トモ[5]
「トモ、時間がかかるって言ってたのに」
部屋でぽつぽつと愚痴をこぼしていた。トモが来なければ、昔の記憶を思い出したかもしれない。
昔の記憶。とても良いものではなかった。本当の母と父は死んでいる。僕のことを心配してくれた母さんは、本当の母ではないし、本当の父はいない。
僕は誰なんだろう?
本当ってなんだろう?
本当の父ってなんだろう?
本当の母親ってなんだろう?
今度、聞いてみるしかない。記憶を取り戻すための手がかりになるはずだから。
「飲み物と菓子はどこかな?」
着替えを終え、トモのいるリビングへと移動した。
「やっと着替え終わったのかよ」
「うん。少し待っててなにか出すから」
「別にいいよ。まあ出したいなら出してもいいけど」
「うん」
台所を探す。漁っていると、冷蔵庫の中に麦茶。食器棚の下にポテトチップスを見つけた。
「今からなにをしようかな?」
僕は麦茶をテーブルの上に置き、訊ねた。
「誘っといて考えてないのかよ……まあいいや。ビデオでも見ようぜ!」
リュックサックの中から荷物を取り出した。
「何の映画かな?」
「それは見てのお楽しみ」
ビデオデッキにビデオを入れ、再生した。
映画の予告が終わると、冒頭から人が死んでいた。一人じゃない、何人も何人も。何十人もの血が一箇所に集まり、血の海を作っている。愉快そうに笑っているキャラクターがいる。キモチワルイ。
「止めないかな?」
「まだ始まったばかりだよ。さっさと集中集中」
カーテンを閉め、電気を消した。嫌でも画面を見るしかなかった。怖い。僕は目を瞑っていた。でも映像がなく、音だけの方が堪えたので、目を開けて観る事にした。
ホームドラマみたいなのが始まっていた。
「とても楽しそうだね」
「ああ」
トモは瞬きをせずに、画面を見つめていた。好きな映画なのかも。
この映画はごく普通にあるサスペンスホラーものだった。ドクロの顔のお面をつけて、次々と人を殺していく。動機は何もなく、理由もなく殺戮をしていた。見始めてから10人の人間が殺された。
怖かった。赤く鮮明な液体がドバドバと。見たくないものだった。
トモが一生懸命観ていたから、僕は口を出すことができなかった。
あるシーンにきた時、嫌な予感がした。身体がゾワゾワとして鳥肌が立った。見るなと頭が忠告していたのに、僕はそのまま見続けていた。
「ここが見せ場だな」
コップの中に入っている氷を噛み砕き、呟いた。
「そう」
僕は頷いた。
「助けて、助けて……」
女の人がドクロ人間から逃げている。
「こっちに来ないで、お願い……」
「………」
追い詰められたのか2階へと逃げていった。
「助けて……」
ドアを開けると、そこには小さな子どもが1人。
「お願い。私を殺してもいいから、この子だけは助けて」
「………」
ドクロ人間は静かに頷いた。そして、ブィィィィッィィイン。女の人にチェンソーを突き出した。血が、びしゃ、ぶちゃ、どしゃーと溢れる。小さな子どもは目をひん剥いている。あまりのことに泣くことができていない。恐怖を、怖さを感じている。
心臓の音が早くなっているのが分かる。
「………ママー」
子どもは泣き叫び、返り血を浴びたドクロ人間は動く。子どもを引き裂いた。
「ああぁ」
助けてと懇願したのに。頭が痛い。胃がムカムカする。キモチワルイ。
僕は意識を失った。
**
ぐちゃぐちゃぐちゃ。びゅゅるるるるるるう。どくどくどくどく。びりゅりゅりゅりゅりゅりゅ。
**
意識がどんどん戻ってくる。目を開けて周りを見渡す。
「うわぁぁあああ」
床が赤で彩色されている。赤赤赤。流れていた。
何処から?
身体を確認する。怪我はなかった。
他人から?
まずここはどこだろう。
頭が混乱している。白く、モヤモヤしている。
一回落ち着こう。すぅー。深呼吸をする。よしっ。
周りの風景を見ると、自分の居間にいるということが分かった。
何で僕の家に?トモの家に行ったんじゃないのか?何で僕はまず寝ていたんだ?
自分自身に問いかける。僕の手には包丁があり、今から玄関にかけて赤い血痕が続いている。
誰の血だ?
僕は玄関に足を運ぶ。
「トモ―――!」
倒れていた。血の水溜りの中心にトモはいた。
「トモ、トモ、トモ……」
僕は何回も呼びかけた。
「何が……ここで何があったの?」
身体が赤く染まるなんて気にせずに、訴えていた。トモは目を開けない。
「トモ、トモ、トモぉ……誰がやった……んだよ……」
僕は涙を零し、呼びかけていると、「お前だよ」と、トモが答えた。
「トモぉ!!大丈夫?」
「……血が出すぎた……ごふっ……俺はもう死ぬよ……」
声が擦れて上手く聞き取れない。耳を口元まで持っていく。
「死って意外に……怖いもんじゃな……いなぁ、昔から……望んでいたか……らなのかも……しれないけど」
「もう喋るなよっ!」
僕の声は聞こえていないのか、ぼそぼそと続ける。
「お前がこの世で……一番の友達だ……と思う。けれども、世界で一番……お前が…キライ」
声が止まる。
「トモ、トモ、トモ!!!」
僕は揺さぶり続けた。意識が戻りますように、また会えますようにと。
「起きろよ、起きろよ!!うわぁぁああああああああああああああぁっぁぁぁああ」
僕は鼓膜が破れるくらいに全力で叫んだ。トモのいないこのセカイで。