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spiral  作者: 井伊 友野
2章
2/8

あなた、あなた…。

私はしばらく、あなたが死んでから何も考えられなかった。警察署の方からは、多額のお金が支払われ、「この度は、申し訳ないことをした」と謝りにも来た。命を落とした代償として残ったのはお金だけ。

恨みたい犯人だって、もうこの世にはいない。

ねぇ、聞いてる?

私はどうしたらいいの?

息子一人をあなたなしで、育てられる自信がないわ。父のいない息子は不自由を強いられることでしょう。私の愛情だけで、息子は成長してくれるかしら。

この世から生きる感覚がなくなった気がする。

食べることも、着ることも、どうでもよくなっちゃった。

愛する人を失う。いずれはその経験をすると思っていたけど、こんなにも早いなんて。

朝の「いってきます」の言葉が最後になってしまったわね。

最後、終わり、永遠。

あなたのせいよ、目が赤くなっちゃったじゃない。涙の出し過ぎね。

でも、止まらないわ、止められない。

私は、どうしたらいいの?


**

私は夫が居なくなってから、一度、実家へ戻ることにした。ここにいても、今までの貯金と多額の謝罪金があったので、生活を続けることはできたと思う。

けど、ダメね。私の精神が参っていた。

まともに家事や教育をやりたくなかった。

私は疲れていたから、息子を連れて、帰郷することにした。

「パパ、帰ってこないね。どこに行ったの?」

電車に乗っている時に、息子が尋ねてきた。

「パパはね、少し遠い所におでかけしちゃったの。しばらくは帰ってこないのよ」

「パパと早く遊びたいなぁ」

「………」

涙がポロポロとこぼれ落ちる。息子の前では元気なママでいようと思っていたのに。

「どうしたの?ママ?」

「なんでもないのよ…なんでも」

私は息子を抱きしめた。私がいるからね。

「そろそろ着くわよ。降りる準備をしようね」

「は~い」

息子は鞄にオモチャをしまった。

「私がいるから」

ボソリと呟いた。

電車から降りて、バス停へと向かった。私の家は駅から30分電車を乗り継いで行くことになる。どこにでもある田舎町。

「ただいま~」

私は家に入ると、母に驚かれた。

「あら、どうしたの?」

「少し疲れちゃったから戻ってきたの。急に来たけど大丈夫だった?」

「当たり前でしょ。あら、こんにちは」

母は息子に気づいたのか、挨拶をした。

「こんにちは、おばあちゃん」

「可愛いわね。これくらいの年頃が一番可愛いときなのよ」

小さな私を思い浮かべているのかほくそ笑んでる。

「おばあちゃん、トイレに行ってもいい?」

もじもじしながら聞いた。

「それは大変。すぐそこよ」

息子と一緒に案内をする。

「急がないと漏れちゃう、漏れちゃう」

扉を閉め、母はこちらに振り返った。

「いいわよ」

「えっ?」

「しばらく泊まっていきなさい。ゆっくり体を休めて、元気なママに戻らないと」

「ありがとう」

母は私の行動などお見通しだった。私はその言葉に甘えることにした。


**

私は実家にお世話になることになった。母は還暦を迎えている。この間、電話で「物忘れが激しくなってね…」と、私にぼやいていた。

私の父は、既にこの世から去っている。母は今、一人で生きている。

「私と一緒に暮らさない?」と聞いたことがある。母は「お父さんの家だから、離れたくないの」と言い断られた。

父は、私が成人を迎える前に亡くなってしまった。父との別れにも、涙をこぼしていた。ガンの病に蝕まれた父。病院へ見舞いの度に、やせ細り、活力を無くしていた。見たくはない姿。ご飯も喉に通らず、点滴だけの生活を余儀なくされている時に、私は思った。いや、看病に来ていた人は思っていた。

(先がもう長くない)

