帰り道
でも、拓己に会った瞬間、今まで無感情がウソみたいに感情が溢れだして、怖くて、怖くて、泣きたくなった。
「あはっ、拓己……。」
そう言って手を振ったはずなのに、顔はくしゃくしゃだった。
「ごめん。まさか最後の最後で間違えるとは……。」
拓己がそう言ってすまなさそうにしているところに私は拓己の腕へと突っ込んだ。
恐かった。
無感情で、気持ち悪いなんて、思っていたけど、あんな些細なことでも怖くて、怖くて仕方なかった。
私にナンパしてくる人は私のカラダしか目当てじゃないんだから、体をじろじろ見られるのは当然なんだけど、嫌で、嫌で、仕方なくて。
本当は、こんなに恐かったんだ……。
泣きそうになる私を拓己はおろおろしているばかり。
本当は抱きついてしまいたかった。
でも、人目を気にして私は腕に突っ込んだんだけど、それでも拓己は驚いたみたいだった。
私はすっと離れると、今までの事を拓己に話した。
拓己は苦笑しながらただ私の話を聞いてくれた。
それから、最後に、「そんなときに迷っててごめん。」とも付け足してくれた。
別に拓己が悪いわけじゃない。
それを笑い話にできない弱い自分が悪いだけ。
拓己は「ここじゃなんだし、もう時間なくなっちゃったけど……どっかいく?」と私に言った。
もう、どうでもよかった。
私は拓己と居たかった。
だけど、池袋に来てそわそわしている拓己を目の前に、「どこにもいかなくていいから、一緒にいて。」なんて、言えなかった。
仕方なしに、「サンシャインでも……いく?」とつぶやいて、私たちは歩き始めた。
体当たりした拓己の腕は、暖かくて、ああ、生きているんだと実感できた。
そばにいて、触れることが出来るんだと。
電話ごしに聞いた声でも、寄り掛かったときの冷たくかたい壁でもなく、その温かさが嬉しかった。
二人で歩きながら、フラフラと揺れる拓己の左手を取るか取らないかで、私は何度も悩んだ。
もし、暑くなったり欝陶しくなったら?
汗かいたら?そんなことばかり気にして、結局、私達は手をつなぐことさえできなかった。
去年より拓己の身長は伸びて、五センチヒールを私がはいているにもかかわらず、また少し、目線が高くなった。
ちなみによく誤解があるんだけど、道ッ子だからってみんながみんな肌が白い訳じゃないし、島ッ子だからってみんながみんな肌が黒いわけじゃない。
だから拓己は普通にほんのりと日焼けしてるし、私は肌の色はわりと白かった。
東京にいても真っ白な男と真っ黒な女、なんて目だちはしないのだ。
クーラーのガンガンかかった建物内は、外に立っていた私には少しばかり冷たかった。
とくに何をするでもなく歩きまわって、話をして、笑いあって、やがて時間が来て、数時間の出会いが終わる。
帰り道、途中まで同じ山手線に乗り込んで、私は時間があるので、内回りだろうが外回りだろうが関係なく、拓己といた。
でも拓己はすぐに電車から降りて、流されていく人込みのなかに、手を振ることさえできずにいなくなった。
バイバイ……。
やっぱり、もう少し……一緒に居たかったな……。
そんなことを思いながら、空いた席に座って、手摺りに寄り掛かっていた。
あっという間に人は流れて、当たり前のように電車は発車し、私と拓己の距離を遠ざけていく。
寂しい……なんて、思っちゃいけない?
会えただけでも、満足しなきゃいけない?
でも、おとぎ話の織姫と彦星でさえ、夕方になれば朝になるまでの10時間か、11時間くらいは一緒にいられるのに……。
1人で寂しいと思いながらとぼとぼ帰る。
“会えて楽しかったよ。”
“わざわざ遠くから来てもらってありがとう。”
“東京の池袋なんて無茶言ってごめん。”
メールでは寂しいなんて一言も言わなかったけれど、ずっとどこかで切ない想いをしていた。
でも、そんな事言って、拓己を困らせちゃいけないよね。
きっと拓己は、寂しいなんて……思ってないんだろうな。
今ごろたくさんの人に押されて疲れてる頃かもね。
すると、ふと笑えたので、そう思うことでその気分を乗り過ごした。




