表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

06 忘れ物〜石芝 渡の場合〜

お盆の季節ですね。

皆さんの家にも、知らない誰かが入ってきてはいませんか?


時は数時間前に遡る。



僕、石芝 渡は大学生だ。

長所は物事を慎重に進められること。

友人からは度を越した性格であると批判され、「石橋を叩きすぎて壊している」と評価されたが、別に悪くはないだろう。

全てにおいて準備万端にしようとする心構えが、間違ってるはずがない。


「……まあ、それでも失敗は付き物だ」


12時前の講義が終わり、僕は友人Aと食堂にいた。

丁度他の学生も授業を終えたらしく、100人が座れるはずのテーブルも埋まりかけていた。給仕のおばちゃんは厨房の中を走り回り、受け取り口に並ぶ長蛇の列を必死にさばいている。座る席がない学生が屋外に溢れ、随分と騒がしい昼飯時となっていた。加えて今の季節は盛夏。どこもかしこも蒸し暑い。

目の前で友人Aが湯気立つラーメンを啜りだしたせいで、僕の身体はとろけ出していた。


「この暑さでラーメンを選ぶとか、お前の身体が心配だよ」


「馬鹿野郎ッ!!暑い時こそ食べるのが乙なんだ!!バーベキューしかり、焼きそばしかり、カキ氷……は冷たいが、折角美味しいものを美味しく頂けるシーズンなんだ。食わなくてどうする」


友人Aは僕を叱咜すると、油ぎったスープをゴクリと飲み込む。

納得はしないが、僕も自分の弁当を取り出そうとした。

中身は早朝に作り上げたサンドウィッチである、はず、なのだが


「……どうした石芝?お前、昼飯食わねえのか?」


「忘れた」


友人Aはしばし固まる。僕の言葉を理解できなかったようだ。

キョトンとして首を傾げた後、一気に目が丸くなった。


「超心配性なお前が……未だに持ち物全てに名前を書いているようなお前が……忘れ物だと!?今日は雪が、いや隕石が降るのか!?」


「大袈裟すぎるよ。僕だって最近は引越しで忙しかったんだ、ミスも出るさ」


失敗のない人間はいない。いくら注意したとしても、頭が回らなかった部分は出てしまう。少し神経質なだけの僕も、隣人の嫌がらせで疲れていては、間違いを犯すのは必然だったのだ。


「いやいやいや、それにしても珍しいことだぞ。普段なら弁当に、もう一つ予備の弁当を用意してるだろ?」


僕はどんな人間だと思われているのだろう。

いくら僕でも、早朝に合計二人分の弁当を作る暇はない。

仕方がないから学食を購入しよう。立ち上がって食堂のレジを見る。先ほどから続く列の最後尾を確認するためだ。


「大体10分くらいは待ちそうだな。けどまあ、しょうがないか」


荷物を席に置いて、僕は混雑した食堂の奥へと入りこむ。とりあえずメニューをみて、早く完成しそうな料理を選ばせてもらおう。完売したかどうかは、券売機を見れば一目瞭然だ。ええと残っているのは、『真夏のスパイシーカレー』、『唐辛子特盛りラーメン』、『麻婆豆腐〜鷹の爪を添えて〜』に『激辛キムチ鍋』。

