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兄妹

作者: suparagu8

会話練習系短編「兄妹」






俺の妹は頭が悪い。


リビングに寝っ転がって、ふと時計を見て、そう思う。


「にいちゃん、にいちゃ~ん、にーいーちゃ~ん!」


妹が廊下を駆けてくる。


「なあ、響華」


「? ……なんだ、にいちゃん!」


「……どうして時計の針が四つになってるんだ?」


金のツインテールを揺らし、目を瞑って、えへへと笑って頭をぽりぽり掻いている妹は、


「だって兄ちゃん、可哀想だよ、長針さんも、短針さんも、一時間に一度しか一緒に居られないんだよ?」


太陽のようなほほえみ、こいつ本当に中学生か?とういう目で俺は響華を凝視した。


「だからね友達を作ってあげたの!」


「なら……、これ今何時なんだ?」


ええと~、と時計をちらりと見て、にっこり笑う。


「十七時二十八分かな!」


ここは一体どんな公転周期の星なのか?


呟きなど聞こえていないのだろう


「どう!すごいでしょ~」


と笑って妹はえへん、と胸を張る。


「却下」




俺の妹は頭が悪い。


いや、うん、これはもう頭が悪いとかそういうのじゃないな、見えてる世界が違うんだろうね。







ありがちな住宅街の、ありがちな一軒家。


ありがちな子供だけの生活。


大学生三年生の俺こと雨谷修司は、中学二年生の妹、雨谷響華あまやびびかとありがちな生活を送っている。


最高に嬉しいことに、この妹のおかげで俺の生活に退屈の二文字は存在しない。


させてもらえないとも言うが。



「らめぇぇぇぇぇええええ、らめなのぉぉぉぉぉぉぉ」


居間でそんなことを叫びながら、ごろごろ転がっている、金髪のツインテ少女が響華。


近所の人が通報しかねないのでやめて欲しい台詞を叫んでいる理由は昔に聞いたことがある


「将来、誰かに捕まってあんなことやこんなことされたら、

ちゃんと「感じたくないんだけど無理矢理感じさせられている感じ」

が出せないと恥ずかしいでしょっ! にいちゃんってほんとばかだなぁ」



だそうだ。それ以来、定期的に妹はその練習をしている。


あったまとろけりゅぅうぅぅうううう、と叫んでいる妹を尻目に俺は冷蔵庫へと向かう。


この残念美少女な妹(妹を美少女という俺を軽蔑するか?しかし客観的評価だ、他意は微塵もない)


に構っていたら理性が幾らあっても足りない。



スカートとニーソックスが、居間のカーペットとこすれ合って痛い目に遭ったのか、


にぎゃー、という猫じみた声が聞こえてくる。




冷蔵庫を開けると、そこは雪国であった。


「どうしたことだ、これは」


一面の銀世界。


冷凍庫を開けるとなぜかそこが冷蔵庫になっていた。


妹の趣味は機械いじり。ふとそんな言葉を思う。



「響華ッ!!」


俺の怒声が家に響いた。







「にいちゃ~ん、待った?」



「ああ、待った、3時間もな」



「えへへ、そこはいま来たところだ、って言う箇所だよ、にいちゃん」



えへへ、と小熊のようなあどけなさに満ちている笑顔。


美人ではないが、全ての顔のパーツが小さく形よく象られている妹の姿は、

やはり客観的評価として美人であると言わざるを得ないだろう。

そんな俺と妹は今、町に買い物に出ていた。


「ねえにいちゃんミスド行こう!」


「却下」


「ねえにいちゃんマクド行こう!」


「却下」


「ねえにいちゃんラブホ行きたくない!」


「きゃっ……」



妹の頭をぽんと叩く。


「ん~?」


と上目遣いにちらちらとこちらを見る響華。


可愛らしいが、今の妹の発言で周囲からもの凄い目で見られている兄の気持ちも考えてもらいたい。



「知ってるにいちゃん!宇宙人のうんこってチョコソフトクリームみたいな形してるんだよ!」


やだこの子、頭おかしい。







妹の進路希望用紙を見る。




1 にいちゃんのお嫁さん!(花丸)





