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ターゲット  作者: ハル
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彼女の場合

 青い空によく映えた太陽の光がさんさんと地上を照らし出す。レンガの敷き詰められた通りにはウインドウショッピングには申し分ない程の店舗が建ち並び、所々には休憩所としての洒落たカフェ。そこから少し離れた場所では緑の生い茂る街路樹の木陰でシートを広げ、若いカップルを狙っての安物の装飾品を並べる露店商。また、開けた場所では己の芸を道行く人に売り込む夢に溢れた若者の姿もあった。


 幼い子供ですら自分の身を守る為の武器を持ち歩く国もある中で、この国は世界的に見てもこの上ない平穏に満ち溢れている。ある意味では平和ボケしてるとも言えるだろう。決して悪い意味ではなく、富を極めた一部の者のみしか味わう事の出来ない他国の現状と比較して、そこかしこを行き交う一般人までもが娯楽を楽しむ余裕があるこの国に生まれた者は幸運とも言えるだろう。


 何気ない、そして幸福な時間が流れる空間。店先でお茶を楽しむ事のできるオープンカフェで、日傘代わりのパラソルの下、日光を遮りながら優雅に陶器のカップを傾け、密かに周囲へ視線を走らせていた女は内心でそう結論づけた。


 絹糸のように細い腰までの艶やかな金髪は緩くウェーブを描き、目を伏せる程に際立つ長い睫毛が縁取る瞳の色は新緑のような(みどり)。年の頃は十代後半と言った所か。まだあどけなさを残す目元に反し、高く通った鼻筋と、桜色に色付いた形の良い唇が大人の妖艶さを醸し出している。胸元から膝までの白いワンピースに紺のボレロ。袖や裾から伸びる白くすらりとした四肢。


 誰もが美しいと認めるであろう女は、己の魅力の引き立て方を心得ているかのように、艶やかに目の前の男へ微笑んだ。白い丸テーブルを挟んで向かい側に腰掛ける、二十前半の身なりの良い男が彼女の笑顔にぽぉっと頬を染める。



「素敵な所ね。貴方と一緒にいるから、より一層そう感じるのかしら」



 ソーサラーにカップを乗せ、テーブルに肘をついて両指を絡めながら首を斜めに傾ける。女性経験が少ないのか、女の魅力にのぼせてしまったのか、男は顔を紅く染めたまま何も言えずにいる。心地良い風が頬を撫で、彼女の髪を揺らす。絡めた手に頬を寄せ、女は男に熱っぽい視線を送った。


 暫し見つめ合う二人。女の唇が薄く開き、沈黙を破ろうとした、その時だった。



「おねえさま~!」



 恋人達の甘い雰囲気を破って掛けられた声に、男は不思議そうに眉を動かし、女はあから様に顔をしかめ硬直した。声の主は通路を挟んだ反対側の店から出てきたばかりらしく、店先の扉に左手を掛けながら、空いた手を二人へ向けて振っている。


 十代半ば程の、栗色の髪をショートカットにした少女だった。目にかかる長めの前髪から覗く大きな丸い目。髪と同色の瞳は透き通るように澄んでいる。異国語の文字がデザインされたTシャツの上からパーカーを羽織り、ジーンズを履いた一見ラフな姿で、声の主は二人の元へ駆け寄った。



「偶然ですね、おねえさま!」


「……知り合い?」


「え、えーと……」



 他人の振りをしたいのは山々だが、ここまで近付かれ真っ直ぐに見据えられては言い訳の仕様がない。頭痛を堪えるように額に手を添えて、女は渋々頷いた。



「こんにちは」



 彼女の心境を知ってか知らずか、少女は男に向けにっこりと微笑んだ。元より愛らしい顔立ちに天使の微笑みがプラスされ、女とはまた違った魅力が引き立てられる。


 美女と美少女の組み合わせはまさに両手に華。女だけでもダウン気味だった男は、少女の登場により卒倒間際といった所か。茹でダコのように首から上を真っ赤に染め上げると、勢いよく席を立った。



「す、すみません!そろそろ失礼させて頂きますねっ!」


「え……あ、ちょっと!」



 女は慌てて引き止めようとするが、彼には周りの音が一切届いていないようだ。テーブルの端に伏せて置かれた伝票を取ると、二人に一礼し、早々に立ち去ってしまった。中途半端に宙へ伸ばされた手を額に当て、女は深い溜め息をつく。



「……よくも仕事の邪魔してくれたわね」



 やがて紡ぎ出した言葉は苦渋に満ち溢れている。艶やかな微笑みはすでに消え去り、不機嫌に細められた目が少女を射抜く。



「すみません。にしてもアレ、完璧に誤解してましたね」



 くすりと小さく笑みを零し、少女は言葉ばかりの謝罪をした。相変わらず微笑んでいるにも関わらず、先程までの愛らしさは何処へやら。残されたのは何かを企む策略家のような歪んだ笑顔。己からそう差し向けたにも関わらず、いけしゃあしゃあと言ってのける。女は溜め息混じりに頭を振ると、先程まで男の座っていた向かい側の椅子へ座るように促した。



