き及んでおりますので、そういったものとは異なる秘跡という認識でおります。ですが、そのような声が上がり異端だと排斥されたからこそ、私の宗派は廃れたのでしょう。過ぎた奇跡は人々には受け止めきれないのですね」
“死霊術師? さあ、知らんけど違いますよ?”といった内容のセリフが、俺の口からつらつらと自動的に吐き出される。
ついでだからその鎌をそっくり投げ返そう。
「ですから、そういった罪深きことを調べても、得るものはありませんよ。死霊術師見習い様」
「ッ! ……」
そう、どうやらこいつも死霊魔法を研究していたらしい。で、それがバレかけて逃げてきたと。
つまりアホだ。
あれを研究して得られるものは基本的に無い。
喪った誰かを取り戻すためであれば、方法が分かった時には手遅れで、なにもできないということが分かるだけ。
そんなもので兵科を賄おうとか考えているのはさらに愚行だ。
敵味方の区別がつかない貪って増える生物兵器としての運用なら魔力のコスト的にはあり得るだろうが、どのみち最終的にはその始末に大規模な浄化術式が必要になる。アンデッドまみれの土地など使い物にならないからな。
それなら最初から攻撃魔法で攻めたほうがいい。
ましてそれらに集団の兵として運用できるだけの知性や統率を求めるなら、もはや割に合わない。
まだ高位のアンデッドを探して従魔化したほうが良いだろう。逆にアンデッドにされる危険性の方が高いが。
兄がこんな糞の役にも立たない事に金と時間をかけているとは、ロジー少年が気の毒だ。話題を逸らすついでにへし折っておこう。
「……我々も余りに間違えられるので、調べた先人がいたのです。“実際の所この奇跡のルーツは死霊魔法ではないのか”と。
ですが、人間が扱える程度の魔法では、魂に対して密閉ないし時間的な厳しい要件が付いて回ります。“あぁ、やはり人にはできない。これは神の御業だ!”
……しかし、それが分かったところで駄目だったのです。その研究を唆すことそれ自体が始めから罠でした。
“あの異端共は死霊魔法について研究している!”とね。
これが止めになった――そう言い伝えられています。何時の事かはもはや判然としませんが」
ふむ、即興にしては悪くないカバーストーリーだな。いっそ本当に神官になった方が息子を教会から隠せるだろうか? いや、小回りも利かなくなるし、流石にリスクが大きいか。
俺は、せっかく口にした虚偽が今後の立ち回りに利用できるかを思案しつつ、それはそれとして適当に言葉を紡ぐ。
内容が完全である必要はない。聞き手が勝手に想像して補完してくれればいい。その上で食い違った行動や発言が後に出てきたとしても、言っていないのだからどうとでもなる。
「私には異端審問を潜り抜けてきた先人の知恵があるので申し上げますが、あなたは情報に対する防諜意識が甘すぎる。
だから体調を見る診察魔法如きで暴かれるのですよ。機密情報なら、暗号化なり嘘の情報なり忘却魔法なり仕込んでおくべきでしょう。
それができないなら……」
大事なのは最後の言葉。
印象付け、心を折り、諦めさせる。呪いとなる言葉。
「次は自身と弟君を喪うことになりますよ。ウォルトリム・ディンブラ様」
◇
ちなみにこの茶番の間、息子は俺の背後にずっと居た。
居たが、俺が『不可視』と『遮音』と『断熱』と『気配遮断』と『認識阻害』といった魔法を掛けにかけまくっているので、その存在に気付くものはいない。おまけで息子が野宿の片付けと出立の準備をして俺を待っているような幻影も放っている。これくらいやっておけばまあいいだろう。
(「父さん……」)
『遮音』で外に息子の声は広がらない。俺はその内側の状態を魔術的に掌握しているから、その声が聞こえなくても知覚することが出来る。
俺は息子に『念話』を飛ばす。
《どうした?》
(「さっきのあのビンの中身って……」)
あー、そこ触れちゃうか。知らない方が、息子は幸せだと思うんだがな。
《知りたいのか?》
(「いや……そういうわけじゃないけど……ただ、やっぱりあれって、俺の……」)
息子が言い淀む。予想はしていたようだ。
流石だな、大正解!
《そうだ。あれは、少し前にカイルの造精機能と妊孕性を確認するために出してくれたものの残りの一部だ》
つまり、カイルの肉体の一部だ。
アンデッドが新たなアンデッドを増やす有名な方法。
殺害、召喚、捕食、そして──アンデッド自身の肉体の一部を対象の体内に取り込ませること。
ようは感染だ。
血なんかが特に強力だが、当然それ以外でもいい。
そして、彼らは息子の支配下。そして息子を通じて彼らと俺も繋がっている。だから、私が彼らを遺体に戻すのは簡単だ。繋がり越しに浄化魔法を撃ち込めばいい。肉体の内側から浄化が突如発動したように見えることだろう。
そうだ。つまりウォルトリムという青年が言っていたことも大体正解だ。違う点は、彼らが死霊魔法ではなく息子のアンデッドとしての能力でアンデッド化しているという点。
勿論そんなこと馬鹿正直に言う訳がない。
何より、自分の精液が保管されていただけでもキツいのに、それを他人に飲まれるというのがショックではないかと思っていたのだが……どうやら違うらしい。
(「父さん、お、俺のを……その、いっぱい飲んでたでしょ……大、丈夫なの……?」)
恥ずかしくて堪らない筈なのに、自分よりこんなイカれた父親を心配するなんて、息子は人間ができすぎだな……愛おしい……。
私が本当に神官なら、聖人認定して聖カイルベッタ教会作るところだ。
それはそれとして、息子の疑問に答えよう。
《当然──駄目だろうな》