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いい方法はないか、とグランロゼは以前から思案していた。
正式な名前はダ・グランロゼ。彼女のかつて属していた世界で、最上層の構成員であることを表す敬称がついている。
機械人の支配する世界。
完全自動工場が一定の速度で新たな機械人を生み出し、古くなったものは再生の川と呼ばれる溶鉱炉で溶かされ、次の機械人を生み出す材料となる。
ときおり起こるバグが有機生物における突然変異の役割を果たし、進化と繁栄をとげた。
そうして。
デュアルの魔女に目をつけられ、滅ぼされた世界の中で、彼女は唯一、デュアルに投降して生き延びたのだ。
「だからって、奴隷になったわけじゃないし」
グランロゼはそう嘯く。
「アタシは、アタシが快適に暮らすために一番いい方法を選んだだけ。もらった永遠の命のぶんは働いてもいいけれど、アタシが自分の楽しみを見つけてそのために動くのは、アタシの自由」
グランロゼにはいくつもの楽しみがある。
汚らしい有機生命体のはびこる世界を壊すのもそのひとつ。
この趣味はたまたま、デユアルの魔女からくだされる命令とも合致しているので都合がよい。
だが、その他にも。
「思い出したら、ますます欲しくなっちゃった」
さまざまな平行世界でお気に入りのものを見つけて、それを収集するのも彼女の大いなる楽しみだった。
何が気に入るかは、それこそ気分次第。
ウインドウ・ショッピングをするように別の世界をのぞいて、欲しいものがあれは強引に奪う。
大切なものを奪われて嘆き悲しむ原住民の姿もまた、楽しい。
「けど、あれは」
グランロゼは真っ赤なその唇を噛み締めた。
簡単に奪えると思ったのに、思いもかけず自分の手に負えなかった、それが存在しているのも、グランロゼにとっては苦手な環境だった。
それでも、欲しい気持ちは収まらない。
「そうだ!」
急にグランロゼは目を輝かせた。
「いい方法がある。バカなやつを上手に乗せて、代わりに取りにいかせればいいのよ」
バカなやつに心当たりもあった。
今までグランロゼはどんなことも自分一人でこなしていた。
どんな世界の住人も自分に比べれば愚かで下等。しかも彼女にとっては「ぐじゃぐじゃでどろどろの」有機生命体ばかりである。共闘どころか、手下にすることさえ気持ちが悪い。
ところが、である。
「おだてればなんでもしてくれる便利な手合いには、有機も無機もないのよね。そう割り切ってみたおかげで、これまでになく面白い手駒が手に入ったわ」
しょせんグランロゼの行動原理は自分が最優先。面白いものを手にいれるために面白いものを使う、というアイデアにわくわくしてきた。
「善は急げ、だわね」
躍るような足取りで、グランロゼはその世界へ通じる穴をくぐりぬけた。
「やあやあ、これはグランロゼ様!」
驚いたのはジャメリンである。
いきなり自分の居室に跳びこんできた肌もあらわなグラマー美女の姿に、赤くなったり青くなったり。
特にちょうど一人でくつろいで、足の指の間などをこすっていたときだったので、慌ててブーツを履こうとして四苦八苦。
「何事でしょう、どんな急用がおありで……」
「急用も急用、大急ぎなのよう!」
甘い声を張り上げながら、グランロゼは立ち上がったジャメリンのかわりに、彼の玉座にちゃっかりと座った。
文句を言おうにもジャメリンも、目の前で形のよい脚がこれみよがしに組まれるのを見て、ごくりと唾を呑みこむばかり。
相手が機械人であると百も承知で、むせんばかりの彼女の色気に毒されてしまっている。
「お願いよ、ジャメリン。あなたにしか頼めないの」
「は、はいっ。美しい方の仰せなら、どんなことだろうと」
「嬉しいわあ。あなたなら、そう言ってくれると思った!」
ちゅっと口づけをする真似をされただけで、めろめろになるジャメリンである。思わず両手を組み合わせてグランロゼのそばへにじり寄ろうとして、やんわりと押し戻されたことにも気付かない。
「それで、私への頼み事とは?」
「タシケ・デニグマという世界を知っている?」
「いえ。デュアル様のお声がかかった世界の中には、そのような名前はなかったように思いますが」
