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ワールド・ビフォー・アフター

作者: 日高明人

「あ〜〜お知らせ、お知らせしまう。四日後の午前四時四十四分四十四秒に今回は世界が崩壊しまう」


 週に一度、もしくはそれ以上の頻度で、街灯に乗っかる形で着いているスピーカーから、世界崩壊予測のカウントダウンが放送される。毎度、語尾の締まらない声とともに、崩壊時刻が告げられる。街を歩く人はスピーカーに一度は振り向くが、すぐに視線を戻して歩いている。慌てた様子も絶望した表情もない。毎度のことなので皆慣れてしまった。

 今日もいつも通りの朝だなーと思いながら、私は渡辺と書かれた標識のある玄関を開く。


「お母さん、いってきまーす」

「ああ、いってらっしゃい」


 渋いダンディな声で私を送り出すのは、エプロン姿の男のお母さん。

 崩壊が起こり出したのは十年前、まだ小学生になったばかりだったから記憶が曖昧だけど、空が震えてたから見上げていると急に視界が真っ逆さまになって、真っ暗になってたことを覚えてる。気づけば家にいたのだけど、親の様子がおかしいことに気づいた。

 父さんが母さんに、母さんが父さんになっていた。愛犬のペスは大型犬から小型犬になぜかなっていた。当然、自分も女になっていたことに数年してから気づいたんだった。それまでは男女の違いなんてよくわかってなかったし、君づけで呼ばれてたのがいつの間にかさん付けで呼ばれてて、そこでようやく気づいたぐらいなのだから。

 それよりも今回は四日後の午前四時四十四分四十四秒に崩壊するみたいだ。


「あら、あきらちゃんおはよう。今回は嫌な数字の並びだねえ」


 とは隣の砂糖おばちゃんの言葉。七回ぐらい前の崩壊で隣の家は佐藤から砂糖へと名字が変わっていた。表札から戸籍まで、家系図すら全部変わっていたと騒いでいた。

 そのせいかどうかわからないけど、砂糖おばちゃんの孫であるただし君は、小学生なのにやたら男の子にきつく、女の子には優しいのだそうだ。いわゆる女に甘い、んだって。ほかにも町内の清掃を取り締まる高橋さんの家は、清掃車とキャンピングカーが合体したとしか形容できない大型車が自宅となってた。うん、意味がわからない。

 こんな風に崩壊が起こるたびに世界というか身近な世界がどこかおかしくなっていってる。でも、十年もそんなことが起こってるせいか、誰もが気にしなくってきている。それどころか、町内のおじさんたちは次はどこがどうなるかを賭けだすぐらいに楽しんでいる。こないだはお酒のみながら崩壊を迎えたら、体液がすべてビールになったとアル中の間宮おじさんが笑ってた。

 お、いつもいるにゃんこ発見。


「おはよーチビ」 

「……今朝は快ザザですが、午後ザザらは曇りのちザザ雨となるでしょう」


 鳴き声をあげようとチビの開いた口からは、ノイズ混じりにおっさんが天気予報を告げる声。うし、今日は放課後になったらすぐ帰ろう。毎朝ありがとうチビ。ラジオ猫になったおかげで一番助かってるのは私だ。

 今日はどうしようか、なんて埴輪になってる電柱を通りすぎつつ考えてるうちに学校前。


「おはよ〜あ〜ちゃん」

「お、喜美きみちゃんおっはよー」


 相変わらず中学校のブレザーが似合ってないなあ喜美ちゃんは。身長が180もあるからだろうけど。横にならぶと身長160前後の私のせいで、よけいに似合ってないのが丸分かり。でも天然だから許されてる。


「今日ね〜ロボのおじいちゃんがオイルさしても動かなくてさ〜」


 間延びした口調だけど、喜美ちゃんのハスキーヴォイスには癒される。うん、このままオペラ歌手になったらいいのに。見た目なんかもろ黒人になっちゃってるし。

 私が勝手に喜美ちゃんヴォイスに癒されてたら、教室に着いた。ニノニ。


「よう! 男女!」

「うっさい、蛙男」


 幼馴染みという奴は厄介だとたまに思う。覚えてなくていいことを覚えてるから。そう思いながら、学生服を着た蛙を横目でみながら席に座る。谷崎の奴、蛙になってから調子こきだした気がするな。いつか口のなかに爆竹ほうりこんでやろうか。

 数分後、担任が教室にはいってきた、神輿とともに。


「おはよう、諸君」

「「「おはようございます」」」


 あれ、なんだろう先生今日は機嫌いいのだろうか。なんだか後光が見える。


「先生、なんか光が見えてますけど」

「あらあら渡辺さんごめんなさいね。先生、今日はちょっと嬉しいことあってね。

 実はね……先生結婚するの!」


 教室中が騒然となった。聞いた私が一番驚いてるんだけど。おい谷崎なに口から泡ふいてんの。いや蛙だから当たり前かな。「嘘……だろ?」なにおまえもしかして先生のこと好きだったの? あんな麻呂眉な能面なのに? いやそれは先生に失礼か。


「でねでね、どんな人かって言うとね。全身朱色の鬼顔したかっこいい人でーー」


 どこの酒呑童子だ、そう内心に突っ込みいれながら私はいつも通り過ごし、放課後には速攻で帰宅した。途中で飴にふられたけれど、頭の痛みよりも口のなかの甘みのほうが嬉しいから許す、天気を許すもくそもないけど許す。

 次の日はやつれた谷崎に水を掛けたり、屋上で喜美ちゃんの歌を聞いて過ごしてたらもう今回の崩壊時刻の前日だった。チワワと化したペスの散歩を終えて、歯を磨いて、パジャマに着替えて宿題の確認からは目を背けてベッドに入る。ああ、気持ちいい。寝る前が一番嬉しいってどうなんだろう。そんなことを考えながら電気を消して寝る。おやすみなさい。


 ……ぬ、なんだ。なんで目が醒めたんだろう。あれ、おかしいな隣になにかある。ん?


