03 ニンジャごっこ〜子供の場合〜
話の流れとしては、小さなホラーと大きな事件、というイメージで書いています。
今日もママがやらかした。
朝食として出されたのは、砕け散ったフレークだ。
何でも、今日の朝に本を上に置いちゃったんだって。
こんなに粉々になるものかとビックリした。
「ママ、これってどうやって食べるの?」
「ええとね……パパが牛乳を買ってきてくれるはずだから……」
赤い髪を指でクルクルとさせるママ。
緑のエプロンが汚れているのは、きっと外で転んだからだ。
ちょっと待って?
「ねえ、もしかして……この粉を牛乳に溶かすの?」
「ええ、そうよ」
「それで朝ご飯は?」
「これよ」
僕の前に出されたボウルには、スープの素みたいに細かいコーンフレーク、だったもの。
パパは家にいないし、家に牛乳はない。
僕は今までナスもピーマンも、毎日飲む薬だって我慢して食べた。
けど……いくら好き嫌いはダメ!でも、無理な問題だってあるんだ。
僕は必死に目で訴える。
「ママ……」
「ああ、もう!!分かってるから、そんな顔しないで!」
ママはそう言うと立ち上がり、冷蔵庫の奥をガサゴソと漁る。
よく耳をすますと、何かブツブツと文句を言っていた。
「全くもう、今日はついてないわね。ミルクを買い忘れるし、新しく入居した人にアルバムで怪我させるし、他の住民は留守だし……」
よくわからないけど、住民が留守なのはパパの仕業だ。
もし母さんがアルバムを持って訪ねてきたら、居留守を使ってくれと頼でたんだ。
そして僕に、ママには内緒にしてくれって言って、ケーキをくれた。
僕は口が硬いから、うん!!と返事をして、今日まで約束を守っている。
「……ええと、これなら良いかしら」
そう言いながら母さんが取り出したのは、冷えた枝豆とサバ缶だった。
「ママ。僕これ知ってるよ、酒のつまみって言うんだ」
「そうよ、……今晩パパのものになるはずだった食材なんだけどね」
最後は聞き取れなかったけれど、何かパパに悪いことをしたみたい。
後で謝っとかなきゃ。
……この数分後、帰ってきたパパは落胆し、ママが必死に誤っている姿を見た。
ママがアルバムを渡していたとか、朝食につまみが出ているとか、肩を落とす理由はいっぱいあったみたい。
せっかくピッシリとした制服は輝いているのに、パパの顔の暗い。
それでも、パパは気を取り直そうとした。
「……はあ、分かったよ。もう良いから。それで?新しく来た人の名前は知っているのかい?」
パパは疲れちゃったらしくて、グッタリとしている。
普段は人一倍元気なママも、今はスッカリうなだれた。
「それがね、少し変なことがあって……聞くのを忘れたの」
「変って……あの分厚い本をばら撒いたことか?」
「いいえ、そうじゃなくて……その人が入居するはずの部屋に、物騒な落書きがしてあったの」
「落書き……それはどんな?」
僕はモグモグと枝豆を食べ続け、更に緑の袋が溜まってく。
ママたちの話に興味もあるんだけど、僕にとってはお腹がペコペコな方が大問題だ。
パパもお腹が空いたのか、冷蔵庫からペットボトルのコーヒーを取り出した。
「……なるほど。それで、アルバムを届けようとした君は驚いて階段を下り、途中で彼と事故にあったと」
コポポ、と茶色い液体がコップに流れていく。
一通りの説明を終え、ママはパパをチラリと見た。
けれどパパの顔は渋いままだ。
「しかも彼とぶつかったショックで、貼り紙について教えるのを忘れていたと」
「……そうです」
「全く……仕方ないな」
パパは、コーヒの入ったコップを持ち上げ、ゴクゴクと一回で飲み干した。
「私が彼に謝罪してこよう。菓子折りでも用意してね」
そんな言葉で、話はまとまった。