父は最後にこう言ってくれた。

「幸せになれよ」

簡潔な言葉だった。不器用な父は、きっと短い言葉しか思いつかなかったのだろう。

お父さん、私は元気を無くしているけど、大丈夫。また立派なママに戻って帰ってきます。

仏壇の前でそう思いながら、私は手を合わせていた。

「こっちにはどのくらい滞在するつもり?」

母が後ろから話しかけてきた。

「うんと…」

目星はついていなかった。心の整理が終わるまで。

「わからない」

「そう。半年くらい居てもいいのよ」

半年。その間には、自分の心に決着をつけないといけない。

「ゆっくりしていきなさいよ」

「それ、さっきも聞いたよ?」

母は少しハニカみながら笑った。

私はこれからどうしようか。少し考えることにした。


**

「こんにちは~」

「あら、来たのね」

突然の来訪者。この声は、もしや。

「おじゃまし…久しぶり。元気にしてた?」

「ええ、元気だったわよ」

彼女は昔からの知り合いで、私の幼なじみである。時々、母を訪ねて手伝いをしてくれる。心配である母を彼女に任せていたから、向こうでも安心して生活ができた。

「昔の馴染みが戻ってきたし、まずはお喋りでもねえ」

紅茶を用意し始めた。

「何でも知っているのね」

「そりゃ、毎日来ているようなものだし、自然と覚えちゃってねえ」

彼女がコタツに入り、世間話をすることになった。話したことは些細なことだったけど、馴染みの顔と束の間の休息を楽しむ。自然と笑みがこぼれていた。

「あ、そろそろ夕食の時間ねえ。子供がピーピーうるさいからお暇しますか。またねえ」

「いつでも待ってる」

彼女は帰って行った。これから顔を合わせる機会が増える。楽しみが1つ増えた。


**

私は実家で半年程度、休養を取っていた。ただこのまま甘えてはいけない。私とあなたの家に戻ることにした。

戻ってからは、息子を幼稚園に入れた。

今でも元気にやっています。あなたは今でも元気ですか?

仏壇の前であなたに話しかけた。

あなたがいなくなってから、私は仕事を始めたのよ。会社の人たちと上手くやっている。仕事もだんだんと慣れてきたし、順調に働いているわ。

ただ1つ、心配なことがあるの。それはね、息子との時間が減ってしまうこと。朝の送り届けはできても、夜のお迎えが遅くなることが多くて寂しい思いをさせている。

私はしっかりとママをやれている?パパの不在を補えている?大丈夫よね?

大丈夫だと思って、仕事に出かけた。

「ねえ、ママ。動物園に行きたいの。ゾウさんやキリンが見たいの」

自動車で送り届けている時に、息子が話しかけてきた。

「今度の休みに動物園に行きましょう」

「本当に!?やったー」

とても喜んでいる。楽しそうにしているのは久しぶりかもしれない。そうね、私の都合で引っ張り回していたっけ。

そして休日。私は準備をして、早めに動物園へと向かった。

私は浮かれていたんだと思う。絶対にはやっていけないことをしてしまった。

歩きで動物園へと行っている途中。信号が青から赤へと変わろうとしているときに、息子が急に走り出した。

「ちょっと信号を無視しちゃダメよ」

目を離している内に、危ない。すぐに引き戻さないと。

「戻ってきなさい」

トラックが猛スピードで来ている。

「ダメ」

私は走りだし、息子の元に。トラックは私たちに気づかずに、突っ込んでくる。

キキッー。

大きなブレーキの音。

ぶつかる。息子だけは守らないといけない。

ブシャァァァ。

トラックの動く音が止まる。

息子は、怪我一つもない。良かった。

ドクン、ドクン、ドクン。

カラダジュウカラチガデテイル。

「ママ?どうしたの?ケガしているよぉ」

「大丈夫…よ」

声が上手く出せない。私の右側が失われている。

トラックの運転手は、飛び出し、携帯電話を取り出し、連絡をしている。きっと救急車を呼んでいるんだろう。

意識が徐々に薄れてきている。体全体が震えている。寒い。

「ママが…いなく…なっても…一人で…がんばれ…る」

頭が働かない。出血の量が尋常じゃない。血の海ができている。

「強い子…だもの…だって…私…と…あなたの…子…だから」

息子は、どんな顔をしている?見えない。

ごめんなさい。最後に抱きしめさせて。ごめんね。

私はあなたのところに行きます。

待っていてね。


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