2 ひよこ鑑定士





3 退魔忍ヒビカ



とあった。

妹はひよこ鑑定士になりたいらしい。


1は無理だ、あの妹は完全な血縁、義妹とか連れ子とかそんなトンデモ展開は絶対にあり得ない。


3は……、せめて実在する職業を書いて欲しかった。。



妹に後で用紙を見せて、詰問してみると


「や~だっ、おにいちゃんもう駄目だよ、そんな嬉しそうな顔して」


事実無根である。


ひよこ鑑定士になぜなりたいのか聞いてみたところ


「私ぃ、カラーひよことかぁ、すーきーだーからぁ」


とギャル口調で言われたので、アイアンクローを決めて、物置に放り込んでおいた。



「退魔忍、退魔忍ならいいんでしょ! 

あたしどこからどう見てもダメダメな杜撰な計画とか立てられるよ!

触手の苗床にもなれますっ! 自信もあるよっ!」


うるさい。





妹と決闘することになった。


お互いに竹刀を持って、庭先に立っている。


ようはまあチャンバラごっこだ。


馬鹿な妹は定期的にチャンバラごっこをしたがる。


そういう年ごろなのだろう。



そういうわけで早速開始したところ、


妹がいきなり


「当然『鉄球』だっ!」


と言って、投石をしてきたのでそれが逆に俺の逆鱗にふれて、


妹が泣くまで竹刀でしばくのをやめなかった。



バンドエイドは妹に渡してはいけない、丸めて数珠つなぎにするからだ。


湿布を妹に渡してはいけない、それを思いっきり投げて壁に貼り付けるからだ。


流れるような金の髪に引っ付いた泥を、取りながら溜息を吐く。





「おれ、おれだよおれおれおれ」


「どちらさまでしょうか」


「にんじんが好きですっ! でもなすびはもっと好きですっ!」


俺は電源を切った。






妹は時折、憂いを帯びた瞳で、窓際に座る。


溜息を吐き、一人ソリティアに興じる妹は、

客観的に見て百人の通行人がいたら百五人振り返るほどに可憐である。


「家を……家を買おう、筑波に白い家を、

白い家を犬小屋としてお前に建てよう、そこでお前とゴリラを一匹飼おう……」


妹はそう呟いている。

黄金の髪を、ツインテールではなく、ロングにして、わざわざ鬱陶しげに払っている。


なにもかも意味が分からない。


妹は電波系であるか?と聞いたなら、客観的に見て百人の通行人が全員、目をそらすだろう。







妹になにがあったのか知らない。


ただ俺は馬鹿な妹が、狂気と電波の淵で一人孤独に戦っていることを知っている。


孤高をもって深淵に潜む獣と常に戦い続けているのだ。


妹は天才だ。


天才だった。



俺とは髪の色の違う妹は間違いなく天才だった。







「ねえにいちゃん!」


「あん」


居間のソファで二人してテレビを見ながら、せんべいをボリボリと食べていた。


「夏目漱石って夏目ローリングストーン?」


「石で口をすすいでるから違う」


しばらくして


「にーいちゃーん」


「あんだよ」


ピタっとくっついて、満面の笑みを浮かべる。


幼児体型のせいか胸の厚みは全く感じられない。


かわいそ。


妹は妙に甘えてくることがある。


理由は聞いていない。



10



「筋肉強化月間!」


バンドネオンを弾きながら、妹はそう言い出した。


どこで手に入れたのか、付けひげを付けてむっふーとか言っている。


「リベラタンゴ!」


「終わったら片付けろよ」


妹は金の髪を揺らしながら、なにが楽しいのか、笑いながら頭をぴょこぴょこと弾ませている。


妹は美人だ。


そして可憐だ。


客観的に見て、宇宙人もそう認めるだろう。



アイスの入っている筈の冷凍庫を開けたら。


そこにはなぜか鮭の切り身が一面に敷き詰められていた。


遠くから


れんきんじゅつ~

という声が聞こえる。


俺は頭を抑え、部屋に戻り、明日のゼミのレジュメの最終点検をすることにした。





11



「にいちゃん!」


朝起きると満面の笑みの妹が。


俺の部屋の扉の前に居た。


「密かに溜めてたポテトチップスの空き袋で作ったマイボートがあるんだけど一緒にレッツシー!」


