どうもこうも
夜の峠道を一台の車が走り抜ける。
自信に満ちた顔で運転をするのはチャラそうな男。
助手席に美女をはべらせ、自身のドラテクを見せびらかすようにきわどいコーナリングを攻めていく。
隣で「キャー」と歓声が上がるほど、より自分を格好良く見せようと、峠への攻め方は鋭さを増していく。
己の腕を過信し、調子に乗った人間がどうなるか、なんてのは火を見るより明らかだ。
結果として、男の乗った車はガードレールを突き破り谷底へと転落していった。
谷底へと落ちた車の中、男はまだ生きていた。
だが、朦朧とした意識の中で自分の死を予感していた。
男の下半身はガードレールにぶつかった衝撃でせり出してきたエンジン部に潰されている。
それに、落下の際に引っ掛けたのか、右腕をどこかへ置き忘れてきていた。
助手席の女は衝撃で頭をぶつけたのか、鋭角に曲がった首の先からドクリドクリと血を流している。
もはや助かるわけがない。
男は自身のバカさ加減を呪い、その意識から手を放す。
その様子を暗闇から覗く四つの眼に気付かずに……
瞼の裏に太陽の光を感じる。
まぶしい。
彼は思わず『右手』で己の目の上を覆った。
――そこで彼の意識は覚醒する。
なんで? なんで右手がある?
おれの右手は谷へ落ちる際に吹き飛んだはずなのに……
彼は訳が分からないといった様子で、起き上がろうとする。
――と、ここで気付く。
自身の下半身は潰れてしまったために起き上がることなどできないことに……
……だが、そんな彼の心とは裏腹に起き上がり、立ち上がってしまう。
最後の記憶と今の状況に違いがあり過ぎる。
どういうことかと目を開き、自身の身体を観察しようとして、ありえないものを見た。
自身の胸元を大きく押し上げるそれは、助手席の女の着ていた服に違和感なく包まれていた。
おそるおそる両の手で掴もうとして気付く。
右の手と左の手、そのサイズが大きく違うものであることに。
左の手は今まで通りの日焼けした自分の手、逆に右の手は白魚のような女の手であった。
思わず飛び出た声は甲高い女の声ではなく、いつもの自分の声だった。
どうやら首から上は自分のものであるらしい。
……これは喜んでいいものなのか?
昔、『どうも』と『こうも』という2人の名医がいた。
2人の医術はまさしく神業であり、どんなに難しい手術でさえたちどころに治してしまったという。
あるとき、2人は双方の腕を切り落として上手に繋ぐという技比べをしたが、一向に勝負がつかない。
そこで替わりばんこで互いの頭を切り落として繋ぐという勝負をすることになったが、双方動じることなく繋ぎ合わせてみせた。
あまりに勝負がつかないということで、同時に首を切り落として繋いでみようという話になった。
しかし、同時に首を切り落とした後に気付く。この2人の首を繋げることができる者がいないことに。
それでどうもこうもすることもできずに2人は死んでしまった。
この死んだ2人の名医が合わさって妖怪化したものが『どうもこうも』である。
見事に男と女の体を繋ぎ合わせてしまったことを見るに、彼が生きているのは『どうもこうも』のおかげと思われるが果たして……?
しかし、男と女のニコイチボディの彼は、今後の生涯、どうにもこうにも苦労しそうなものである。