夕月に消える日
ポタリ、
ポタ、
パタタ・・・
落ちていくのは、真っ赤な雫。
色のない地面に落ちて砕けて、染めてゆく。
綺麗とは、思わない。
綺麗とは、思えない。
爽快感も、楽しみも、感じない。
ましてや達成感なんて、微塵も感じない。
「あぁ・・・、」
振り返ると、そこにはなにもなかった。
なにも、なかった。
わたしは家族を殺した人たちを殺した。
殺人犯を殺したわたしは殺人犯になった。
復讐すると決めたのは、一人目を殺した時だった。
でも殺すには力がいる。人を殺すだけの力がいる。
だから強くなった。あの人たちを殺せるぐらい強くなった。
何も振り返らず、何も気にかけず。強くなった。
気が付けば10年近くたっていた。
もう大人になっていた。
そうして今日、最後の一人を殺した。
そうして今日、目的が消えた。
(掌には何もない。家に帰って死のうか、それとも死んだように生きようか。)
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「復讐なんて、何にもならないだろ。」
「いいや?それは違う。
復讐は生きる力になる。
復讐は生きる目的になる。
そうだろう?事実だ。だってわたしがそうだった。」
酷く嘲った声が聞こえた。あぁ、これはわたしの声だ。
わたしは今も生きている。何故?わたしはあの家で死にたい。あの家でないと死ねない。
みんなが死んだあの家で、わたしは死ぬんだ。
だから、まだ 死ねない。
「・・・彼女は?」
「俺のサポートをしてくれる。死にたがりの生きたがりだ。」
矛盾したリツの言葉に、少年は訝しげに眉を寄せた。
それもそうだろう、死にたがりの生きたがりなんて、矛盾した言葉なんだから。
でも、それは本当。
リツが、わたしを拾った。
最後の一人を殺してすぐ、切り替わった景色に唖然とした。
わたしは世界から弾かれてしまったらしい。
血まみれで呆然としていたわたしを拾って“自分を助け続ければ、いつか家に返してやる”そう言ってコイツは、わたしを拾った。
あとから聞けば、同じ年くらいの息子がいたから放っておけなかったとのこと。
きっと彼は知らないからあぁ言ったのだろうけど、世界単位で迷い込んだと知ったのなら、リツはどう言うのだろう。
「ねぇ少年。わたしみたいになりたくないなら、復讐なんて止めたほうがいい。
大切なものができたなら、それを守ることに専念しないと・・・気づいたら、もう何も失くなってるよ?」
皮肉げに響いた声は、わたしの声だった。
「ま、コイツはお前と違って取り戻すような物も大切なヤツもいねぇから。
てなわけで互いの事情も知り合ったところで、ちょっとばかし稽古付き合ってやれよ。」
「・・・・なんでわたしが、」
ジトッと睨みつけるわたしの視線をなんでもないように流し、リツはにっと笑った。
旅先で偶然出会い偶然助けた相手に稽古を付けるというのに、どうしても納得がいかなかった。
この世界では珍しい黒の髪。燃えるような夕日色の瞳は、復讐心で濁っている。
10代なかばだろう、背はまだわたしより低い。
「なぁいいだろ?お前だって昔の自分見てるみたいで放っておけないくせによー。」
「だれもそんなこと言っていませんよ。」
ただ重なったように見えただけで、彼とわたしは随分違うように思えていた。
彼には確かな目的があって、わたしにはそんな目的はなかった。
ただの逃げ道。復讐は悲しみや孤独から逃げる手段でしかなかった。
「まぁ、ちょっとくらいなら構いませんよ。じゃ、手合わせお願いしますね?少年。」
「ティーだ。」
なんだかんだで放っていけないのは、あながち間違いではないかもしれないと、ふっと笑った。
結局は似た者同士。けど彼には信念があって、わたしにはそれがない。
復讐は間違いではない。
正しい答えでもない。
けれどそれを知ったわたしに、彼の復讐を止めることなんてできやしない。
けどリツはそれを平然とやってのけるんだろう。その息子もだ。
きっと、いつか少年は他の道を見つけるんだろう。彼はわたしのように愚かではないし、大切なモノを無視するような人間でもないから。
「わたしの邪魔をしないなら、なんでもいいけど。」
家に帰るんだ、絶対に。