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精と霊




 鳥の鳴き声の種類が変わり空が白み始める頃、早めに寝かせた息子(カイル)が目を覚ます。良い朝の気配だ。


 あの気に食わない小娘は、深夜の途中で男と見張りを交代していた。

 男の方は、戦闘力は無いようだが注意力がある。何かあればさっきの小娘を起こすくらいできるだろう。



 「ふぅ、ぁあぁぁ……っ。おはよう、とーさん」


 寝起きの息子が体を伸ばし、寝惚け眼のまま俺に挨拶してくれた。一日という一つの世界の始まりを感じさせるかわいさだな。

 この光景が見られなかった300年余りは、一日が始まっていなかったといっても過言ではないだろう。


 俺は朝食の準備をしつつ、そっと息子に新しい服を渡す。


「……」


 息子は少しぼけーっとそれを見つめた後、ハッとしてくるまっていた布きれをめくり、下半身の状況を確認した。

 まぁ、めくる前から元気そうなのは伝わっている。そこまで厚くない、むしろ薄手の布だからな。



 お、栗の花の香りが強くなった。さっきからしてたけれど。


 良い朝の空気だ。



「……ぅぅ、……なんでぇ…………」



 そうだな、小屋を出る前に出せるだけ出したはずだもんな。出しすぎて出発が遅れたぐらいだ。


 涙目で顔を紅潮させる息子。俺にも妻にもない初心な恥じらいだ。

 かわいすぎでは?

 清純派素朴系絶倫とは少々属性過多なんじゃないか??


 それはともかく、不思議だな。ちょっと強すぎる気もする。


「そんなに強かった覚えはないが、仕事で鍛えられたのとか、メイ()の中の竜の力とかもあるのだろうか」

「でも、俺、生まれ変わったのに……変な薬とかやらされてたのかな……」


 息子が頭と股間を抑えながら言っているのは、マールとして生きていた間に、食事や()()()に何か盛られてて身体がおかしくなったんじゃないかという懸念だ。



 ……。


 そうだな、そういうのもあり得る。

 というかそっちの方が凄くあり得る。



 小屋で精査したときにそういう類も含め異常な薬物は検知されなかったが、生前の時点で既に肉体が変質(調教)済みだと、調べようがない。



 ……あの町一帯、更地にしておけばよかった。今からでも焼き潰しに行ったほうがいいだろうか。



 他に『黄泉還りの術』の副作用という可能性もあるが、さすがにここでは人目があるので口にしない。


「……収まりそうか?」

「…………」


 俺の問いに、息子は俯いたまま少し間をおいて、首を横に小さく振った。




 音と気流を遮断して認識阻害と獣避けを撒く。焚火の向こうで見張りをする男は勿論、誰にも決して気取らせない。

 一応木の裏に回って、素早く済ませてやる。俺が吸い出してそのまま飲み込めば、痕跡も殆ど残らない。軽くすすいで服を変えてやればいい。








 息子が三角座りで小さく身を縮めながら、火で炙った肉串を黙々と頬張る。


 まだちょっと泣いているのがまた堪らないが、ここは父親としてそっと見ないようにする。やはり年頃の男子としては辛いものがあるだろう。


 俺は俺でハーブティーを飲み、さらにその出涸らしを咀嚼していた。

 魔法で消臭もしているから気付かれることなどないだろうが、念には念を入れる。



 息子の痴態を知る者をこれ以上増やすわけにはいかない。そういう輩は今後、基本的には抹消していかなければ。



 そう決意したと同時に、俺は動くものの気配を感じる。

 視線を動かさずに注意だけを馬車に向けた。息子は気付いていない。


 ゆっくりと扉が開く。中から小娘と……息子よりも二歳下の少年が静かに降りてくる。


 何故その子供が二歳下だと知っているかというと、治療の際に情報を確認したからだ。防諜の魔法が甘く、隙だらけだった。

 罠だとすれば良く出来ているが、もう少し工夫しておくべきだな。手応えがなさすぎる。


 青年と男に至っては、政治的に見ればかなりの重要機密を持っていた。欺瞞情報だとか致死性情報災害や反ミームを混ぜるべきだろう。


 あんな剥き出しの爆弾には、息子を関わらせたくないものだ。



「ぁ……」


 息子も気付いたようだ。顔を上げて、彼らを目で追う。

 彼らはそのまま馬車の裏手に回っていった。



 あそこには護衛達の遺体が並べて置いてある。



 お偉い青年が気軽に外に出てこないよう車内に1人放り込んでおいたのだが、そいつも男と小娘が夜の見張りを始める前に外に運び出して同じ場所に並べていたから4人分の遺体だ。


