星には敵わない!
霜月透子事務局長、鈴木りん副館長のひだまり童話『ピカピカな話』に参加しています。
僕は宙。
そして僕の大事な宝物をヨダレだらけにしているモンスターの名前は星。
この前まで机の上には手が届かなかったので油断した。いつの間にか、椅子によじ登って、僕の帝国を荒らす技を身につけたようだ。
「星、それ返して!」
ヨダレでベタベタしているアポロ11号を小さな手から取り戻す。
「あっ、あぁ〜! お前、歯型をつけたな!」
これはお父さんがアメリカ出張のお土産に買って来てくれた僕の大切な宝物なのに、なんてことをしてくれるんだ。
我慢にも限界がある。モンスターめがけて手を振り下ろした。
バッシン!
「ふんぎゃあ〜」
言葉が通じないモンスターだけど、僕はお兄ちゃんなんだから殴ったりはしない。星の頭上で自分の手に、手を振り下ろしただけだ。なのに、まるで殴られたみたいにモンスターは大泣きをする。
まずい! このままじゃあ、お母さんに叱られる。
「星、泣くなよ」
このずるいモンスターは、嘘泣きの名人だ。抱き上げてやると、すぐに泣き止む。そして図々しく「ブーブー」と僕の大事なアポロ11号をよこせと強請る。
「これはブーブーじゃない。月に着陸した宇宙船だよ」
オモチャ箱から自動車のオモチャを出して渡してやるが、モンスターは不満そうに「ブーブー」と僕のアポロ11号を眺めている。
全く僕の言葉を理解しようとしないモンスターだ。
「今度からは棚の一番上に置いておこう!」
ヨダレをウエットティシュで拭いて、モンスターの手が届かない棚の一番上に置く。ここなら安全だけど、勉強する時に見えない。
「本当は机の上の方が良いのになぁ」
あの月に人間が行ったなんて、こんなすごいことはないと僕は思っている。そして、このアポロ11号を見ていると、何でもできる無敵な気分になれるんだ。
誰にも言っていないけど、いっぱい勉強して宇宙飛行士になるのが僕の夢だ。
でも、モンスターが机の上まで侵略してきたので仕方ない。大切な物は自分で守るしかないのだ。
前にノートをビリビリに破られた時に「そのへんに投げておくからよ」と、被害者なのに叱られた。
このモンスターは泣くという武器をフル活用し、家族を支配している。
それに星だなんて、モンスターのくせに生意気な名前を持っている。
僕の名前は宙。そりゃあ、宇宙の宙だけど、星はその上にピカピカ輝いているじゃないか!
「僕はきっと一生お前の引き立て役なんだ……」
学芸会を思い出した。クラスみんなで黒い幕にピカピカの星を飾った。星は金色に輝いていたけど、宙は黒いだけだ。
お父さんもお母さんも星が大好きだ。お父さんなんか会社から帰って来ると、星を抱き上げて頬っぺたをすりすりしている。
きっと、もう僕なんていらないのだ。だって、僕はもう小学四年生だし、親に抱っこされる年じゃない。
「お兄ちゃんなんて嫌だ!」
このモンスターが来るまでは、僕はお兄ちゃんではなかった。
モンスターにノートを破られたり、大事なアポロ11号に歯型をつけられたりもしなかった。そして、それを言いつけて、逆に叱られたりもしなかった。
「お前なんか消えちゃえ!」
オモチャで遊んでいる弟に酷い言葉を浴びせた。
僕はどうしようもないクズだ。だから、お母さんもお父さんも星の方が好きなんだ。
僕が落ち込んでいると「にぃにぃ……」とモンスターが初めてお兄ちゃんだと認識してくれた。
「にぃにぃじゃない。お兄ちゃんだよ」
このモンスターはズルい。
あんなに腹が立って「消えちゃえ!」とまで叫ばしたのに「にぃにぃ」と呼ばれただけで、愛しくなってしまう。
「きっと、一生お前のお守りだよ」
僕はにこにこ笑う星を抱き上げた。
おしまい