04 大学生活〜石芝 渡の場合〜
混雑する改札口。
都心から少し離れてた駅とはいえ、6時の快速は大量のサラリーマンで満員になる。
だから僕は2本目の電車を待つ。
各駅停車にはなるけれど、大学まで20分ほどなので許容できる。
銀色の車両に乗り込んだ僕は中を見渡す。
間違って女性専用に乗り込んではいないか、毎回確認しなくては気が済まない。
大丈夫……みたいだな。
そして僕が緑のイスに座ると、タイミング良くドアが閉まる。
空気の抜ける音と共に隙間が埋まり、朝の喧騒で賑わいが遠くなった。
「……イヤホン、は良いか」
僕にはまだ、慣れてもいない通学路で音楽を聴く度胸がない。
寝過ごし、ジャックが外れたまま大音量、コードが絡まり大惨事。
最近ついてない僕には10分はあり得ることだ。
一ヶ月、いや二ヶ月してから、一曲だけ再生してみよう。
待てよ?定期券忘れてないよな?
念のために二つ作ったけど、もう一つ購入した方が良いかな?
「ああ、不安になる……」
多くの人が日常を何気なく生きる中、僕の緊張は途切れることを知らない。
そんな僕を焦らすように、吊り革が大きく揺れ始める。
『……発車致します』
ガクンと車体が大きく飛び跳ね、乗車客善院もが右に傾いた。
駅は雲と共に流れ去り、徐々に列車の速度が上がる。
「……この電車、乗り間違えてないよな……」
言ってから気付く。
これ死亡フラグじゃん。
慌てて車内を見渡すも、こういう時に限って広告しか見当たらない。
仕方ない、困った時の神頼みだ。
(神様、どうかお願いします)
さて……これで気付いてくれたと思うが、僕は相当な臆病者だ。
自分で言うのもなんだが、これでもかというほど準備万端な状態でないと安心できない。
川沿いは落ちるかもと、常に橋の中央を歩く。
崩壊するかもと建物は3階以上に行かない主義だし、食中毒が怖いから生物もダメだ。
迷子にならないよう、修学旅行先の京都を一週間前から下見していたもこともある。
臆病風に一年中吹かれている男、それが『石芝 渡』である。
……別に名前は関係ないけど。
だから昨日の貼り紙も動揺はしたけど、予想はしていた。
住民同士でのトラブルなんてのは良くある話だから、覚悟はしていた。
とは言っても、あんなに強烈な嫌がらせは想定外だったな。
……ああ、ダメだ。
こんなに考え事をしていては、大学前の駅を乗り過ごしてしまう。
僕は外の風景に集中することにした。
ーーー
「あーー、これはやらかしたッ!!どうするべきだ、石芝?」
ここは大学の講堂内、無駄に広いホールと前方に小さな教壇のある部屋。
君の思い浮かべた大学の教室、それはこの部屋に違いない。
などと思えるくらい、面白みのない教室である。
さて、ここで1人の友人を紹介しよう。
茶髪
付き合いは小学生から、同じ風呂に入ったことも、釜の飯も食ったこともある腐れ縁だ。
そして一番の特徴として、僕とは真逆に……危機管理能力がゼロである。
「確かに家では教科書を見たんだッ!机の上にあるのをな。でも今、手元にないんだッ!!……どういうことだと思う?」
忘れた、で済む説明をここまで引き延ばすのか。
僕は溜め息を吐きつつ、僕の席の横を叩く。
「もしかして、見せてくれるのか!!本当に!?ありがとうッ!!」
なんとまあ、調子の良い男だろう。
もちろん後でお礼はしてもらうが、毎度のことに呆れてしまう。
ただし、そこはギブアンドテイクだ。
「そうだな、今度僕の借り部屋に新作pcゲームを持ってこい。それでチャラだ」
僕と彼の間でゲームといえば、常にそれはR18のRPGである。
それを察している彼の顔は、みるみるうちに青くなる。そして、ほおを引きつらせながら僕に訊ねた。
「……俺のプレイ済みで良いかな?」
「お前には僕の使用済みとして返してやる」
「最悪だーーーーッ!?」
「だったら教科書忘れるなよ……」
こんな下らない会話で盛り上がれる、即ち彼とは親友同士ということだ。
本当は彼の名前も覚えて欲しいのだが、彼のプライバシーに配慮し『友人A』とでもしておこう。
そんな『友人A』と他にも雑談を交わした後、僕は荷物を彼に預けトイレへ向かった。
「お前って毎時間、講義中に尿意に襲われないよう便所行くんだよな。俺もそうだけど、お前も相当変人だぜ?」
そんな言葉を貰うも、僕の身体にはこれが癖として染み付いてしまっている。
おそらく一回でもサボろうものなら、常に自分の下半身を睨みつけなくては心配になり、授業どころではなくなってしまうだろう。それが僕なのだ。
「でも、少しぐらいは大胆になりたいな」
このまま社会に出たならば、奇妙奇天烈と思われることは目に見えている。
悪い癖、というわけではないけれど、やはり治すべきなのだろう。
「とはいえ、今はまだ大丈夫だ」
個性豊かな学生の多いこの大学は、僕以上の変人がズラリといる。
も少し大学卒業が近づいてから、どうすべきか周囲と相談してみよう。
なんてことを考えながら手を洗い、ハンカチで拭く。
また次に使うからとポケットに畳んで入れ、友人Aの待つ席に戻った。
そして、俺は友人Aの驚いた顔を見ることになる。
「なあ、お前さ……今どこからでてきた?」
「はぁ?」
一体なにを言っているのか。
「どこからって、トイレに行ってたんだからトイレからだろ?」
「いや、そうじゃなくて』
『そうじゃなくて?、一体お前何を聞きたいんだ?」
「だってお前、数秒前に教室の後ろから出て行ったろ?」
確かに、教室には出入り口が前後に一つずつある。
けど俺は行きも帰りも前からだ、と否定する。
「……そうか、じゃあ俺の錯覚だな。忘れてくれ」
「おいおい、何の話だよ」
「いや、お前は教室に戻ってきて、またすぐに出て行ったろ?どうしたのかと思ったら、3秒も掛からずに手間の扉から入ってきたからビックリしたんだ。まあ、それだけさ」
……全く訳がわからない。
けれども僕が再度質問をしようとsる前に、ガラガラという音と共に禿げ頭の教授が入ってきたので、黙ることにした。こんな話より授業が大切なのは明白だ。
(まあ……どうでもいいか)
友人Aも妙に納得しているみたいだし、語る意味もないだろう。
そう思った僕は、ノートと教科書を彼にも見えるよう開く。
何だか最近、変わったことばかりが起きるせいか、無駄に神経が鋭くなってきてるなー
……だからきっと。、背後で誰かが僕を見ている気配があっても、きっと気のせいだ。