同時に、僕は両親を悩ませる新しい入居者に、興味が沸いてきた。
だから朝食の後で、僕はパパのこと追跡することにした。
……カツカツと階段を進むパパ。
その後ろで、息を殺して隠れる僕。
本当はいつもみたいにお留守番してなくちゃいけないんだけど、あんな退屈な時間は大嫌いなんだ。
薬を飲んで寝て起きるだけの毎日に、正直飽きてきたんだ。
たまにはこうやって、ニンジャになってみるのも楽しい。
そうしてパパが階段を登りきるのを、コッソリ観察する。
僕は目線と二階の廊下が触れ合うギリギリまで顔をだして、パパの様子を見た。
トントン
ドアをノックする音。
パパは二階の奥にある部屋の前で、扉を叩く。
ママが言ってたのとは違って、扉に貼り紙も赤い落書きもない。
多分、剥がして掃除して捨てちゃったんじゃないかな。
そして数秒後、ガチャリと扉が開いた。
「……ハイ、どなたですか?」
中から出てきたのは、ボサボサな髪の毛が特徴のお兄ちゃん。
毎日会社にピリッとした服装行くパパと違って、何だか抜けた感じがする。
白い半袖シャツから下着が出ているし、まるで寝起きの姿みたいだ。
なんて思っていると、パパが口を動かした。
「早朝からすいません。私、下の階に住む水河という者でして……」
「……ああ、こんにちは。僕は石芝といいます。……あれ?もしかして、そちらに赤髪の女性がいたりとか」
「はい、さっきは私の家内が迷惑をかけたようで」
そうして二人の話は弾み出した。
「……ええ、……はい。挨拶回りは昼にでも、と。……いえいえ」
「大学生ですか。ということは、大学はあの……。凄いですねえ」
玄関先で雑談をするパパ。
物腰を低くして話しているけど、年齢はパパの方が高い。
だからお兄ちゃんも、少し対応に困っているみたいだ。
すると、パパが手に持っていた紙袋から箱を取り出した。
お兄ちゃんの目は丸くなる。
「これ……つまらないものですが……」
「いえいえ!そんな、本当は僕の方が皆さんにモノを配るはずですのに」
慌てるお兄ちゃん。
何でだろう?貰えるもには貰えば良いのに。変な人。
それでも結局折れたのか、パパからお菓子の箱を受け取った。
「ありがとうございます」
「いえいえ、では私はこれで失礼させてもらいますね」
パパはそう言うと一礼して、階段の方を向いた。
もう、限界が来たみたい。
僕は慌すぐに頭を引っ込めて、足音を立てないように動く。
……あのお兄ちゃん、変な人だったな……
なんて思いながら、最後の段差を踏みきったときだった。
「お前……なんでここにいるんだッッ!!?」
頭上で大きな声が響く。
その声に反応したのは、あのお兄ちゃんだ。
「へ?……あの、失礼ですが、昔どこかで……」
「何を言っている!!……まさかお前、憶えていないのか!?」
さっきから怒鳴っているのは男性の声。
「そうか……ならば仕方ない。ただし絶対に忘れるなよ、お前は部屋から絶対にこのマンションから出るな。何があっても、ここの部屋で寝泊りをしろ」
「一体なんの話ですか?」
「いいか、死にたくなければ、このマンションの誰とも関わるな!!俺ともだ!!絶対に誰も信じ切るな!!」
そう声が聞こえると
誰かがバタバタ階段を駆け下りる。
僕はとっさに階段の裏に隠れ、その人影をみた。
「あれは……101号室のおじさん?」
彼は早足のまま駐車場へ向かい、手前から3つ目の車に乗る。
色はシルバーの、四角い形をした大型車だ。
キキィッとアクセルの鳴る音がして、おじさんはハンドルを回して外へ飛び出す。
そして最後にこの『裏野ハイツ』から出る瞬間、声が聞こえてきた。
「……もう既に、死の連鎖が始まってしまったのか」
青空には黒い雲が広がってきていた。