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ターゲット  作者: ハル
2/2

彼の場合

「……アメリアさん?」



 反応が段々と薄くなる彼女に、少年は首を傾げた。名を呼ぶと、はっと我に返ったように何度も目を瞬かせている。その様子に微笑ましさが込み上げてくる。



「クレープ食べましょうよ!僕が奢りますから」



 それを隠すように、少年は一際大きな声で言った。もしそんな事を考えていたとバレたら、後で何をされるかわかったものじゃない。最悪今この瞬間という可能性も否定出来ないのだから。


 ぽかんとするアメリアの返事を待たず、少年はクレープ屋へ向かった。張り出されたメニュー表に目を通し、少し迷った後に苺とチョコレートのクレープを一つずつ注文する。


 店主は手慣れた動作で生地を焼き上げ、みるみるうちに二つのクレープが出来上がった。差し出されたそれとこの国の通貨とを引き換えにし、両手に一つずつ持って手持ち無沙汰に立ち尽くす彼女の元へ戻る。



「どっちが良いですか?」



 二つのクレープへ交互に視線を移し、最後に彼女へ向ける。アメリアは真剣な眼差しで見比べた結果、苺を選んだ。



「美味しいわね、これ」



 生クリームたっぷりのクレープを頬張り、アメリアが呟く。その様子を眺めながら自らも口にすると、口内にチョコレートのほろ苦さが広がっていく。



「そっちは美味しい?」


「食べてみますか?」


「……遠慮しとく」



 質問に質問で返すと、途端にアメリアは眉を(ひそ)めた。男を惑わす事が仕事の彼女が間接キスなんてものを気にしているのだろうか。



「意外に乙女ですね」


「どういう意味よ。喧嘩売ってるの?」


「いえいえ、まさか」



 ドスを利かせた声音に芝居がかった仕草で怯えてみせると、アメリアはふんと鼻を鳴らし黙々とクレープを頬張り始めた。


 暖かい日差しから逃れるように二人は木陰の下の白いベンチに場所を移し、暫くの間無言でクレープを食べ進めていった。半分程が胃の中へ収まった頃、ぽつりとアメリアが呟く。



「何であんな質問したの?」



 クレープから視線を上げ隣に向けると、真っ直ぐと少年を見つめながら彼女は返答を待っていた。



「あんな、と言いますと?」


「とぼけないでよ」



 首を傾げてみせると、眉根を寄せてアメリアは睨み付ける。その様子に苦笑を零し、少年は言った。



「例え貴女が普通の女性じゃなかったとしても、己の命を狙っている者が他人の命を奪ったと聞けば、我が身を案じるものではと思いまして」


「……」



 感情の見えない声音で淡々と言葉を紡ぐ少年に、アメリアは正面へ面を戻し、そっと目を伏せる。



「――もし私がアンタに怯えていると答えたら、アンタは私に付き(まと)うのを止めるのかしら?」



 一呼吸置いて再度向けられたその顔は、暗い話題に反して悪戯(いたずら)めいた微笑みを浮かべていた。少年は突然の変化に戸惑いを覚え一瞬目を丸くしたが、すぐに口許を緩ませ天使の微笑みで応じる。



「まさか。規則を破る訳にはいきません。暗殺者が規則から解放されるのは、死を迎えた時のみですから」


「なら良いじゃない、どうだって」



 最後の一口を一気に口内へ放り込み、クレープを包んでいた紙キレを小さく丸めてアメリアは言った。



「結果が変わらないのなら、いちいち気にするだけ無駄でしょ?」


「そう……ですね」



 どうして己の命に関わる事をこうも簡単に言い切れるのだろうか。


 清々しいまでの反応を見せた彼女は、これ以上この話題を続けるつもりは無いのか、周囲の景色へ目を向けている。少年は小さく溜め息をつくと、気を取り直すように残りのクレープを放り込み、咀嚼(そしゃく)を終えると同時。パーカーのポケットに入れていたそれが振動した。



「ちょっと失礼します」



 アメリアへ断りを告げ、ある程度離れた地点で木に寄り掛かかると、ポケットからそれを取りだした。



「――何か?」


『次の任務が入った』



 抑揚のない機械音が単刀直入に告げる。



「早いですね。さっき仕事を終えたばかりですよ?」


『それだけ組織がお前に期待していると言う事だ』


「へえ……まぁ良いですけど」


『詳細資料は所定の場所で渡す。至急向かえ“悪魔を宿す短剣(ア ゾ ッ ト)”』


「了解」



 一方的に呼び出し、一方的に切られた無線に小さく溜め息を零し、パーカーのポケットに無線機を押し込むと少年は彼女の元に戻った。



「何だったの?」



 戻るや否や投げ掛けられた質問に、少年は一瞬思考を巡らせた。既に己の正体を知っている彼女にわざわざ隠す必要はない。言っても差障りの無い事だろう。



「次の任務が入りました」


「そう、早いわね」



 相槌を打ったアメリアの視線が少年に、正確には彼の服によって隠された腰の物に流れる。



「なかなかの逸品なんだから、その“悪魔を宿す短剣(ア ゾ ッ ト)”折るんじゃないわよ」


「そんなミスしませんって。それよりアメリアさんはどうするんですか?」


「そうね。さっきはどっかの誰かさんに邪魔されちゃったし、新しい獲物でも捜すわ」


「気を付けてくださいね」


「ありがとう。私としてはアンタにあまり無事で居て欲しくはないけれど」



 命を付け狙われている身としては、当然と言えば当然か。特に気にするでもなく、先に立ち去ろうとした彼女の背中を見送っていると、アメリアは数歩進んだ先で足を止め、半身を翻した。唇を開き何かを言おうとしてはいるが、言葉にはならない様子。



「どうしました?」



 不思議に思いながら先を促すと、アメリアは一度瞼を伏せた後、まっすぐ少年の瞳を見据えた。一呼吸置いて、ようやく唇の動きと澄んだ耳心地の言い声音が一致する。



「無事で居られるのは都合が悪いけど、勝手にいなくなるのも気になるわ。だから、消える時は一言言いなさいよ、アディ?」



 まるで耳を疑うような理屈。言ってる内容は決してよろしくない様な代物だが、胸の奥がじんわりと温まるような感覚を覚え、アディは笑った。まさに、天使の微笑みで。



「なんですか、それ」


「うるさい」



 吐き捨てるように呟くと、今度こそ立ち止まることなく、アメリアは平穏な街並みへと消えていった。最後までその背中を見送ったアディは、口元にほんの少しだけ笑みを残し、自らも任務に従うため反対方向へとその身を翻す。


 “詐欺師と暗殺者(彼    ら)”の出会いは奇妙なものだった。二人の脳裏に描かれる、運命的な巡り合わせ。全く華々しくないそれを思い返しながら、今日もまた彼らは“仕事”をする。


 青い空によく映えた太陽の光がさんさんと地上を照らし出す。闇に生きる者達も、何も知らず平穏を満喫する一般人もまた同様にして。


 ――そう、何事も無かったかのように。




***

悪魔を宿す短剣(ア ゾ ッ ト)”はドイツの伝説から引用させていただきました。別名みたいなものなので、実際伝説に出てくるアゾット剣と同じものではありません。

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