……昼飯を忘れただけで、かなり面倒なことになったな。

何で誰も食べないのに辛いメニューを出すのだろうか。キムチ鍋とか、冬物だろ。

季節感を考えて欲しい。

僕は溜め息をつきながらも、財布を取り出した。その時だった。


ピッ


……『激辛キムチ鍋』のボタンを押した人がいた。


僕は思わず顔を確かめてしまった。

相手もこちらの視線に気付いたらしく、二人で見つめ合う形となった。


「あら、貴方は……」


最初に、ふわりとした髪のシルエットに目がいった。

艶やかな黒を肩まで垂らし、水色のヘアピンで整えている。

色白で、少しだけ日焼けした肌を服から覗かせ、彼女は僕に尋ねた。


「石芝くん、で合ってるかしら?」


不安げな口調だけれど、耳がくすぐったくなる可愛らしい声。

確かどこかで聞いたことがらうような、なかったような。


「ほ、ほら私、同じ学部なんだけど!」


彼女は必死に説明するも、僕は全く思い出せない。普段は自分のことで精一杯な人間だから、僕は同級生の顔と名前を把握していないのだ。

けれども、折角女子が話しかけてくれたくれたんだ。無難な対応をしなければ。


「ああ、君か!話すのは初めてだよね」


僕は、さも彼女を思い出したかのように振る舞って、微笑んで見せた。

我ながらひどい誤魔化し方だが、彼女の顔は、ぱあっと明るくなった。


「良かった、覚えていてくれたんだ!」


「もちろんだとも。君は目立つ人だからさ、すぐに分かったよ」


「そうかなあ、私って地味な方かと思うんだけど」


僕には『激辛キムチ鍋』の印象が強烈すぎて地味には見えなくなっている、とは口が裂けても言えない。


「僕は、君を特徴的な人だと思っていたよ。綺麗な髪だし、そのヘアピンもオシャレだよね」


「ほ、本当?よかったあ」


彼女は胸に手を当て、安堵の息を吐く。僕の対応も悪くはなかったらしい。


「私、石芝くんにさっきも声かけたんだよ?けど無視されちゃったから、不安になってたの?」


「ハハハ、それって何時の話さ?」


「本当についさっきよ?石芝くんが講堂でお弁当を食べていたとき」



「……え?」



「だから、授業が終わっても教室に残っていたでしょ?そのときに肩を叩いたんだけど」


ちょっと待ってくれ。

僕が教室で昼飯を食べていた、だって?

そんなはずないだろ、僕は昼飯がないから困っていたというのに。

バッグの中にサンドウィッチがないから、仕方なく学食を買うことにしたのに。


「その話って本当か?」


「う、うん。あれ、もしかして別人だったかな?双子の兄弟とかいるの?」


「僕に兄弟はいないんだよ」


今この瞬間、なぜか僕は恐怖を感じていた。

理由は分からない。ただ彼女の話を聞くごとに、心臓の鼓動が早まっていく。

冷や汗が一粒、ヌルリと僕の額を流れる。

あれだけ賑やかだった周囲の音が遠のき、自分の息づかいが大きく聞こえる。

それでも、僕は彼女に質問をせずにはいられなかった。


「なあ、君の見た僕の……食べていた弁当って、何だった?」






「ええとね、確か……サンドウィッチだったよ?」



視界が真っ黒になる感覚を味わう。

数秒間、地面がどこだか分からなくなった。

全身から血の気が抜け去り、思考が硬直する。

手に力が入らなくなって、指の先から財布がこぼれ落ちる。


ボトリ


「……え、ちょっと石芝くん?大丈夫?」


彼女が僕を心配して、落ちた財布を拾ってくれた。

その優しさにお礼を言ってから、僕はすぐに走り出す。


「ごめん……」


「ううん、別に気にしてなから……って石芝くん?」


僕は友人Aの元へ向かい、遠くから僕の座っていた席を見た。



置いていった荷物が消えている



呼吸が止まった。

寒気が四肢を駆け巡り、喉が引き攣る。

何より、僕が声をかけるより前に、友人Aは独り言を呟いていた。

食堂の喧騒の中で、彼が何気なく発したソレを、僕は聴き逃さなかった。



「石芝の奴、急に家に帰るとか言い出してどうしたんだろうな」



僕は一度たりとも、そんな事を話していない。



それに気付いたとき、僕は家に向かって走り出していた。

新しく借りたばかりの部屋がある、あのハイツへ。

今起きている事を、理解できないまま。





「石芝くん……?財布を置いて、どこいっちゃったんだろう」



食堂に、少女は一人取り残されていた。


一応、8月中をめどに完成させるつもりです。

次の更新は3日以内、にできるよう頑張ります。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