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塩の長司

天下の往来を我が物顔で闊歩する男がいる。

どこかのブランド物であろう豪奢なスーツでその身を着飾り、軽薄そうな面構えをしている。


彼はいわゆる、ヒモである。


数多くの女を食ってきたクソヤロウである。


「クソが! あンのクソアマめ」



ここにいない女性を口汚く罵る男。


何があったかなんてのは想像に難くない。

このテのヤツが女性を口汚く罵る理由など、


「腹ン中にガキがいるだと? ふざけんじゃねえ」


である。



苛立ちを抑えぬまま、男は高級マンションの入り口へと向かう。

そこには、話題の女が住んでいた。


一銭も払っていないくせに、勝手知ったる我が家のように目的の部屋へと入り込む。

部屋を空けると、マタニティドレス姿の女がいた。

お腹が大きく膨らんでいつつも、どこか美しさを感じさせる女であった。


男の顔を見、喜色を浮かべる女の顔に、容赦ない男の拳が降りかかる。

歯が折れ、口元から血があふれる女に対し、さらに追い討ち。


そして執拗に女の腹を蹴り上げた。


まさに人間の屑である。



当然、腹の中の子供は命を落とし、その母たる女性もまた自らその命を絶った。

しかし、当の男は「面倒が減った」程度にしか思わなかったという。



その夜までは。



男は死んだ女が自身に縋り付いてくる夢を見たという。


「寝覚めの悪い夢を見せやがって! 未練がましい女め!」


起き掛けに口汚く女性を罵る。どこまでも性根の腐ったヤツである。


しかし、その汚い言葉を発したのは、己の声ではなかった。

だが、聴き慣れた声ではあった。


――あの女の声だ。



自身の体に目をやると、胸部に2つの丘があり、そして腹部にはそれ以上に大きな山があった。


突然、山の中から何かが突き上げる感じがした。


普段ならば、あまりの異常な事態に恐怖を感じることであろうが、

彼の胸に去来したのは「愛しさ」であった。


腹の中から感じる命の息吹に心を揺さぶられた。

優しい、幸せな時間が流れている、そんな気さえした。



が、それも長くは続かなかった。



突然、顔面を殴りつけられたかのような衝撃。

衝撃を受けたほうを見やるが、そこには何もいなかった。


しかし、衝撃は続く。

どこからもなく、殴りつけられたかのような痛みを受ける。


転がりのた打ち回る。逃げようにも体が重く、身動きできない。


そして降りかかる特大の衝撃。

そこは、自身の大きく膨らんだお腹。


衝撃は執拗に執拗に、腹部に降りかかる。

そして腹の中に確かにあったと感じた、それ、が消えていくのを感じる。


「もう、やめて、お願い、だからぁ」


口からこぼれるは悲痛な叫び。


しかし、衝撃は止むことはなく、彼は痛みのあまり、その意識を手放した。



朝、目覚めると男は自身の体をまさぐった。

なんてことはない、普通の男の身体である。


男は己に起きた怪事を真摯に受け止めた。

「自分はなんてことをしてしまったのか」と。



加賀の国、小塩の浦に暮らす塩の長司は、悪食を好み、飼っている馬が死ぬと、その肉を切り、味噌や塩に漬け置いて食べていた。

ある時、漬け置いた馬肉をきらしたため、役に立たなくなった老馬を殺し、その肉を喰らったところ、夢の中に馬の霊が現れ、長司の喉に食いついた。

それ以降、馬を殺した時刻になると、馬の霊が現れては長司の口に入り、腹を痛め悩ませては出て行った。

この苦しみ、他に喩えようも無く、医術や祈祷も効果なく、百日の後、馬が重荷を負うような真似をして死んでしまったという。

正応記にいう、『(しお)長司(ちょうじ)』の奇譚である。


馬を喰らいし長司は日夜、馬にうなされた。


であるならば、女を喰らいし彼もまた……


げに恐ろしきは女の恨み、それは古来より不変のことであるなれば。


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