ミウのソラ
ミウは世界に一つにしか無いソラを探している。
そのためにいろんなところを歩いている。
それはどこかにあるソラ。
きっとミウが知らないソラ。
ミウだけのソラ。
ミウのソラを探して……。
タカのソラ
「ミウはずんどこ歩くよ、どこまでも。
今日も新しいソラを探して、竜にあっても、おばけにあっても大丈夫。
ミウは考えるのは得意じゃ無いけど、力持ち。
食べるのも大好き。
ミウはどこまでも行くよ」
ミウが上機嫌に歌を歌いながら、鬱蒼とした森の中でミウの背丈以上の一枚葉を持っていた。
ミウが歩く森の中はとかく前が見えないほどに木々が生い茂り、その木も苔色に染まっていた。湿った匂いが広がるがミウにはそれが関係ないかのように楽しそうである。
しばらく歩くとミウの鼻が甘い水の匂いを感じ、道無き道を突き進んだ。
途中の急勾配な坂もミウには一種の催し物ようである。
楽しく降りたミウの目の前には先ほどまでとは打って変わった景色が広がっていた。
まるで、暗い闇からそこだけ隔絶された様なそんな場所。
辺り一面に花が咲き乱れ、小鳥がさえずり、千尋の底まで見えるほど澄明な泉がそこにはあった。
するとミウは水を手ですくい上げるとまた匂いをかぎ始めた。
ミウの鼻はとてもよく利く。水の匂いはもちろん、毒などの良くないものの匂いそれに、遠くにいる獲物の微かな匂いすらかぎ取れるほどだ。
しばらくかぎ続けるとようやく水を飲み始めるミウ。
その透明な水はミウの咽を潤すだけでは無くミウの心も潤すほどに美味しかったようでもう一度水をすくい上げて水を咽に染み渡らせた。
「珍しいじゃないかい。お前さんが咽を潤す以外で水を飲むなんて」
突然声がした。
しかし辺りには誰もいない。するとミウは腰につけている二本の鞘に向かって話しかけた。
「とても旨かった。ミウは今までこんなに旨い水を飲んだことが無い」
ミウの背中には二本の鞘が腰布にさしてあった。そしてそれに話しかけると、どうやら声の主はその鞘らしくまた軽快かつ快活に話し出した。
「そんなに旨いのかい?」
「うむ。口に含んだ瞬間に花と果物の良い香りだけが鼻をくすぐる。水はとろりと甘くってそれでいてまるで空気の様に消えていくんだ」
「なるほど。それはさぞ旨い水だな。だがな、鼻をくすぐるは少し言葉が変だ。こういうときは鼻腔を擽るというんだぜ」
「びこう?」
「鼻の穴の中にある匂いを感じる部分のことだ。これでお前さんも少しは賢く……」
「鼻をくすぐる、のほうが言いやすい」
「いやだけどな、そっちが正しいんだぜ」
「ミウは難しい事は分からない。チャはうるさい」
「おいおい。まったくどう思う相棒」
そうチャがミウのもう片方の鞘に話しかけるがそれは黙りを決め込んでいた。
「また無視かよ! まったくアクは……」
「アクは必要なときにしか喋らないからチャよりお利口だ」
「ああ、はいはい。どうせ俺は邪魔者ですよ」
どこにあるかは知らないがチャはへそを曲げた。
そんなやりとりをしていると、空が突然暗くなって、風が吹き荒れた。
咄嗟にミウはチャを抜くと反り返った蒼白く冷たい刀身が現れた。
するとまるで全てを丸呑みする様な大きな声がその場に響いた。
「待ってください。私はあなたたちを襲うつもりはないです。だからその刃を納めてください」
影を作っているその声の主は、そう言って地面に降り立った。
ミウは刃をその声の主に向けると「おー」っと感心した。
身の丈は、並み居る巨木よりも高く、羽は茶色と白。黄金色に輝く二本の足は巨体に違わず太くたくましい。目は猛禽類独特の鋭い眼光を光らせ、悠然とその場に立っていた。
「大きいな!」
率直な意見を言うミウに対して、チャは、
「いやいやいや なんだ? タカか?」
するとその巨躯の持ち主はその体格に似合わず礼儀正しかった。
「あのすいません。その刃を納めてください」
