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私とネイル

作者: 夏野篠虫

 ずっと憧れていた“ネイル”をするために初めて一人で遠出をした。


 初めてネイルを知ったのはもうずいぶんと前のことだ。私が小学六年生の時、月に一度、家族で街中へでかけることがあった。山と畑と田んぼしかない田舎に住む私はそのお出かけをいつも楽しみにしていた。今思えばなんてことは無い、ただの寂れた商店街なんかを買い物がてら歩き回っていただけだったが、ちょうどその頃、街に初のコンビニができたばかりだった。ちょっとした騒ぎになっていた街の住人と同じく、普段であれば新しいものに対して否定シカしない古い慣習に雁字搦めの両親ですら、その都会の象徴に興味津々だった。私は人生初の自動ドアをくぐり抜け店内を歩き回った。食べ物、飲み物、お菓子から生活用品が何でも揃っていたが、一際目を引いたのが雑誌だった。地元には本屋なんてものはなく、雑誌なんてほとんど目にしたことはなかった。中でも一冊のファッション雑誌が心を掴んできた。手に取りページをめくると、テレビのCMでしかみないような格好をしたモデルの写真達を少し興奮気味に眺めていると、今月号のネイル特集を見つけた。自分より年上の人の手足の爪が、赤青緑黄橙紫白黒金銀、色彩豊かに塗られ、動物や花や模様が描き込まれ小さな絵画のように美しかった。文字通り一目惚れした私だったが、両親に猛烈に反対され、ネイル店どころかネットも通っていない我が家ではネイル道具すら変えないため、自分の爪を鮮やかに変えることはできなかった。


あれから六年経った。高校在学中も校則には書いていないにもかかわらず、先生にダメだと言われたできずじまいだった。なので卒業した後、地元で働き始める前に街中に住むクラスメイトから雑誌を借り、都会にある最新のネイルをしてくれる店を発見。実家から、慣れない電車とバスを数度乗り継ぎ三時間、春休みを利用してこうして単身やってきたわけだ。ここに来るまでだけでも相当名時間と労力を使ったが、三階以上の高さがある建物が樹木のごとく乱立した都会の地理は私の脳を苦しめた。地元であれば見渡すだけで一キロ先まで見えるのに、ここではビルと人の多さが視界を遮る。

降り立った駅から地図と悪戦苦闘すること約一時間。ようやくお目当てのネイル専門店までたどり着いた。お店の前まで来ると、数年間憧れ続けた思いが胸を熱くさせる。鼓動が速くなる。やっと手先足先を綺麗に彩れる。あの時目に焼き付いた雑誌のモデルと同じになれる。期待と少しの不安と多くの緊張を全身に持ちながら、勇気を持って扉を開ける。


 いらっしゃいませ、と声をかけられ、ややひるみながらもここまで来た目的を告げる。

「すみません、ネイルをしてもらいたいんですけど・・・」

「え、あの、あなたがですか?」

「?ええ、はい。そうですけど。」




「申し訳ございません。当店は女性のお客様しかお受けしておりません。」




 無言のまま店を出た。

 私が憧れていた世界は、私が生まれたときから過ごしてきた世界となにもかわらなかった。田舎の両親も都会の店員も、まったく同じだった。昔からずっと何も変わらず、変わろうとするものは絶対に許さない。どうしてダメなのか、私には理由がわからなかった。そんな理不尽な世界で生きている。


 ただ一人泣くしかできない私には、そうすることしかできなかった。


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