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 タシケ・デニグマへの通路はムルスが確保した。


 未知の世界への出口は、その世界を知らない者には開けることができない。

 だが、グランロゼから教えられたその世界へ、しぶしぶながらジャメリンは偵察隊を送りだしたりしていた。

 その動きを密かに監視していたムルスが、彼らの出入りしていた痕跡を利用して、空間に穴を開けたのだ。


 もちろんそこに至るまでには、ムルスはファラと共に、アイザス・ダナを止めようと必死に説得を試みている。


「あのような機械仕掛けのいうことなど、真に受けるほうがどうかしています。アイザス様、どうか今一度、よくよくお考えください!」


「ムルスの言うとおりです、アイザス様。確かなことは何ひとつないのでございましょう? ジャメリンが何をサルベージしてくるかを確かめたうえで、横取りするなりこっそりその技術を盗み取るなりすることもできましょうし……」


「バカなことを言うな!」


 アイザスは青筋をたてて怒った。


「横取りだと、盗みだと!? 貴様ら、このアイザス・ダナにそんな卑怯な真似をしろというのか!」


 いやこれはそもそも盗み聞きから始まったことではないですか、というムルスの抗議は、口に出す前にアイザスのひと睨みで粉砕されてしまった。


 幸いなことにと言うか、ジャメリンは少しもやる気がない。

何か動いてみせねばグランロゼの不興を買うとばかり、のろのろと偵察隊を出したり戻したりするばかりである。

何かそれらしいものを発見したふうもない。

グランロゼには、あまりに過酷な環境なのでと言い訳している様子だ。


「ほら、ジヤメリンでさえ過酷すぎると言っているではありませんか」


「ただの言い訳だ!」


 アイザスは言下に断言する。


「あいつは単に、あの色気虫に媚びを売りたいだけで、宝にはなんの興味もないからだ。すぐに見つけて持って帰るよりも、ぐだぐだと言い訳をしているほうがあの女と長く付き合っていられる。だからわざとああやって、やっているようで何もしていない行動を繰り返しているのだ!」


 そこまで他人の分析ができるのに、どうして自分のことは棚上げにするのか。


 などと、ファラは考えない。

アイザスに対してそんなふうに考えること自体、許されぬ冒涜だと思っているからだ。ファラはただ、アイザスの身を案じているだけなのだ。


 ムルスは違う。


 なるほどムルスも親衛隊の一員だ。しかも、兵士の中では抜きんでた手練れとして、ファラと共にアイザスの最側近を務めている。

リューンでも地球と同じく騎士道が尊ばれる。

主君への忠誠と、名誉に対する厳格な規律。必要なだけのものは備えていると自覚している。

 しかし、というか。だからこそ、というか。


 主君が間違っていれば死を恐れず諫言する勇気もまた、騎士道のうちではないかとムルスは思うのだ。


 アイザスはときどき間違っている。いや、正直にいえば、かなりの部分で間違っていたりする。

特にそれがリューン・ノアに関わることとなると、その間違い方はムルスの目に余るほどひどいものになる。


 今回もそうだ。


 他人の話を盗み聞くこと自体、リューンの騎士としてはお世辞にもいい振る舞いとはいえない。

そのうえ、誰かが手に入れようとしている宝を、正々堂々と勝負するのではなく、相手の目を盗んでかっさらおうというのだから、ムルスの眉がずっとしかめられたままなのも無理はない。


 それでもムルスは、ファラには弱い。


「お前の言いたいことはわかっている。だが、アイザス様の願いをかなえ、喜んでいただくのが我々自身のの喜びでもあろう」


 そうファラに言われれば、ムルスは口をへの字にしながらも、従わざるを得ない。


 ファラ様。

 ムルスは密かに胸の中で呟く。


 あなたのアイザス様へのひたむきな思いを守るために、私も盗み聞きの屈辱に耐えましょう。

こそこそと他人の宝を盗み取ることもいたしましょう。

それであなたが満足ならば。


 あなたがアイザス様を慕う気持ちと同じだけ。いや、何倍も。

ムルスはファラ様をお慕いしているのですから。


「ムルス! 何をぼんやりしている!」


 そのファラに後ろから叱られて、ムルスは跳びあがった。


「出発するぞ、準備をせよ」


「も、もう行くのでございますか?」


 ムルスは慌てて周囲を見回したが、自分とファラしかその場にいないことを発見して首を傾げた。


「あ、あの……親衛隊員は連れていかぬのですか」


「隠密行動だからな」


 そう言って、ファラも少し顔をしかめた。

騎士道にもとる空き巣狙いの盗人行為を、さすがのファラも他の兵士たちに強要することはためらったのだろう。


「お前と私がついていれば、アイザス様の護衛には十分だ」


「ということは、アイザス様も行かれるのですか?」


「どうしてもご自分で、とおっしゃるのだ。仕方なかろう」


 ファラの眉がさらに顔の中央に寄った。触らぬ神にたたりはないので、ムルスはそれ以上の会話をあきらめた。


 粛々と空間を歪め、かの地へとつなぐ。


 耳をすますと、向こうの世界からごうごうと不吉な風の音が響いてきた。

ムルス自身まだその世界へ行ってみたわけではないが、ジャメリンの部下たちが語り合っているのを漏れ聞いただけでも、ろくでもない土地であることは間違いない。


 本当ならば、ファラが行く前に自分でこっそりその世界をのぞいてくるつもりだったのだが。

予想していたよりも、アイザス・ダナの堪忍袋の緒は短かったようだ。


「準備はできているのか!」


 そのアイザスが現れた。


 相変らず、少女と見まがわんばかりの可憐な美貌を惜しみなく焦燥に歪ませ、あたりかまわず怒鳴り散らす。眉目秀麗が台無しのヒステリーぶりである。

地団太を踏まんばかりに苛立って、ムルスとファラを睨みつけた。


「何をぐずくずしている! ジャメリンごときに先を越されてしまうではないか! さっさと行くぞ」


「はっ」


 一度は膝をついて頭を垂れたファラが、すがるような目をアイザスに向けて訴えた。


「しかしアイザス様、今一度お考えください。なるほど我らはデュアルの魔女から永遠の生命を与えられた身。しかし、攻撃を受ければ傷を負い、生存に適さない世界では苦痛を味わうのです。どうか、ここは私とムルスに任せていただいて……」


「くどい!」


 怒鳴りつけられて、ファラがびくっと肩を震わせた。

 逆にムルスは覚悟を決めた。


 止めて止まるお方ではない。ここは言うとおりにして差し上げて、痛い目にあっていただくほうが話が早いだろう。

そう心を決めて、おもむろに立ち上がる。


「こちらでございます、アイザス様」


 空間の穴に手をかざし、広げた。


 アイザスが目を輝かせた。


 跳びこんだ。


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