やっと気づいたのかミウはチャを軽やかにしまうと嬉しそうに座ってその空を覆う様な姿を眺めていた。
「お前でかいな! 何食ったらそんなにでかくなる? お前なんて名前だ? ――」
目をきらきら輝かせてその大きな鳥に休む間もなく尋ねる。
「ちょっとそんなに、いっぺんに質問しないでください。自分はタカです。名前は無いです。普段食べているのは木の実です」
するとチャが大きく高笑いをして、
「おいおい、タカが木の実を食べているって、それは何かの冗談なのか?」
対してミウは、目をギンギンに見開いて、
「そうか木の実を食うとこんなに大きくなるのか……」
「ありえねぇだろ! タカって言ったら肉を食う生き物だぞ!」
「肉ならミウはたくさん食べている。でも大きくならない。そうか木の実を食うとこんなに大きくなるのか……」
二人の漫談をタカは何か深刻そうな表情で見ていた。
「あの良いですか?」
「なんだ?」
ミウが首を傾げて人差し指を立てて下唇に当てて問い返した。
「あなた狩りは得意ですか?」
「は?」
間の抜けた声でチャがやはりどこにあるのか分からない目を白黒させた。
まさかタカにこんな質問される日が来るとは夢にも思わなかったからであろう。
「狩りか! ミウは狩りも得意だぞ!」
事の珍妙さに気づいていないミウ。
「おい待て、ミウさん! タカが『狩りが得意か?』なんて質問することに珍奇な事を感じろ!」
チャがそう言うとミウはしばらく考え始めた。しかしあまり考えるのが得意ではないミウはすぐに結論を出した。
「そうかタカは狩る道具を持ってないんだな!」
「てめぇの目の玉ひん剥いて、よーく、見やがれ! タカの足の爪はなんであんなに鋭い! タカの嘴はなんてあんなに尖ってやがる! どうしてタカの目が前の方についてるんだ! なんでこんな大きな体躯が必要だ! 全部狩りをするのに有利になるためだ!」
「おお! ということは、タカは何も無くても狩りが出来るんだな!」
「常識だ!」
ミウのあまりに常識の無い答えにチャは大激怒する。するとそれを聞いていたアクがようやく重い口を開いた。
「踊る阿呆に見る阿呆」
そう一言言うとまた黙りを決め込んだ。
「どういう意味だ! アク!」
チャがアクに向かって問いただすがアクは黙りを決め込む。
「見るのと踊るのだったら、踊った方が良いと言うことだな、アク」
ミウの目がキラキラと光ってアクを回視した。
「お前は黙ってろ。話が、ややこしくなる」
その問答に耐えかねたのかタカがまた口を開いた。
「あの、よろしいでしょうか?」
「おお、なんだ? タカよ」
チャを無視した形で話が進む。それに対してチャは罵詈雑言を浴びせるがミウは気にしていない様子であった。
「ミウは狩りも得意だが、それがどうかしたのか?」
「はい。私、狩りがあまり上手くないのです、いえかなり、いえ凄く」
「どうしてだ?」
「理由はよく分かりません。しかし私が狩りは何度も失敗します。そのため毎日お腹を空かせています。そのため飢えを凌ぐために小鳥の様に木の実を食べる毎日なのです。どうか助けては貰えないでしょうか?」
タカは心底困っている様子だったのでミウは珍しく深慮をした。
するとミウはある結論を数刻かけて出した。
「タカよ。なら交換条件だ。お前ミウのソラがどこにあるか知っているか? ソラはソラでも上にある空じゃないもう一つの意味のソラだ」
「あなたのソラですか? ソラというとやはりあのソラですね。申し訳ありません。私自身のソラを見つけていない者が、あなたのソラを見つけることなど出来ません」
「そうか……残念だ」
「申し訳ありません」
しかしすぐにミウの顔は明るくなった。
「気にするな、ミウも気にしない。よしならタカよ。お前の狩りの仕方を教えてやる」
満面の笑みを浮かべるミウ。
「本当ですか!?」
そう言うとミウは鼻をクスクスと動かす。そしておもむろにこぶし大のぐらいの石を拾い上げたかと思うと、再び鼻をクスクス動かし狙いを定めた。
