大旦那の悩み
大商家『ゴブリン商会』
白帝国最大の商家にしてヒバナ侯爵家に連なる大家
私はそれを思い出すたび押しつぶされそうになる
私が幼かった頃はまだシャン婆様が御健在で、婆様が九十を超えて元気に走り回る姿を見て呆れていたものだ
子に恵まれなかったシャン婆様はフウ爺様の甥御に当たるヒバナ侯爵家の四男ケシミを養子に迎えられ跡取りとされた
コレが私の祖父だ
しかし正直あまり胸を張れた話ではない
そもそもシャン婆様は私の祖父の他にもたくさんの養子を迎えていらっしゃる
その上我が祖父の若い頃の不出来さを聞くにつけ頭を抱えたくなる
シャン婆様と取っ組み合いの喧嘩をを何度もしていたなど何としても隠したいし同じ様に養子として正堂から迎えられ、姉として妻として祖父の面倒に何かと手を焼き終生祖父を支えてくれた我が祖母カリンが居らねば祖父などはそこらで野たれ死にしていたに違いないのだ
それに同じく養子に迎えられたゴブリンのイィー爺様などはゴブリンどヒバナ領の二つで大臣を勤め帝国で知らぬ人はおらんほどの偉人では無いか
では何故不出来な爺様がこの大商家を継ぎそれを子から子へと私まで続いたのか
それは我が家と合わせ両翼とも互いに半身とも言われるヒバナ侯爵家と、これもシャン婆様と外戚関係にある正堂が我が何故か祖父を何としても当家の跡取りとすべく必死に駆け回ったのだ
イィー爺様なども義兄ケシミが跡を継げぬのならゴブリンの尽くを当家より引き上げるとまで言って自分を当主へと企む一派とやりあうまでして祖父を当主としたのだ
私の知る祖父は愉快な人ではあったが商才などはカケラもなく
いつも頭を抱えていた
いや,
あの頃、幼い私にはそう見えていた
今ならわかる
この世は商才などいくらあってもどうにもならないことばかりなのだから
そんな当家はシャン婆様が亡くなるとたちまち危機が訪れた
大番頭による乗っ取りの画策
黒幕は勿体無くも皇帝陛下
そんな賑やかなある日、祖父はいつもより一層深く頭を抱え唸っていた
人が屋敷を走り回る中、私は母に庭に出るなと部屋に押し込まれ
しばらくしてにこやかな顔のイィー爺様が青白い顔の祖父と共に現れ出かけようと言って白姫様の迎賓館へ向かいそこで珍しい菓子を食べお庭のゴーレムを追いかけ回し魔犬に追いかけ回されたものだ
その日、我が家で何があったかと言えば
皇帝陛下の息がかかった大番頭一派が我が家の庭木で己の不義理を詫びる遺書を残し集団自殺をしたのだ
その有様は鈴なりに実る果実の様だったらしい
その翌日からはイィー爺様が連れてきたゴブリンが大番頭に収まり何事もなかった様に商売は続き
私もゴブリン達から坊ちゃん坊ちゃんと大切に扱われたものだ
そして祖父が亡くなり私の父の代になると父がかつての祖父の様に毎日頭を抱える様になった
その頃私も商売を幾らか手伝う様になっていて
あれは何を探している時だっただろう
何か古い帳簿か何かが必要になり倉庫を漁っていた時だ
特に隠していたわけでは無いのだろうが蔵の片隅に祖父の日記と言うか覚書と言うかそんな物がつらつらと書き連ねられた手帳の束を見つけたのだ
私はそれを見て祖父を思い出し
ああ色々じい様も苦労したんだなぁなどとのんきに紙をめくっていたが、そのうち段々胸が悪くなっていった
そこにはイィー爺様や正堂、それにヒバナ侯爵家への愚痴が並ぶ
そのひとつを思い出せばこんな感じだ
イィーの野郎ついにやりやがった
大番頭が皇帝の間者なんて分かってたさ
それでも商売がうまく行っているならそれで良かったのに
泳がせておけば良かったのに
ヒバナんトコのゴブリン兵団を使って間者達の寝込みを襲いよりにもよってうちの庭木に吊るしやがった
御丁寧に遺書まで用意させて
そりゃ正堂の書官達なら大番頭達の筆跡そっくりの遺書なんて朝飯前だろうさ
その尽くをもみ消させられる私のみになってくれ!
ヒバナ家の連中もイィーも正堂の奴らも!いつもいつも!
何かあればやる事だけやって後は任せたと言って私に丸投げだ!
母ちゃんが生きていた頃はまだマシだった
ヒバナの兄達も正堂も弟達も皆母ちゃんには頭が上がらず、余りケシミを困らせるなと何時も怒鳴ってくれていた
ああ分かってるよ、イィーに悪気は無い
彼奴は俺の為に良かれとやってくれたんだ
カリンもイィーも俺の為に大番頭達を吊るしたんだ
全員を皇帝の屋敷から見える位置に
ああ母ちゃんの言った通りだ
兄弟達の中でマトモなのは俺一人だ
俺がしっかりしなけりゃ明日にでもヒバナ家と兄弟達は帝国相手に事を始めちまう
今じゃヒバナの兄達は皆、森のアカリ姉様の言いなりだ
シミンお父様の遺言など何故律儀に守ろうとする
シミンお父様などは自分の死後百年後に帝国を、少なくとも我が領土と領民を森の魔法使い様へ売り渡せなどと言い残す狂人なのだ
ああ嫌だ
この身に流れるシミンの血が嫌だ
お母ちゃんは自分が死んだら白姫様を頼れと何時も私に言っていた
だが私が死んだらもうおしまいだ
白姫様は母ちゃんの願いで私の面倒は見て下さるが私の子や孫の事は知らぬと仰られる
このままでは孫の代にはシミンお父様の死から百年がやってきてしまう
私が生きているうちになんとかしてやらねば
可愛いあの子のためにもなんとかしてやらねば
まあ大体こんな内容だ
気がつけば私も日々頭を抱え
筆を走らせ
己を走らせ
何故皇帝陛下の天領から手を引き店を引き上げるのかとの役人からの詰問状から逃げ回り
奉公人達の生活を守り
シャン婆様の言葉を守り
押しつぶされそうになりながら日々を過ごしている
何故かと言えば今年でシミン侯爵没百年な訳で
最早諸々を止める手立てなどないからだ