あの顔が、忘れられない
ぼくシリーズ第一弾
ぼくは風邪を引いた。
はやく治すために、たくさん寝た。
ふと、目が覚めたら、お昼をすぎていた。
誰もいない。
ぼうっとした頭に、それが最初に浮かんだ。
布団からでてみた。
何かがしたかったわけじゃない。
意外と体が軽かった。
服もさっぱりして、気持ちよかった。
頭がぼうっとしてた。
それが気にならないほど、前に行けた。
階段で体がよろけた。
手すりがあってよかったと思う。
ちょっとぶつかったけど、痛くない。
リビングにも、台所にも誰もいない。
お父さんはやっぱり仕事でいないんだなと、思うぐらいだった。
なぜか、水が恋しくなってきた。
蛇口をひねると、水がしゃーとたくさんでてきて、シンクにどんどんとぶつかる音がした。
無性にそれがよかった。
次に、すくってみた。
そして、顔にかけた。
まだ少し熱い顔が、冷えていくのを感じる。
気持ちいい。
水がしたたり落ちる。
それからぼくは、ぼうっとした頭で、突っ立っていた。
後ろで音がした。
振り向くと、お父さんが立っていた。
変なものを見るような目をしていた。
ぼくはのろのろと近づいた。
頭がぼうっとした感じが、少し強くなってるみたいだった。
お父さんの顔にふれた。
ぬれた手が、じんわりとお父さんの体温を感じ取る。
お父さんがちゃんといる。
そう思うと、ぼくはお父さんを通り過ぎた。
…………記憶はそこで、とぎれていた。