「ボート部分はどうした」


満面の笑み。髪は何時になく黄金に輝いて見える。


「えへへ、おとうちゃんの部屋の本棚と机いらないかな、って!」


「いつ作った」


「裏のおじいちゃん昔は腕のいい大工だったの! 呆け防止に丁度いいからってやってくれたの」


「オールは」


「お母さんの植えた庭の木も全部いらないよね」


俺は自らの額に手をやる。


妹はにこにこと笑っている。


とても可憐だ。


客観的に見て、日本人の平均値よりも大きく上だと認めざるを得ない。



そして知らず知らず俺は呻いた。



数秒の後、俺は頷いた。





12



「ドーライブ! ドーライブッ楽しいな!」


ブオォォォォォン、と口で呟きながら、助手席の妹は世話しなく窓の外を見ている。


大工のおっさんが貸してくれた白い軽トラックには、

カルビーの宣伝かと思う程の大量の空ポテト袋の帆を装備した小型のボートがある。


妹は窓の外に釘付けだ、窓を開けて、風を浴びながら、外ばかりを見ている。


風にたなびく金髪のツインテールが煩わしい。


「なあ動くのかあれ」


「なんだいにいちゃんうたがってんのかい? もう~」


プンプンだぞっ、と呟く妹は、馬鹿だが天才だ、彼女の言うことに間違いはないのだろう。






そう、妹は天才だった。






母親が発狂するほどに。






車の外を見る妹が、いきなり大人しくなり、林の木々に名前を付けている。


「あれがモリゾー、あれがキッコロ、あれがピッコロ……」


何処か憂いを帯びた彼女の眼差しと横顔は、戦慄を感じる程に美しかった。




そう、妹は客観的に見て美人だった。





父親が思わず襲うほどに。




車のエンジン音。


響くのはそれと、妹の呟き声。



「愛に生き、愛に死す。

愛こそは至上、愛さえあれば何もいらない。

人は愛を受け生まれ、愛を返すために生きるもの……、 

近くの愛、遠くの愛、昔の愛、今の愛、これからの愛…… 

無上こそ至高、それこそをゲーテも、プラトンも……」



妹は、ただただ美しかった。





13




「にいちゃ~ん! はっやく! はっやく!」


遠く海の傍、白いワンピースを着た妹。


照りつける太陽、凪ぐ風、ゴミだらけ砂浜、汚らしい海。


映画のような綺麗な海は、一体どこにあるのだろうか。


「少し待て、船を降ろすのが大変だ」


「こわさないでよ~、にいちゃっ!」


こちらの気も知らず、海を見て笑い、波に足を差し込みまた笑っている妹。



「ふんっ、っと」


船をどうにか降ろす。


まるで一人乗りの船。


とてもじゃないが二人では乗れそうにない船。


おんぼろで、手作り感が満載な、ツギハギの船。



それを押して水辺まで行く俺。


妹は一人、砂遊びをしていた。


いつの間にか髪を解いている。


黄金で造られた糸のようなその髪は、潮風に棚引いてる。


「なあ」


「んー?」


「どうして船を作ろうと思ったんだ?」


妹はしばらく考えて


「太陽が眩しかったから」


と答えた。


「は」


と俺が笑うと。


「嘘じゃないよ、ほんとに……。

ただ、そう、ただ…………。 

理由なんてないんだ、ほんとになんとなく海に出たいなって」


本当に、それだけなんだ。妹はそう呟いた。




14



「よしっ、出航準備完了だぞにいちゃんっ!」


そう言って笑う妹と、遠く海を見る俺。


「なあ」


「なんだいっ、兄ちゃんっ!」


「どうやって乗るんだ?」


そんなの決まってるよ、とポテチの空袋のざわざわという音にかき消されながらも妹が言う。


妹は、母の植えた木々を切り倒しより合わせたオールを二本、俺に渡した。


「俺が一人で乗るのか?」


「んーん」


妹はしかし、俺を、父の部屋にあった全ての家財を壊して作った船に乗せた。


「しかしいい仕事してるな裏の家のじいさん」


そう呟いた俺が一人船に乗り、座ると、ポテチ船は満員になった。


ここからどうするのだろうと思っていると、妹が船を押し始めた。