 彼らには軽い状態保存と獣避けを掛けておいてある。一週間くらいは腐らないし獣も寄ってこない。


 だがそれでも、集団に一方的に処理されたその状態は、息子ほどの酷さではないとはいえ、色々と抉れたりこぼれたりと見ていて気分のいいものではない。


 ましてその中に七年も世話役だった者がいれば、子供には堪えるだろう。







「……父さん」

「どうした、カイ」


 今、息子の偽名は“カイ”、俺は“デルグ”だ。

 “カイル”に近いから反応もしやすいだろうし、息子は俺のことを「父さん」と普段通り呼ぶから名前を間違えるリスクは低い。


 息子は立ち上がって、焚火の向こう側に停まっている小奇麗な馬車のさらに向こう、つまり山賊に殺された護衛たちが横たえられているであろう場所を見つめる。

 当然馬車で遮られて、それらはここから見えることはない。


 馬車の扉の前で佇む小娘が、こちらに視線を向ける。小賢しくもあからさまに機会を狙っているな。


「あの人たち、山賊に、襲われたってことでいいのかな」

「どうだろうな。状況はよく分からんが、使用人(メイド)が護衛している位だから、本来の護衛は亡くなったのかもしれんな」


 他に音を立てるものなどない場所だ。魔法で遮断しない限り、普通の声でもよく通る。少なくともあの小娘には十分聞き取れているはずだ。



「そっか……」


 息子は僅かに迷うような表情を見せてから、俺の側に近づくと精一杯爪先立ちをする。


 いやいやいやかわいいな、どうしたんだ?


 俺は腰を曲げて高さを合わせ、ついでに黙って魔法で遮音。世界に謝恩。息子は気付かずそのまま俺にひそひそと小声で耳打ちする。



「父さんは、()()()()()、視える?」



 息子が小さく指差したのは、小奇麗な馬車と、賊が捕縛されている檻の馬車の、その間。俺が整理する前までは赤黒く染め上っていた地面だ。



 今、そこには何も残っていない。死体やら死んでいない奴らを、移動させるなり拘束するなり治癒するなり記憶操作するなりと処理する過程で、そういった痕跡も消し去ってある。



「なんか、()()()()()()みたいなんだ……」

「ふんばってる?」


 パッと見では強い霊的存在は感じない。

 雑多な動物霊ならいくらでもいるが、このレベルの希薄な霊魂は、俺の知る死霊魔法で召喚することもできない。

 “個”が拡散しすぎていて、特定の対象として抽出できない。

 かつて試行錯誤したこともあるが、色々混ざったゴミみたいなものになる。


「うん。もうほとんど消えちゃってるんだけど……気合というか執念というか……」


 それだけ聞くと悪霊(スペクター)化しそうなものだが、現状俺には何も見えないし悪霊どころか亡霊(レイス)のような気配もない。


 アンデッドだからか、死んでしまっているからか、転生しているからか。

 理由は判断できないが、息子はそういう感覚の解像度がただの人間より高いのかもしれない。



 今度は俺が屈んで息子に耳打ちする。こんなことをする必要はないが義務感に駆られた。なんだろう、胸のときめきだろうか?

 300年ぶりの息子との交流が楽しくて仕方ない。


「それで、どうしたいんだ?」

「え、それは……見てるとなんか、つらそうで……俺もなんか悲しくなってきて……」


 よし、消すか。あの辺りに浄化魔法をぶち込んで霊的焼け野原にしよう。


「あぁっ、待って! 待ってよ父さん!」


 止められてしまった。





お父さんがどんどんやばい性格になっていく……

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