寝肥
ここに一人の少年がいる。
彼は自分がとある病に罹っていることを知らない。
少年は昔からこう言われていた。
「寝顔がかわいい」「寝てるときはまるで女の子のようだ」と。
子供のころ、一緒に寝ていた両親はその変化に気づかなかった。
小学生6年生の夏、旅館で一緒に雑魚寝したクラスメートたちも気づかなかった。
そのころの彼は、『女の子のようにかわいい男の子』だったから。
しかし中学生になると二次性徴が訪れる。
小学校の頃と姿かたちが劇的に変化する者もいる。
彼もそうだった。
背は伸び、体重は増え、顔つきも男らしいものへと変化を遂げた。
そして時はめぐり、中学校の修学旅行の日がやって来た。
修学旅行は東京見物、東京タワーに代表される東京名物巡りをして、旅館に入った。
ごくごく一般的な旅館の夕食を喰らい、旅館にありがちな大浴場で汗を流し、そして眠った。
次の日の朝、彼はまどろみの中で違和感を感じた。
それも自身の胸元に……
ぞわり、と寒いものを感じた少年が目を開けると、浴衣姿の自身の胸元に手が伸びていた。
伸びた手の先にあるのは、仲のいい友人の姿だ。
「女の子のおっぱい。ふ、ふへへへ」
とにやけ面で幸せそうな寝言を言っていたので、
とりあえず手元にあった枕を顔面目掛けてぶち込んでおいた。
友人が夢の中で破廉恥なことをしていた。
そして自分はその被害にあったのだと、そう結論付けた。
だから気付かなかった。
自身の浴衣のはだけ具合の不自然さや、何かに群がったかのような周りの布団の荒れ具合や、なぜか寝不足気味に目をこすり続けるクラスメートたちの姿を。
そして修学旅行の後、少年の家には泊りがけで遊びに来る友人が増えたという。
『寝肥』は『寝惚堕』とも言われ、人面瘡と並ぶ妖怪病として知られている。
昔、美人の女がいて、普通は大して気づかないが寝ると体が部屋中いっぱいに広がったようになり、また、そのいびきは轟くようだった。
あまりにものすごいので、その夫もとうとう逃げ出してしまったという。
さて、今、彼が罹っている病もこの『寝肥』に類するものだと思われるのだが、いかがであろうか?