吊るしびとのモノローグ
本日も短編小説を書いてみました。
死刑囚の独白をイメージして作りました。ただ、世界観は現実とは離れているのでご注意ください。
私は、いつ起こるとも分からない最期のときをまちつつ、ひとつ物書きを試みんとする者である。
そのうちこれは「遺書」ともよばれるのだろう。この世界は矛盾に満ちている。ときに正義すら悪に染まる。
正しいことだけをこしとって、正しいことだけを集めたなら、それは大きな間違いの塊になるのではないか。
そんな最後の想いをこめて、ペンをとることとする。
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たしかあの日は、ひどく乾いた晴れの日だった。一発の銃声が世界を変えた。
我が国の国王は銃弾に倒れ、そのとき隣国との戦いの幕が切って落とされた。
私は正義に満ち溢れた少年だった。家は貧しくとも、暖かい家庭に育ち、何より恩を忘れぬ男であった。
そして愛する我が国のため、私は志願兵となることを決意した。
朱暦1025年、齢18の真冬の出来事である。
隣国ミリテシアは近代兵器量産に強い国だった。数々の殺戮兵器を生み出し、それを余すことなく戦闘へ投入した。
我らがルブラス領は、誇りと伝統にかけて、魔術での応報を試みた。
そんな中、私はルブラス軍普通魔術科への配属が決定した。
当時普通魔術科といえば、最前線で戦闘を行う、最も勇気ある部隊だと言われていた。私はただひたすらに喜んだことを昨日のことのように覚えている。
それからの日々は、ひたすらに訓練に励む毎日だった。
誰よりもまじめであった私は、一瞬たりとも手を抜くことはしなかった。
今でもはっきりと覚えている初等訓練がある。たしか入隊したてのころに受けたものだ。
自分の残存魔力がなくなるまで業火術を使い続ける。さらに毎回もれなく、その後に訓練場を10周させられるのだ。
魔力を使いきった状態では、通常立つことさえままならないと言われる。
だが、死と隣り合わせの軍人にとって、「通常」などと言う言葉は意味をなさない。
多くの仲間は「魔力を使いきったふり」をした。何とも苦しそうなふりで立ち上がるのである。
そんな仲間を後目に、私が何度意識を失ったことだろうか。
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入隊から半年もたったころ、初の昇級試験を受けることとなった。
本来なら1年の訓練期間があるのだが、あまり好ましくない戦況により前倒しされた記憶がある。
これに合格すると実践への投入が始まる。私はその時を今か今かと期待しつつ、それを受けた。
結果は不合格だった。私は「退却」が不十分であった。
最後の一滴まで魔力を使って全力で戦闘を行う。決して手は抜かない。
それが私の信念であった。
だが、それは評価されなかった。ただでさえ人員が少ないわが軍にとって、戦場でへばって帰ってこられない軍人など、不必要なのである。
一方、適度に手を抜いた仲間たちは、みな昇級し、戦場へと向かっていった。
それから辛い半年が始まった。
顔も知らない次期生とともに、2度目の初等訓練を繰り返す。
それでも私の成績はいつも低かった。教官の指示通り、全力を尽くす。だが、評価はされない。そんな日々だった。
それからさらに半年もたったころ、クリスマス休暇が訪れた。
久しぶりに実家に帰れることに、心躍ったことを覚えている。だが、このときの私はまだ、絶望の休暇となることを知るはずもない。
実家に戻った私は、豪華な食事と親戚たちに迎えられた。
みな口々に私へと称賛を告げる。戦果はどうかと問う。
私は今だ初等訓練を受けていると言えずにいた。みなの期待が怖かったのだ。
数日の休暇も終わりに近づき、軍の宿舎へ戻る準備も整ったころ、私は叔父に声をかけられた。
「お前の名前が、普通魔術科の正規登録者リストにないぞ。昇級していないのか」
と。この一言で、周りの対応は大きく変わってしまった。
先刻まで騒いでいた輩も、我先にと私を罵った。
まだそれだけならば耐えられた。それは私の責任の限りだ。
だが、それで終わることはなかった。私の去り際に、親戚が母を怒鳴りつけているのを見た。
それ以来、私は家へ帰る勇気を失った。
