トモ[4]
給食はトモたちと一緒に食べることになった。さっきは非難されていたけど、今は仲が良さそうに楽しく喋っている。勢いでああなっただけで、本心は別の場所にあるのかもしれない。
「どうした?食欲もないのか?」
僕がぼけーっとしていると、トモは心配そうに訊ねてきた。
「ああ、うん。大丈夫だよ」
「さすがに食べ方は覚えているよな。こう、がーっとだな」
ご飯を口の中に注ぎ込む。あっという間になくなってしまう。
「へへっ」
無邪気に笑っている。僕は、なんと言っていいのか分からず、呆然としていた。友情って言うのかな。トモを友人に持てて、僕は誇りに思う。
想われて、心配されて、迷惑をかけて。
給食のあとも僕に付きっきりだった。トモ以外の子も気遣ってくれた。自分で言うのもなんなだけど、僕の人望はこんなにも厚かったのかな。
たくさんの人間が早く、記憶を戻って欲しいと願っている。記憶のない僕が必要とされているわけでは決してない。
「みんながいてくれるから安心して」
僕だった人間に話しかけてくる。僕は、今の僕は、誰からも求められていない。
ホームルームが終わっても、記憶が戻ることはなかった。何一つ思い出すことはできなかった。
「どうした?そんな暗い顔をして」
俯いていた僕に声をかけてきた。
「いや、どうしたら早く記憶を取り戻せるかなって……トモとかみんなに迷惑かけてるから……」
言葉が詰まる。まさか、このままでいたいなんて言えない。
「うーん……まぁ、そのうちに思い出すだろ。つまんない顔してないで遊ぼうぜ。放課後だって、ずっとあるわけじゃんだからなっ!」
「そうだね。急がないと終わっちゃうね」
僕ではない僕の時間は決して有限ではない。タイムリミットが刻一刻と迫っている。
「そうだろ!早く行こうぜ」
僕はランドセルを背負い、教室から出て行った。
**
ブランコで靴飛ばしをし、ひと気が薄くなっていた。遊んでいた友達も続々と帰っていく。
「一緒に帰ろうぜ?」
一回転しそうなくらい、猛スピードを出していた、トモが言った。
「えっ?でも、トモの帰る方向と逆だよ」
「気にすんなよ。いつもそうしていただろ」
「そうなの?……じゃあ、帰ろう」
正反対に位置する人間が普段から一緒に帰っているわけがない。トモに負担をかけている。僕はなにもしてあげることができない。なにか恩返しをすることができればいいけど。
あっ!
「トモって、今日は暇かな」
「うん、暇だけど」
「じゃあ家に来ない?今日は母さんが用事があるから、家を空けるって」
「おお、いいのか?遂にお前の家に行けるのか」
「うっ、うん」
目をキラキラさせている。嬉しいことなのかな。
「じゃあ、どうしようかな。俺ん家に寄ってから、トモの家に行こうかな」
先ほどの発言を撤回していた。
「うん、そうしたらいいよ」
「朝みたいに迷子にならないよな?」
冗談っぽく、肩を叩いて聞いてきた。
「大丈夫だよ。一人で帰れるよ」
頭の中では、正確な地図を作り上げることができなかった。でも、大丈夫。道路はどこまでも続いているのだから。
「そっか。なにか持って行くから、少し遅くなるかもしんないから」
「うん、分かった」
「じゃあなぁー」
「またね」
僕たちは別れた。
僕は家に帰ることになった。迷わずに帰れますように、と、あやふやな記憶を頼りながら歩き出した。
**
さんざん迷ったけれども、家には無事にたどり着くことができた。今日で順路を覚えたから、明日からは迷わずに進むことができると思う。犬には吼えられないように気をつけなくちゃ。
まるで幼稚園に戻ったみたいだ。迷子になり泣いていると、よく母さんが探しに来てくれた。母さん、懐かしい。
母さん?母さん!?……ママ?
頭がズキリとした。
「どうしたんだろう」
――母の死。赤い血。僕を見守る母。最後の笑顔。
キモチワルイ――シニタクナイ。
「なんだ、なんだ?」
覚えのない記憶に襲われる。
――交通事故。車。暴行犯。
この人は誰?
若い男の子が、いや男性が思い出される。
父さん?父さん!?……パパ
――赤い血。銃。正義。純粋。父の背中。
「パパぁ!」
「なにを言ってるんだ」
目の前にはトモが立っていた。
「パパとかママとかどうしたんだ?」
「あっ……」
ここはどこだろう。僕の家の前だ。まだ家には入っていない。家に帰っていたら、急に頭痛がしたんだ。大切で怖い、なにかを思い出そうとしていた気がする。輪郭がぼやっとしてしまい、もう思い出すことができないけど。
「少し待ってて……なんなら上がってて」
「そうさせてもううつもりだ」
「来るの早かったね」
「お前がぼけーっとしていただけだよ」
「そうだね」
どちらにしろ恥ずかしいことに変わりはなかった。ポリポリと頭を掻く。
「鍵はどこにいったかな」
ポケットを探ってみた。見つからない。
「ランドセルの中だろ」
「そうか」
ランドセルを調べてみると、トモの指摘どおり、見つかった。
家に入ると、目を輝かせているとトモがいた。
「あんまり、いじらないでね」
目をキョロキョロさせている。変わったものがあれば、すぐにでも触って遊び倒しそう。
「別に気にするなよ」
「っはあ」
溜め息を吐いた。
僕の家は、普通の家だ。お金持ちでもなければ、貧乏でもない。曖昧な記憶がそう告げているのに、トモの顔を見ていると、変なのかな。よく分からないや。
「じゃあ、上で着替えてくるから、リビングで大人しくしていてね」
「了解」
僕は2階に上がり、部屋と向かった。