「いくぞ!」
ミウが大きく振りかぶって石を投げる。ビュンッと唸りをあげた石は、風切り音をあげて、森の中へ消えた。しばらくすると何かが固い物に当たった様な鈍い音をあげドシリという音を立てた。
ミウがその音を聞くとふんぞり返って自信満々に声を上げた。
「どうだ、タカよ。これが狩りのやり方だ!」
タカはよく見える目でミウが投げた石の方向を直視した。
「確かに大きなイノシシが倒れています」
「よしタカよ。今の通りにやればお前も狩りが出来る様になるぞ!」
「なるほどやってみます!」
あまりに自信に満ち満ちていたため一瞬チャが突っ込むのが遅れた。
「いや違うだろ! どう考えてもミウにしかできねぇよ! タカの狩りじゃネェよ!」
三段突っ込みのあとチャは続けて、
「タカもタカだ! 「やってみます」じゃねぇ! お前の爪はなんのためにある! それは飾りか! タカならタカらしい狩りをしやがれ!」
「いやしかしですね。それが出来ないから困っているわけで……」
「ああ面倒くせぇ! 俺が見てやるからどういうことになるか見せて見やがれ!」
タカは「はあ」と一言言うと、その双翼をはためかせ地面を蹴るとその巨体は大空へと、あっという間に消えていく。
「おー」
と感心するミウに対してチャはタカが言っていたことが気になっていた。しばらくすると空から頗る大きな風切り音を鳴らして何かがミウ達の上を通った。
そしてミウがその風切り音の終わりを見ると、その先には三角形の中央に長い尾と頭をもった身の丈は先ほどミウが倒したイノシシより大きな草食動物が呑気に草を食んでいた。
その後風切り音の正体がタカだと気づくと、その風切り音が突然ドンっという音を立てた。
美羽がそこを見やると獲物であるはずの草食動物はまだそこにいて、その隣に恨めしそうにそれを眺めているタカの姿があった。
ばつが悪そうにタカは再びミウ達のいる場所までその巨躯を羽ばたかせて近づいた。
「こうなるんです」
それを見ていたチャが、唖然と言った表情を浮かべた。
「……なんていうか、絶望的に下手くそだな、狩りが」
「はあ。申し訳ありません」
「いや謝られても。どうするよ、ミウ。こいつは、お前じゃあどうにも出来ないんじゃないか?」
「どうして獲物は逃げなかったんだ?」
「「さあ」」
タカとチャが同時にミウに言葉を返した。
ミウは何か心に引っかかる物があるのかしばらく考えようとしたが、ミウの本能がそれを許さなかった。
つまり――
“ぐぅーきゅるるるぅぅぅ”
ミウは、お腹が減ったと言うことだ。
「チャ難しいこと考えるの、お腹が空く。ひとまず腹ごしらえだ」
そういうと先ほど石をぶつけて気絶しているイノシシの元まで一目散に走り出すと、瞬く間にイノシシをずりずりと引っ張って戻ってくるミウ。
「待ったか!」
ミウの頬は紅潮していたが全く疲れている様子はない。むしろこれからイノシシを食べると言うことを喜んでいる様である。
「いえあっという間に戻ってこられたので」
そうタカが言ったのでチャが興味本位で質問する。
「そういえば、いったいどれぐらい肉を食ってないんだ?」
「そうですね……だいたい200年くらいでしょうか?」
うろ覚えな記憶を頼りにタカがそう言うと、チャがたまげたという声を上げた。
「200年!! よくタカが200年も肉を食べずに生きてられたな!」
「この森は木の実が多いですから」
そう言って辺りを見渡すタカ。
タカが言う様にこの距離からでも見渡せるほど木の実が繁茂しておりそのどれもが、食べられるものだった。しかしチャはその答えに不満らしく、
「いや、そういう問題じゃ、ねーよ!」
するとミウがまた不思議そうにしていたのでチャが問い掛けた。
「どうしたミウ?」
「200年ってどのくらいだ?」
ああ、なるほどと合点するチャ。すぐになにやら計算を初めて答えた。