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それから数カ月が過ぎ、あと10日もすれば昇級試験の時期となった。
その日も私は訓練に疲弊し、宿舎へと戻った。
私の部屋の前には、上官が静かに佇んでいた。
「来たまえ。君に伝えなければならいことがある」
その日の朝のことだった。私の両親の遺体が発見された。
二人で並んで首を吊ったのだそうだ。
遺書はない。残されていたのは、親戚からの罵倒の手紙だけ。
私は今でもこの日のことを鮮明に覚えている。
その時の感情は、「悪」に対する怒りと憎しみだけだった。なにより、無力な自分が憎かった。
試験当日。私は例外なく全力を尽くした。
そうすることで両親のことを忘れられるとでも思っていたのだろうか。
案の定私は退却前に全魔力を使い果たした。
教官から退却指示が出されるも、それをできるだけの体力は残っていない。
絶望と憎しみのなか、私の意識は消え去った。
その試験の結果は合格だった。
私は意識がないまま必死で立ち上がり、退却に成功したのだそうだ。
だがその記憶は今となっても戻らない。
わたしは、自分の正義が認められたような心地だった。
せめて両親への手向けになったと、そう思ったのだった。
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それからは毎日のように戦場を駆け回った。
最前線にでては銃弾をくぐり抜け、敵陣の拠点を焼いていく。
私は業火術が得意だった。
そのころ私には、唯一無二の親友がいた。ちょうど同時に昇級し、同じ部隊へ配属された仲間だ。
彼も私と似て、ひたすらにまじめであった。
決して上官の指示を破らず、正義の塊のような人物であった。
私たちは、手を抜いては死んでゆく仲間を後目に、数々の戦果を挙げていったのだった。
こうして上官からも一目おかれるようになった私たちは、少数精鋭での重要任務を与えられた。
ミリテシアとルブラスの国境を越え、敵陣本拠地の武器庫破壊を行うこと。
生きて帰れる保証はなかった。
それでも私と彼は、その任務への参加を志願した。
当日集まった仲間は、私と彼の他に2人。
転移魔法陣に送られるがまま、我々は任務を開始した。
私と彼は、上官の指示通りすべての物資を破壊して回った。
だが残りの二人はそうではなかった。倉庫に残った食料などを、見つけてはくすねていた。
そうして第3武器庫へ差し掛かったときだった。
大量の食糧をサックに詰めた二人が、敵兵に発見されたのである。
明らかにサックが原因で行動が鈍っているのが分かる。
だがそれでも彼は助けに向かった。初の上官命令無視である。
私はそれを黙ってみていることしかできなかった。その部隊で命令を順守したのは、だた一人私だけだった。
作戦終了時、生きていたのは私だけだった。
彼は敵兵の銃弾に足を撃ち抜かれ、置き去りにしてきた。
残りの二人がどうなったかは聞きもしなかった。
私は上官命令に従ったのだ。正しいことをしたと自分に言い聞かせた。
結果的にその作戦は、犠牲者3名に対しての戦果は大きかった。
これを賞して、私の昇級も決定したのだった。
朱暦1031年のことだった。
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さらに数年の月日が過ぎた。
私は部隊を移り、召喚術戦闘科の上官を務めていた。
彼を失ったあの日から、さらに戦況は厳しくなっていった。
我らがルブラス軍が用いる魔術には、才能が必要不可欠だ。いかに志が高かろうと、魔術適正のない者は兵士になれない。
だがミリテシアの武器は違った。
数刻ほど教えてやれば、子供でさえ人を殺せる。そんな代物だった。
圧倒的な人員量を前に、ルブラス軍は苦戦を強いられていた。
そんなさなかの出来事だった。
召喚術研究科が新たな召喚術を構築したのである。今思えば、それは禁忌の術式だったのだ。
霊獣バハムート。魂と引き換えに召喚する術式。
召喚に成功すれば、1体でミリテシア兵100人を殺傷できるほどの兵器。
当然軍会議に上ることとなった。
私は召喚術戦闘科の運用指導教官として会議に参加した。
当然私は反対した。自分の指揮下の兵士の命と引き換えに召喚を行うなど認める気などなかった。
だがこれは戦争なのだ。1対100の引き換えは有意義だと結論付けられた。
最後にルブラス軍元帥によって、正式運用が宣言されたのだった。