「アンタがおかしな事言うからでしょうが」


「嘘を言った覚えはありませんよ。だってアメリアさんの方が年上じゃないですか。“おねえさま”でしょう?」



 促されるままに椅子へ腰掛け、少女は笑顔で言う。アメリアはおぞましい物でも見るような目を向け、露出した二の腕を擦り始めた。



「やめなさいよ、気味が悪い。大体アンタにはプライドってものがないの?」


「勿論ありますよ。でもこの程度で傷付く程安っぽくはありませんから」


「物は言い様ね。神経図太いだけじゃない」


「何とでもどうぞ」



 一際人目を惹くテーブルで交わされる会話。しかし何だかんだで二人共心得ているらしく、(はた)から見れば見目麗しい美女と美少女が仲良くおしゃべりをしているかの様。その実態が皮肉の攻防だとは、周囲の誰もが気付いていない事だろう。


 そしてもう一つ、周囲は重大な勘違いを犯しているに違いない。



「なら一生女のフリしてなさいよ」



 トドメの一言をアメリアは吐き捨てた。当の本人はやれやれと肩を竦める。



「一つ言っておきますが、僕は一言たりとも自分が女だと言った覚えはありませんよ。服装だって、そういう類の代物を身に付けている訳でもありませんし」



 少女――いや、少年は己の衣服を摘んでみせた。彼の言う通り年相応の服装ではあるが、なにぶん面立ちがこれ。それらしい言動をすれば間違われても仕方がない。ついでに男性にしては高く女性にしては少し低めの中性的な声質も一因を担っていると言えるだろう。



「……そうですか」



 同性の目から見ても美しい彼の一言に、アメリアはやるせなく首を振った。




***




「――ところで、そっちはどうなったの?」



 切り出したのは、冷めた紅茶を飲み干し、カフェを離れ並木道に差し掛かった頃。生い茂った若葉が葉擦れの音を立てる中、己とそう背丈の変わらない少年に視線を移した。



「無事、終了しました」



 木々の隙間から差し込む陽の光に目を細めながら、世間話をするような軽い口調で少年は答える。



「そう、良かったわね」



 呟くようにたった一言だけ返すと、アメリアは正面に視線を戻した。その反応がおかしかったのか、くすくすと少年から笑い声が零れる。



「何よ?」


「怯えるとか軽蔑するとか、もう少し女性らしい反応をしては如何ですか?」



 ちらりと一瞥すると、やはり少年は笑顔だった。


 どうして彼は笑顔でそんな事を言えるのだろうか。曇りない瞳を真っ直ぐこちらへ向ける事が出来るのだろうか。考えれば考えるほど腹立たしくなり、アメリアは足下のレンガを睨み付ける。



「“詐欺師”が“暗殺者”に怯えてどうするのよ。それに同類を軽蔑するほど私は自惚れてないわ。そういう反応を見たいなら、他を当たりなさい」


「それってつまり、自分が暗殺者である事を言い触らせと?」


「期待の反応が見たいなら、ね」



 皮肉混じりの切り返しに、少年は眉尻を下げ困ったように微笑む。それから気を取り直すように両指を絡めて頭上へ伸ばしぐっと背伸びをすると、目を伏せながら呟いた。



「あの男性と一緒にいた時とはまるで別人ですね」


「当然でしょ、仕事なんだから。ターゲットなら誰であろうと私は媚売るわよ。例えそれがアンタでもね」


「年下は対象外では?」


「例えばの話よ。金持ちの年上男性って条件を満たしていない限り私のターゲットには成り得ないから。つまりアンタに媚びる機会は一生無いって事」


「光栄です。本性見た後で猫被られても不気味なだけですから」


「よく人の事言えるわね」



 カフェで会ってから何度目の攻防だろうか。ぼんやりとそんな事を考える。視界の端では移動式の店が(のぼり)を立て、クレープというデザートを売っていた。店先では二人の女性が異なる種類のクレープを交換し食べ比べている。近くて遠い平和な光景から目を逸らし、アメリアは風で乱れる髪をそっと撫でた。


 所詮は二人共、同じ穴のムジナなのだ。男を騙し金をせしめる詐欺師と、命が下れば誰であろうと手に掛ける暗殺者。人の道を外れた犯罪者を区切る秤など存在しない。お互いに、相手を(けな)す権利も(あざけ)る権利もありはしないのだ。


 墜ちた事に後悔は無いし、この先もきっと詐欺師である事を辞めたりはしないだろう。


 ――だってそれは、今までの自分を否定する事に繋がるのだから。




***

現在連載しているもう一個の方がちょっと重たいストーリーなので、こっちはラノベ風味で。二人称より三人称の方が書きやすいのかなって思った作品でした。

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