非力な腕、貧弱な体躯。金の髪も潮水に濡れ、服も水を吸って重そうだ。


押すのは、なにもかもがツギハギだらけのぼろい船。


それを自分だけの力で、渾身の力で押し続ける。


兄の重みも引き受けた船を、妹は全ての力を込めて押し出した。


船は動き出す。船は進む、船は水に漬かる。 


船は浮き、引き潮に合わせ、船は出航する。


妹は駆けて、泳いで、船に乗り込む。


座る場所は、俺の腰の上。


俺に背を預けるように、客観的に見て世界で一番美しい妹は、俺の顔を下からのぞき込むように見る。


その時、風が吹き、後押しされるかのように、船は沖へと進み出す。


「本当に機能したよ、ポテチ帆……」


「言ったじゃない、兄さん」


数年前までの妹のような口調。金の髪を俺の背にこすりつけて水分を拭いている妹。


信じてなかったの? と言いたげな妹から顔をそらし、向い側、波を送る沖を望む。


風の後押しを得て、船は進む。


波にも負けないように、俺も手製のオールを漕ぐ。


妹はにこにこ、と笑っているが、一言も喋らず大人しい。



15


気付けば大分進んでいた。


どこまでも行けそうな、そんな気分だ。



「どこまで行くんだ?」


「わからない……」




妹はそう呟いて、全体重を俺に預ける。


濡れた髪ももう乾いていた。


狭い船、奇妙に温かい体温と体温。


俺は妹の邪魔をしないようにオールを漕ぐ。


上からはポテチの袋が、俺はここにいるぞ、と音を響かせている。




「どこまで行きたいんだ?」


「わからない……」


妹は目を細め、水平線を見ている。


後ろに振り向くと、まだ陸が見える。


俺たちは着実に、沖へと進んでいる。


「なあ響華」


「なに修司」


「疲れたか?」


「ええ」



妹は無表情、俺も無表情。


天才だった妹は、目を細め、薄く笑う。


「疲れた」



響くのは波の音。遠くから海鳥の鳴き声、車の音。


もうすぐそれも聞こえなくなる遠くに、このままこの船は行こうとしている。


「ならもう終わりにするか」



妹は笑顔、俺も笑顔。


客観的に見て地球史上最も美しい妹が、俺に背中を預け、目を瞑っている。


「それもいいわね、兄さん」



船は進む、沖へと進む、終わりへと進んでいく。


「そうか」


「そうよ」


「もういいのか」


「ええ、もういいの」


俺は海の向こうを見る。


なにもない、あるのは空の蒼と、海の碧。


白い雲がせめてもの慰めだ。



「ちょっと眠っていい?」


膝の上、背を預ける妹の言葉。


たなびくポテトチップスの帆。


海を掻く母のオール、突き進む父の船。


妹の枕たる俺



「ああいいぞ」


「おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」




俺は船を漕ぎ続ける。


妹は眠っている。


船も何時か終わるだろう。


俺は船の終わるその瞬間まで、船をこぎ続けていたいと思った。


それが、俺に出来る、せめてもの贈り物なのだから。


なにもしてやれなかった一人の兄の、情けない罪滅ぼし。


これぐらいのことしかできない自己嫌悪。



気付いたら涙を流していた。


「いいわよ、兄さん、気にしなくても」


眠っているはずの妹がそう呟いた。


妹の顔に涙を流し続ける兄と、


兄の涙を受け止めて笑う妹を乗せた船は、


進み続ける。



どこまでも、どこまでも。













おしまい











おしまい、読んでくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かった。 しかし、何があったのか……。
2012/12/27 21:20 退会済み
管理
[一言] 妹の突拍子もない行動にクスリと笑いました。 とくに、7の「――ゴリラを一匹飼おう……」 が個人的に気に入りました。 父母が書かれた時点から妹に対する見方がガラリと変わり、思わずそれまでの妹…
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