「あ、ちょ、そこは」


 妙に聞き覚えのある声がする。あれ、誰だろうこの声。どっかで聞いたようなうーん。


「いや、だから抱きつくなって」


 そんなこと言われてもここは私のベッドだ。


「「つか、だれだお前は!?」」


 声がハモッた。やや高い声とやや低い声が。暗闇のなかベッドの上で誰かと私はにらみあっている。カッチカッチと音をたてる時計を見ると、夜光塗料が光って時刻が分かった。そうか崩壊時刻だったんだ。ということは目の前にいる誰かさんはあれか、今回の崩壊による哀れな犠牲者か。


「「あーちょっと落ち着いて」」


 また声がかぶった。いやなんでかぶるんだ。それより電気をつけよう、と思ったらつけられた。おい、なんで私の部屋にある照明位置を把握してんだ……って。


「あんた、だれっていうか、私?」

「うわー……なにこれどうなってんの」


 目の前にいたのはジャージ姿でベッドに座る、私そっくりな男。ああ、駄目だなんか混乱してきた。ついでに血の気がひいてきた。うわあ、うわあ。これはうわあ。ああ、下からどたどた音がきこえてきた。ついでに男女二組が言い合う声と、なぜか庭からは甘い声で鳴き合う犬の声がする。おいペスなに欲情してんだ。

 翌日、というか朝。居間には廊下側に私の家族。窓側に私そっくりな男とその両親。うん、わかってたけど両親性別逆だね。ということはあれですか、目の前のジャージ男は私の生き別れの双子にしていいですか。だめだ、まだ混乱してる。なのになぜ両親はそんな楽しそうに話してんの。


「じゃあ、こっちの晶君とそっちの晶ちゃんは同じなんだ〜」

「そうみたいですね。まさかうちの晶が男だとこんなワイルドな少年になるなんて」


 若干オカマに見えなくもないお母さんと向こうの母親が笑顔で話す横。


「あー……これは面倒なことになったなあ」

「会社、どう連絡しますかねえ」


 こっちは楽しくなんてなかった。どっちも頭を抱えて、苦悩の声を漏らしてた。お父さん、髪が味噌汁に入るよ。あと窓から見えてる仲睦まじい犬二匹、おまえら分かってるのか? それ、自分だぞ? 性別違うけどまごうことなき自分だからな? 去勢すっぞ?

 食い入るように犬二匹をにらみながらご飯を食べてると、やや低い声。


「あの、さ。俺、どうしたらいいんだ」

「知らない」

「えー……」


 このやりとりだけで凹むな馬鹿たれ。谷崎なら嬉々として泡を飛ばしてくるところだぞ。


「そんな肩がっくししてないで好きにしたら」

「好きにって……なにをだよ」

「学校行きたかったらいけばいいし、嫌ならひきこもれば」

「わかった、俺運動してえから学校行くわ」


 うわこいつ馬鹿だ。私なのに馬鹿だ。なんかやだ。そんでなんで男ものの学生服が居間に飾られてんの。だれだ、だれが用意したんだ。

 和解したのか問題を先送りにしたのか、このまま我が家に住むことになった渡部一家。名字を聞いたら「なべ」の一字が違ってたけど、あとは性別以外まるで一緒らしい。なに、向こうにも蛙とハスキー黒人がいたわけか。喜美ちゃんはいいけど、谷崎は嫌だな。

 しかし、誰かと一緒に登校するのが、まさか男の自分だとは。それにしてもあれだ、こいつ身体つきいいじゃん。


「ん、なんか付いてるのか? 服に」


 くそう、こいつ馬鹿だけど憎めん。顔の作りが一緒なのになんだその妙に爽やかな笑顔は。しかもちょっと背が高い、運動部なだけあるな。


「さあ、いつも通りなんじゃない?」

「いつもって、今朝見知ったばっかなのに……」


 知るか馬鹿、ああでもなんだ、世界はいつも通りで、天気もいつも通り晴れで、いつも通りな私なはずだけど、ちょっと胸がどきどきするじゃない。くそうペスのことを馬鹿にできないなこれは。とりあえず、うんそうだ、いつも通り喜美ちゃんと一緒に登校して、いつも通り谷崎と憎まれ口たたいて、いつも通り崩壊する世界だけど、いつも通りの私でいよう。


 この隣の馬鹿な私と一緒に——


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なにか一言感想ありましたらどうぞ
― 新着の感想 ―
[良い点]  何の説明もなしに、いきなり既に崩壊していて、更に読み進めるごとに崩壊しつづける世界。それに対して何の危機感もなく、のほほんとしている「私」たちの様子が楽しい。  いや、それでいいのか、と…
感想一覧
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