「お前を育てたという作家と暮らした時間のおよそ20倍かな? 詳しくは知らんが、とりあえず俺たちが出会ってからだと数えたことが無いから分からんだろ?」
「おお、つまり! 7万2000日肉を食べていないと言うことか!」
「ああそうだな」
ちなみにこのミウの計算は、間違っていないのだ。この世界は1年が360日であり、一ヶ月が30日なのである。ミウはしばらくタカを眺めた後こういった。
「やはりタカは木の実を食べ続けたからこんなに大きくなったのだな」
チャがそれを聞いてミウの腰からずり落ちそうになった。
「いやだから、このタカは肉食ってないからこんなに小さいんだよ!」
よく分からないといった表情をするミウ。
確かにタカはミウから見ればかなり大きいのだが、しかし同じタカに比べれば二回りほど小さいのだ。それをミウが理解していないことにようやく気づくチャは、改めてミウに説明を始めた。
ちなみにこの説明を理解するのにミウは2時間要した。最初の10分あたりでチャが時間がかかると踏んで、ミウに肉を焼かせながら説明することになり、その間タカは、木の実や果実を集めてきたのだった。
「――というわけだ。理解したか?」
「おお、つまりミウが大きくなるにはバランスよく食べれば良いのだな!」
チャが長々と高説を垂れてミウが出した結論が結局これである。
あまりにも理解度が低いと泣きたくなるチャだったが、長いつきあいのため、もう半分あきらめに近い感情が沸いていた。すると、アクが、ぼそりとつぶやく。
「猫に金貨」
「なあ、アク。皮肉か! 喧嘩なら買うぞ!」
「なら私は、中から遠距離あなたと勝負しますよ」
「くそ! 俺が近接戦しかできないのを知ってやがって!」
そんなチャたちを余所にミウが肉を焼き終えて全員分に切り分けるためにチャを抜いた。
抜かれたチャから反り返った刀身が現れて、ミウは自分の数倍はある肉を前に構えた。
「おいコラ! ミウ! 俺とアクの話し合いは、まだ終わってないぞ!」
「お前がいないと肉を切り分けられない。少し静かにしないといつもみたいに下を噛むぞ!」
「あっ、コラ馬鹿やめろ!」
ミウはいつものようにチャを使ってヒュンッ! ヒュンッと風切り音を鳴らして4人分に均等に切り分けた。その様子にタカが不思議そうに尋ねる。
「どうして肉を四等分にしたのですか?」
タカが見たところチャは反りの入った剣で、アクは、鞘に収まっているが、その形状から銃だと分かった。無論タカもこの世界は広く、食事をする銃や剣があるのは知っていた。
しかしそれだと3等分で済む。するとミウが不思議そうに指を折りながら言った。
「ミウと、チャとアク。それにタカの分で4だ。ミウは間違ってない」
それを聞いてようやくタカは納得した。
なるほどミウは、タカの分も勘定に入れていたらしい。
タカは自分の分は貰えないものだと思っていたため、自らの食事を用意したわけだが、そのことは言わずに木の実と果実を4等分した。ただし自分の分は少し少なめにしてだ。
そうして豪勢になった食事が全員の前に並べられていた。
するとミウはいつもの変な食事の挨拶をした。
「ミウはいただきますをする」
よくわからない挨拶に面を食らうタカ。
そんなタカに隣に横になっていたチャが説明した。
「ああ気にするな。こいつはいつも食事前にこんな挨拶をするんだ。直せと言っても直さないから俺たちも気にしないことにしている」
そう言われて釈然としないものの感じつつ200年ぶりの肉を啄む。
美味い。
と思わず言ってしまいそうになるほどその肉は美味しかった。
久々に食べたという事もあるのだろうが、ミウの焼き方が上手いのだとタカは感心していた。
夢中になって久々の肉を食べたタカ。
ミウ達はミウ達で、自分たちの4倍ぐらいある肉を頬張っていた。
するとミウはボソリとつぶやいた。
「むー。やっぱりあいつの料理の方が美味いな……」
あいつとは誰であろうか?
