05 落ちる音〜子供の場合〜
ホラー企画の締め切りは過ぎましたが、一応きりのいいところまで書くつもりです。
今日はテレビのつまらない日だ。
パパもママも出かけちゃったから、僕は1人でお留守番するしかない。
だからアニメを見ようと思ってたのに……政治とか事件の話ばっか。
黒い服を着たおじさんがダラダラ難しいことを言ってるけど、それより面白い番組を流して欲しい。
死んだネコがゴミ捨て場で見つかったことも大ニュースみたいに放送されている。
でも、日本に何十万匹もいるんだから、その一匹がそう死んだって困ることはないだろう、悲しいことだけど。
チャンネルをいじるのに飽きた僕は、電源を切った。
アナウンサーの声が消えて、部屋は静かになる。
ちょっと前までは二階から、新しく引っ越したお兄さんの物音もしたけど、今日は大学にいってるみたいだ。
代わりに遠くから聞こえるのは、騒がしいセミたちの鳴く音。
「……外に行きたいな」
なんて呟くけれど、ママから受けた注意を思い出す。
体の弱い僕は、いつも誰かと一緒じゃないとダメみたい。
だから今もこうして、買い物に行ったママの帰りを待っているんだ。
……でも、少しぐらいなら
今の僕を見ている人はいない。
つまり僕がルールを破っても怒る人はいないってことだ。
僕は玄関に立ち、ドアの鍵をゆっくりと回す。
そしてガチャリと音がするのを確認してから、ノブをそーっと開いた。
「……誰も、いないよね?」
そう思ったときだった。
「……お前は」
突然、すぐ横から声がした。
心臓がドクンと揺れ、僕は思わず尻もちをつく。
「……お前は……何故ここにいる?」
僕の知る誰とも違う男の声。
そして、半開きだった扉の隙間から、人影が見えた。
……二階のお兄さん?
僕は声を震わせながらも挨拶した。
「あ、あの、こんにちは」
ボサボサの黒髪、青いチェックのTシャツ。
それは昨日見たままの姿をした、あの大学生だ。
「……」
僕の声が聞こえなかったのか、ずっと無言のままで佇んでいる。
やがて中途半端に開かれていた扉が、ゆっくりと閉じ始めた。
お兄さんはそれに触れることもせず、立ち去ることもせず、ただ眺めている。
微動だにしない。
瞬きもしない。
けれど、僕の目から視線を外さない。
僕はゴクリと唾を呑んだ。
気づけば身動きが取れないぐらい、緊張していた。
けれどもお兄さんは、扉が閉まりきる最後まで、その目で僕を睨んでいた。
「……」
ガチャンッ
……しばらく、僕は呆気に取られた。
数分後、やっと身体の痺れがとれてきて、僕は立ち上がる。
一応、ドアについた小さな穴から外を見ると、もう誰の姿も見当たらない。
「ふぅ、何だったんだろう?」
僕はもう一度ドアに手を触れる。
そしてゆっくりと、玄関から抜け出した。
青い空、緑いっぱいの庭。
その景色は、待ち望んでいたはずなのに、どこか虚しく感じた。
きっとお兄さんの、変な行動のせいだろう。
僕をこんな気分にさせて、あの人は何がしたかったんだ?
そう思って、僕は二階へと続く階段を振り返ってみてみた。
……多分、一瞬の出来事だったと思う。
僕のみた光景は、ほんのわずかな時間だったんだ。
そこには、階段の上に立つ人影と、
宙に放り投げられたお兄さんが
階段の上を通って落下していく姿があった。
ドサッ
お兄さんが地面に叩きつけれる音がする。
頭部から赤い液体が流れて、呻き声を上げて苦しんでいる。
僕は、頭が真っ白になった。
サイレンが鳴り響き、赤いランプが回転する。
あれから10分後、僕は近所の人に頼んで、救急車を呼んでもらった。
するとついでにパトカーも来てくれて、その人と何やら話し込んでいた。
ハイツの周囲には人だかりができ、声を掛けたり、布で日陰をつくってあげようとする人もいた。
救急隊員の人たちは、白い担架にお兄さんを乗せて、サイレンを鳴らしながら遠ざかっていた。
けれど、そんな状態で、お兄さんはずっと呟いていたんだ。
「……お前は…………誰だ?」
それって、僕のこと?
それとも……あのとき階上に立っていた、あの人のこと?
あの両手を前に出したポーズは、まるでお兄さんを突き落としていたかのようだったけど……それを警察の人に言ったら笑われた。
「坊や、君は怖いものを見ちゃったせいで混乱しているんだ。
一応、住民全員に確認を取ってみたんだけれど、
……あの建物にはあの時間、君以外誰もいなかったんだよ?」