そして、命と引き換えにバハムートの召喚に成功したものは、名誉をたたえ「昇華」とよぶことも決まった。
実にくだらないと感じたことを覚えている。
その日から私の肩書は変わった。
特殊召喚部隊指揮官。通称バハムート隊。
出撃が決まれば最後、帰還することはないと言われた部隊。ただ一人、指揮官の私を除いては。
その初任務の日は刻々と迫っていた。
バハムート隊員が使う魔術は種類が限られていた。
自己延命術と自己幻惑術と零式召喚術。
四肢がどれだけぼろぼろになろうと、致命傷だけを避ける術。
自分に幻覚を見せ、苦痛を和らげる術。
そして最後に、自らの命と引き換えに、霊獣バハムートを召喚する術。
この部隊では、負傷は考慮しない。敵陣に到達するまで生きてさえいればよいとされた。
そして、そこで息絶えることが役目だった。
朱暦1034年、星の候。ついにバハムート隊の初任務が命じられた。
私は20人の兵士に対し、その旨を告げた。
その時の彼らの表情を、今でも忘れはしない。
しばし沈黙の後、各々遺書を書き始めた。明日を最後に、ここに戻ることはないのだから。
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戦場はさながら地獄の有様であった。
恐怖にかられ逃げ出す者、使用を禁じた攻撃魔法で交戦を始める者。
そして気が狂い、自陣でバハムートを召喚してしまう者。
敵陣までたどり着いたとしても、召喚前に息絶えてしまう者もいた。
だが、かねてから優秀であった一人の兵士が、見事敵陣中央付近で霊獣バハムートの召喚に成功したのである。
形勢逆転を確信した瞬間だった。
一人召喚に成功すると、その隙を縫うように他の者も召喚を続ける。
この世に降り立った霊獣たちは、多くの敵兵を葬り、炎で焼き尽くした。自らを召喚した兵士も含めて。
私はそのとき、ふと両親のことを思いだした。
家族を失う痛み、苦しみ。そして口惜しさ。
彼らとて家族がいたはずなのだ。
気付くと私は撤退命令を出していた。それが正義だと思った。
もとより生還することを考えられていない部隊である。当然多大な負傷者を抱えながらも、私達は帰還に成功した。
結果は、出撃20名に対し、死者13名、昇華4名、負傷3名となった。
一方、4体のバハムートによって、敵兵500人を超える撃破に成功したと言われた。
そして私は罪人となった。よくある話だ。
生還すべきでない私の部隊から、3名も帰還してしまったのだから。
罪名は反逆罪。だが、この罪と引き換えに、3人が帰ってこられたのなら、後悔はないと思った。
私の独房生活が始まった。
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私が独房に入れられてからほどなくして、戦争は終結した。
バハムートの奮闘もむなしく、ルブラスは敗北した。
戦争が激化するにつれて、ミリテシア軍は人間を使わなくなっていたという。
自律行動する兵器により、わが軍は壊滅したのだそうだ。
こうしてわずか数か月の独房生活は終わりを告げた。
だがこれで丸く収まることはなかった。
こうして今私が死刑囚としてここにいるのも、その後の裁判のおかげなのだ。
なんとも皮肉なことに、バハムート運用に反対したこの私が、「バハムート隊設立当時の上官であった」という理由で、死刑を宣告されたのである。
この世界において、正義が勝つなどという保証はない。勝ったものが正義なのだ。
もし前者が真だとするならば、これは正義が負けるお話だ。
実に爽快で、後味の悪いお話だ。
だがそう臆することはない。おそらく世界には私は悪と称される。
それが負けた者の宿命なのだ。
最後にひとつ伝えたい。君にとっての正義は何か。
それがいかに正しかろうと、それだけを貫いてはならない。
どれだけかっこ悪かろうと、ただひたすらに、生きていてほしい。
悪として死にゆく私の代わりに。
私を信じて死んだ両親の代わりに。
正義を貫いて死んだ親友の代わりに。
命と引き換えに召喚した兵士の代わりに。
そして何より、今日を生きたかったすべての人たちの代わりに。
吊るしびとって確かタロットカードの絵柄の一つだった気がします。
「自分だけが背負っている」といった意味だったような。
このお話の場合は、そのまま「死刑囚」という意味でとっていただいて構いません。