タカがそんなことを考えていると、チャが、
「また、お前を育てた作家の話か? そんなに居心地が良かったんならどうしてソラなんか探そうと旅に出ようと考えたんだ?」
ミウはチャの言葉に口を噤んだ。
「また黙りか。相棒も何とか言ってやれよ」
「沈黙は金」
「これだよ。これで構造は銃にしては単純だって言うんだから驚くぜ」
そんな問答を楽しみつつタカとミウの食事は過ぎていった。
「で、だ」
ミウ達が食事を終えると、チャが始めに口を開いた。
「問題はどうやってタカが狩りを上手くやれるかって事だ」
ミウは、その話を聞いてまた手頃な石を探し始めた。
「待てぃ! お前の狩りの仕方じゃなくて、タカの狩りの仕方を考えてやれ」
「そもそもミウはタカの狩りの仕方を知らない」
それを聞いて頭が痛くなってきたチャ。
「タカはどうやって狩りをするんだ?」
また説明しなければならないという事に気を重くしていた時だった。
「空から滑空して獲物をその爪で捕らえるのよ」
アクが端的に答えた。
「おおなるほど!」
「……おい、ミウ。 なんでアクだとそんなに物わかりが良いんだよ!」
泣きたくなってきたチャ。
「チャの説明は長くて難しい。アクは端的で分かりやすい」
「ミウー」
泣きそうな顔で抗議の声をあげるチャ。
そんなことは、お構いなしなのかミウはチャの事を無視する様に話を進め始めた。
「タカよ。で、お前はなぜ狩りが出来ない?」
「どうしてでしょうか……下手なんだと思います」
しばらく考え始めるミウ。
考えて。
考えて。
考え続けていると、ふとあることに気づいた。
その疑問を投げかけてみることにしたミウ。
「なあ、タカよ。お前が狩る動物はどうして逃げない?」
そう至極当然の疑問。タカが狩ろうとしてもその動物は逃げない。普通タカの狩りというのは逃げる動物相手の予測地点に見定めて狩りを行う。故にタカが狩ろうとしている動物が逃げない理由がなぜだかミウには分からなかった。
「私も、最初そう思って、逃げないのなら逃げない所に見定めて狙ってみるのですがすると今度は逃げられる。何度も何度も繰り返しても同じです。そして最後にはどうやっても狩ることが出来ないのです」
それを聞いて首を二回縦に振り、そしてチャとアクを見たミウ。
「なあタカよ。5秒だけ目を瞑ってくれないか?」
タカはその言葉を聞いて疑問符が頭に浮かんだ。なぜ目を瞑れと言っているのかミウの意図が分からなかったからである。しばらく考えても分からなかったが、何かそこに重要な事が隠されているのではないかとタカは目を閉じて五秒を数え始めた。
五秒後。
目を開くと目の前にはミウがいなくなっており、辺りを見渡すタカ。しかしどこを見渡してもミウがいない。足の裏。自分の頭の上、羽の間どこを探してもミウが見当たらなかった。その時である。
コツンッと頭を後ろから何かで叩かれて叩かれた方向を見るとそこにミウはいた。
タカは吃驚した。ほんのついさっきまでミウはどこにもいなかったのである。
「あのどこにいたんですか?」
当然の疑問をタカはミウにぶつけた。するとミウは、
「ずっとお前の頭の後ろに掴まっていたぞ」
それを聞いてさらに仰天した。
タカには触られた感触はなく、そして何より気配がなかった。
「タカよ。ミウは分かった。お前は気配を絶つのが下手くそなんだ」
ミウは何か納得した様に肯く。
タカもそう言われて「ああ」と同じように納得したのだった。
ミウはタカから降りて再びタカの前に立った。
タカはばつが悪そうに羽の手入れを始めだした。
