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だしぬけにファラとムルスが眼前に現れて、驚いたのは和彦もフォウも同じだった。
「な、何しにきやがった、てめえら!」
和彦がジープに急ブレーキをかけるのと、フォウが目を吊り上げて助手席から飛び降りるのがほぼ同時。
地面に着くよりも早く、フォウはマッチを取り出して戦闘の準備に入っている。
「ま、待て! 違うのだ!」
慌ててムルスが両手を振った。
「我々は闘いに来たわけではない!」
「闘いではない、だとお?」
そこは村から町へ至る長い山道の途中だった。
両側が切り立った崖に挟まれた谷間の、舗装もされていない小路である。ムルスとファラはその道のど真ん中に立ちはだかり、和彦たちを待ち受けていた。
とはいっても、和彦たちも毎日この道を行き来しているわけではない。いったい何日、ここで待っていたのだろうか。特にファラのほうに、疲労の色が濃く見えた。
がば、と急にそのファラが地面へ膝をついた。
「な、な、なんだあ?」
フォウがうろたえた。
擦ろうとしていたマッチを右手から左手へ持ち換え、結局はまたポケットにしまいこむ。途方に暮れて和彦を振り返り、またファラに視線を戻した。
和彦も運転席から飛び降りた。
二人の前で、ファラは額を地面にすりつけた。
「頼む、リューン・ノア! どうかアイザス様を助けてほしい」
「はああああ!?」
フォウが目を丸くした。
「アイザス・ダナを? 和彦さんが助ける? いったい何がどうなって、そんな奇妙奇天烈な話が飛び出してきたんだよ?」
「そ、それは、だな」
平伏したまま動かないファラの代わりに、ムルスが話を始めた。
自分も和彦たちの前へ進み出て片膝をつき、その広い背中でファラをかばう。
ジヤメリンの狙う異世界の宝。アイザスがそれを横取りしようとしたこと。奇妙な自然を持つ異星。そこにあった不思議な塔と、危険な生き物。アイザスがその生き物に囚われたこと。
ムルスはとうとうと語った。
聞けば聞くほどフォウの目はまん丸になり、和彦も困惑するばかりだった。
「それで?」
しかめた眉を指でつまみながら、フォウが言った。
「なんで和彦さんなんだよ?」
「リューン・ノアの腕輪の力があれば、アイザス様を助けることができるというのだ」
「誰がだよ?」
「デュアル様の配下の、魔術を使う世界からやってきた巫女の宣託だ。己の名にかけて誓うと、巫女は保証した」
「あーあーあー」
フォウが天を仰いで呻いた。
「名をかけて、ときた。そんな見ず知らずの女の名前なんか、和彦さんとなんの関係があるんだよ? しかも、助ける相手はあのアイザス・ダナだっていうんだろう? よくもそんなこと、恥ずかしげもなく頼みにこられたもんだ」
「小僧!」
急にムルスが激高した。
跳びあがるようにして立ち上がるなり、フォウの胸倉を掴む。額をくっつけんばかりに顔を近づけ、すごんだ。
「俺はともかく、ファラ様を侮辱するのは許さんぞ! ファラ様がどれほどの思いを抱き、恥を忍んでここにやってきたとお思っているのだ!」
「そんなの俺たちの知ったことかよ!」
「フォウくん!」
脇から和彦がたしなめた。
「ムルスも、やめるんだ。争いに来たのではないと言ったのは、お前たちのほうだろう」
もっともなことを言われて、ムルスはしぶしぶフォウから手を放した。
フォウは大げさに襟元を直し、自分より頭ひとつは大きいムルスの巨体を睨み上げた。
睨みあう二人に、和彦は溜息をついた。
ファラの前にしゃがみこみ、目線を合わせようとする。
「教えてくれ、ファラ。お前は……」
言いかけて、和彦は驚きに息を飲んだ。
「フアラ!? その目はどうした?」
「目、だって?」
フォウもファラの顔をのぞき見た。
ファラは怒ったような顔をして、右目を覆っていた髪の毛をぐいと掴んで引き上げた。そこには、ひきつれた醜い穴があるばかり。つぶらな左目が、そのグロテスクさをいっそう際立たせている。
「ファラ様は、代償を払った」
語尾を震わせて、小さな声でムルスが言った。
「デュアル様の加護のない者がその星で生存することはできない。だからといって我々に、リューン・ノアの手から腕輪を取り外して持っていく術もない。お前ごと連れて行くしかないのだ。ゆえにお前の身柄はその星にいる間、デュアル様の巫女がその魔術によって保護される。お前に危険はない。だから……頼む」
「まさか」
和彦も小さな声で呻いた。
「僕に施すというその魔術と引き換えに、ファラは片目を巫女とやらに差し出したのか? アイザスを救いたい一心で?」
「……それのどこが悪い」
うつむいたまま、ファラが吐き捨てるように言った。
「リューンの武人として、当然のことではないか。我らは己の仕える主君に永遠の忠誠を誓った身。主君のためならば命でさえ惜しくないのが我らの生き方と、リューン・ノアも知っているはず。ましてや、たかが片目。私の片目ごときでアイザス様を助けられるのなら、安いものだ」
和彦もフォウも、その激しい言葉に気を飲まれた。
ついさっきまで文句を言っていたフォウのほうが、より強く衝撃を受けていた。
なぜなら、その場の全員がわかっていた。
ファラはそれを忠誠心というが、彼女の抱くその思いには、本当は別の名前があるということを。
先に降参したのもフォウのほうだった。
「……条件がある」
さきほどとは打って変わった優しい声で、しかし断固として言った。
「俺も一緒についていく。その条件なら、お前たちが和彦さんをろくでもない仕事に担ぎだすことに、俺も賛成してやる」
「ふ、フォウくん!」
「止めても無駄だぜ和彦さん」
こうなったら絶対に聞かないという、いつもの頑固な表情となってフォウは和彦を正面から見つめた。
「俺たちはいつだって一緒だ。それが危険な場所ならば、なおさらだ。俺は絶対についていく。もちろん」
と言って、少し悪戯っぽい顔になって。
「和彦さんがどうしても嫌だっていうんなら、その意志は尊重するけどな」
「フォウくん……」
あんたは自分の異母兄弟を放ってはおけないだろうと、フォウの目が語っている。その強い瞳の力に、和彦はいつも圧倒されてしまう。
実のところ、自分にそれほどの善性があると和彦は確信しきれない。もしかしたら、アイザス・ダナの生死など自分には関係ない、どうでもいいと思っているのかもしれない。かつては自分自身の生死でさえ、どうでもよかったのだから。
けれどもフォウは和彦の善性を信じている。
そうして、フォウが自分と同じ立場だったら、アイザス・ダナがどんなに腹立たしい相手であったとしても、助けを求める手を跳ねのけるような真似を、フォウはすまい。
だから、和彦も。
「わかったよ、フォウくん」
しかたがないというふうに、頷いてみせた。
「一緒に行こう」
見たことも会ったこともないデュアルの巫女を信じたわけではない。危険はないというムルスの保証もあてにはならない。
アイザスを助けたところで、彼が感謝の涙を流すことなど、ましてや全く期待できない。それどころか、いらぬお節介だったと悪口雑言を叩かれるのがおちだ。
もちろんフォウも、それはわかっているだろう。
それでもなお、フォウは行くというのだ。
和彦はムルスとファラに向き直った。
「というわけだ。さあ、僕たちを連れていくがいい」
左腕にはまった腕輪を、そっと右腕で包み込んだ。
頼む、リューンの腕輪よ。
僕はいい。フォウくんを、守ってやってくれ。




