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 私は確かに彼女と再会した。


 医者も知人も夢か幻覚でも見たのだろうと言うが、あの暗い地下室で仄かな灯火に照らし出された女の顔は、間違いなく長い間探し続けていた私の愛しい(ひと)に間違いなかった。

 だが年月が経つに連れて、それ以外の記憶が朧気になって行き、ともすれば本当にあれは幻ではなかったか……と思うことも増えて来た。


 しかし、私にはあの夜の出来事が夢であったとは信じられない。せめて、これ以上記憶が薄れない内に、あの日の夜、あの街の地下室で私が体験した出来事と、そこに至ったまでの経緯をここに書き留めておこうと思う。


 ……私は資産家の家に産まれたお陰で物質的には不自由無く育って来たが、早くに母を亡くし、父は父で外に愛人を囲って滅多に家にも寄り付かぬ有り様で、肉親の情を知らぬまま使用人達によって育てられた。


 私が成人して間も無く父も他界し、他に家族の無い私が父の遺産をそっくり引き継いだ。陰気で内向的な性格から、邸内に籠って過ごすことの多かった私はますます屋敷に引き籠るようになり、今までの使用人達にも暇を出して最低限の身の回りの世話だけをする通いの使用人を新たに雇った。


 若くして世捨て人の様な生活を送る事を選んだ私だったが、道楽者であった父と違って人付き合いが少なく、趣味を持たず、物欲も無い私にとって遺産は一生かかっても使いきれる物では無かったので、この先の生活に不自由する事は無かったが、孤独と私の内向性から来る心の空白は、金銭でどうにかなる物では無かった。


 数少ない知人や遠縁の人達が、私を気遣って結婚を世話してくれる事もあったが、その全てを断ってしまった。こんな自分に幸福な家庭が築けるとは到底思えなかったし、何よりも私は自分の生活に妻と言う“他人”が入って来ることを怖れたからだ。

 何の事はない。今から思い返して見れば、私は孤独にさいなまれる一方で今の環境が変わる事も怖れていた、単なる身勝手な男だったのだ。


 だが、私の人生に彼女が現れて、私の孤独癖は終わりを告げた。


 あれは大学の同窓会だったか、それとも誰かの結婚式だったか……。とにかく相変わらず引き籠る私を例によって気遣ってくれた知人が、半ば強引に私を連れ出した何かのパーティーで、私はその知人によって彼女と引き合わされた。恐らくそれが目的だったのだろう。

 彼女はその知人の恩師の娘で、私の話を聞いて関心を持ち、誘ってくれる様に知人に頼み込んだそうだが、そんな話は殆んど私の頭に入らなかった。


 私は、彼女を見たその瞬間に……所謂一目惚れと言うものをしたのだ。


 彼女の優しげで、それでいて知性的な顔立ちに、艶やかで長い黒髪に、雪のように白い肌に、何よりもその明るい微笑に一瞬で魅入られた。


 それはまるで、私の孤独の暗闇に灯った一つの灯火(ともしび)の様だった。


 私は、この灯火を……彼女を逃すまいと、我ながら信じられないほど饒舌に、そしてやや強引に彼女に対して接した。少し離れた所で件の知人が、あきれた様に苦笑していたのを覚えている。

 ともあれ、それが効を奏したか、それから私と彼女の交際が始まった。あれは、私の人生で最も満たされて、最も輝いていた時期だった。


 しかし、私と彼女の交際は一年と持たずに終わってしまった。やはり内向的な部分がどうしても拭えないでいる私と、快活で活動的な彼女では性格と幾つかの価値観に齟齬があり、最後までそれを埋め合わせる事が出来なかったのだ。


 男女としての付き合いは終わってしまったが、彼女とは良き友人としての関係は続ける事が出来た。今の様にネットやメール等と言う便利な物が無い時代であったので、頻繁に連絡を取り合う事は無かったが、私達はたまに出会っては彼女の近況を聞いたり、他愛の無い会話を楽しんだ。

 人生の伴侶にこそならなかったが、彼女は変わらず私の人生の灯火であり続けてくれた。彼女がいなければ、私はきっと人生の孤独の闇に耐えられなかっただろう。


 その後、彼女は志望していた報道の世界に進み、世界中を飛び回るジャーナリストとして華々しく活躍した。多忙を極める彼女とは、会う回数も少なくなって行ったが、時おり世界の各所から送られてくる手紙と電話で連絡を取り合っていたし、何よりも人伝によって、あるいは彼女の書く記事によって彼女の活躍を知るだけで私は満足を覚えていた。


 ……しかし、そうした関係も突然に終わりを迎える事になった。彼女がある国で取材中に消息を絶ってしまったのだ。

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