「よしタカよ。今度からは気配を消して狩りをしてみろ!」
しかしタカは首を横に振った。
「助言、とても助かるのですが、私は気配の消し方を知らないのです。どうしたら出来るのでしょうか?」
それを聞いて今度はミウがばつが悪そうに黙り込んだ。
どうやってといっても、気配の消し方など自己流で覚えてしまったミウにとって、それはとても難しい質問だった。人に感覚を教えるのは難しいと言われたのを思い出しながら、ミウは普段どうしているのか考えてみた。しかしボフッという音とともにミウの頭から湯気が上がりミウは倒れてしまった。
「知恵熱ね」
アクがそう言うとタカが申し訳なさそうに謝った。
しばらくしてミウが目を覚ますとタカは微動だ、にせずその場所にいた。
ミウは辺りを窺った後にタカに向かって大きな声で言った。
「分からない!」
タカも大方の予想していたのだろうが、あまりにも予想通りの答えに「はぁ」とため息が出た。
もうどうしたら良いものかと考えているとふとミウのそばに石があった。
その時ミウが閃く。
「おいタカよ。ミウは良いことを考えた」
何事かとタカはミウに近づきその考えを聞こうとした。
ミウは誰かに聞かれまいと思ってタカの耳元でこそこそと自分の考えを述べた。
「なるほど。それならうまくいくかもしれません。やってみます」
ミウはいったい何をタカに教えたのか。
どうやらその教えは功を奏したらしく以来タカは、狩りで困ることはなくなったという。
1週間後。
ミウが森を抜けてしばらくすると狩人らしき男が地面で食事をとっていた。
すると歩いていたミウに声をかける。
「おいお嬢ちゃん。知っているかい?」
何のことだろうと思いミウは歩みを止めた。
「この近くの森に不思議な、しかし巧妙な狩りをするタカがいるんだ」
どんな? と尋ねると狩人は得意げに話し始めた。
「まずな、そのタカは自分の体ほどある岩を持ち上げて飛ぶんだ。そして獲物めがけてそれを落とす。当然岩は大きな音を上げて落ちてくる。慌てた動物が逃げるとそのタカは逃げた獲物めがけて飛びかかって見事に狩りをするんだ。どうだい? 凄いタカだろう? 俺はあんなタカを初めて見たぜ」
するとミウは、チャとアクを見てうんと頷いて狩人に言った。
「それはきっと狩りが下手なタカだな」
そう言い残すと、狩人の前を通り過ぎた。
一週間前。
「やった! うまくいきましたよ。ミウさん」
チャが目を丸くして驚いていた。
「驚天動地だぜ。まさかお前がこんな頭の良い狩りを思いつくなんて」
褒められたと思ったミウは、嬉しそうにしかしどこかはにかんだ様子であった。
すると、タカは初めて自分で捕った獲物を見てふと何かに気づいた様な表情になった。
「どうした?」
ミウがそう尋ねると、
「ミウさん。私分かりました。ソラが何かということが……」
ミウはそれを聞いて心が弾んだ。
「本当か! なんだ! ソラってなんだ!」
「……分かりましたが、これはミウさんには教え出来ません。意地悪とかではないです。ただこのソラはあなたのソラではない。それだけは分かります」
どういうことなのかミウには分からなかった。
するとタカは微笑んで、
「きっとミウさんになら見つけられますよ」
そう言い残した。
再び一週間後。
「なあチャ。アク。ソラってなんだろうな?」
「さあな、俺も見つけてないから分からないぜ」
「同じく」
そう、問答する三人は大きな青空を眺めていた。
ミウはソラを探している。
ミウだけのソラ。
そのソラを求めてミウは今日も歩いていた。