デュアルの声がかかったとは、すなわち、魔女から滅びを宣告された世界という意味である。
「それは当然よ。タシケ・デニグマはすでに滅びた世界なんですもの」
「すでに滅びた? それはつまり、デュアル様の手を煩わせるまでもなく自滅した、という意味ですかな?」
「そうよ。せっかく高等生物が生まれて高い文明も築いていたのに、魔女に見つかる前に自分で勝手に殺し合いをした挙げ句、自分たちの星の自然環境まで粉々に破壊して、滅びてしまったの」
「そのような打ち捨てられた星に、グランロゼ様はなんの用がおありで?」
「そこにアタシの欲しいものがあるのよ」
「ほう?」
「といっても、アタシ以外には別になんの魅力もないものなんだけど。けれどほら、いったん欲しくなったら、手に入らないといつまでも気になっちゃうものじゃない?」
グランロゼはわざとまばたきをして、魅惑的な長いまつ毛の動きでジャメリンを釘付けにした。
もちろんジャメリンも彼女と同じく、自分の意のままにならないものには我慢できない傲慢な男であることを理解したうえで、共感を引き出そうとしてのことである。
「実をいうとアタシもずいぶん長い間、あの星のことなんか忘れてたのよ。なのにちょっとしたことでふと思い出して、そうなるとやたら気になってしょうがないわけ」
嘘八百である。
グランロゼはそのことを決して忘れたりはしなかった。それどころか、何度もそれを手に入れようと頭をひねってきたのだ。
しかし彼女は単独でデュアルの軍門に下った身の上であった。そうして、彼女の欲しいものを手に入れるためには、多くの犠牲を必要とするのだ。
部下を多く持ち、それを消耗することに頓着しないジャメリンの登場は、グランロゼにとって恰好の機会となった。
しかもこのジャメリンという男、偉そうにしているわりには単純で、褒めておだてればどんなこともさせられる。
「ねえ、お願いジャメリン。あなた忠実な部下を山ほど連れているでしょう? あなたのひと声で、どんな場所にだって進軍させられる強力な兵士なんでしょう? ひとりぼっちのこのアタシに、力を化してくださいな」
「ははは、はい。もちろんっ」
ジャメリンはよだれでも垂らさんばかりの顔で、ひたすらグランロゼを見つめている。
「しかし、大勢の力が必要というのは、どういうことなんですかね」
「アタシも、詳しいことはわからないのよ」
グランロゼは真顔で嘘をついた。
「デニグマ人が自分たちの世界を再生させるために考え出した宝物、らしいんだけど。そういうの、打ち捨てられた世界に残しておくにはもったいないじゃない? きっとステキな宝物だと思うのよ。アタシ、いろんな世界の生き物が作った宝物を収集するのが好きだから」
「なるほど、未知の世界の宝物ですか。その言葉だけでも、心動かされるグランロゼ様の気持ちがよくわかります。美女と世界の至宝とは、私も心躍りますな」
「じゃあ、取ってきてくれるのね? うれしい!」
「い、いや、それは……」
たじたじとなっているジャメリンの、やたらと飾り立てた私室の片隅で。
カーテンの端が、かすかに揺れた。
だからといって、そこに窓があるわけではない。ここは空間の狭間に作られた、デュアルの部下がそれぞれ与えられているスペースのひとつである。
豪勢な刺繡のほどこされたその緞帳も、ジャメリンがどこかの世界から奪ってきたものである。戦利品としてたまに目を向け、悦に入るために吊り下げられているだけだ。
しかしその大げさなカーテンは、アイザス・ダナにとっては恰好の隠れ場所となっていた。
アイザスはときおり、このカーテンの陰にひそんでジャメリンの動向を探ることにしていた。
動機は違えど、ジャメリンもまたアイザスと同じく地球を狙っている。
正確にいえば地球そのものではなく、それを守ろうとしているリューン・ノアを。もっといえば、ノアが地球に作った親友のことも、ジャメリンは深く恨み、ことあるごとにちょっかいを出そうとする。
その行為はときにアイザスを苛立たせる。
皮肉にも、ジャメリンが彼らと関わるきっかけになったのは、当のアイザスだった。
ジャメリンはアイザスを小馬鹿にするため、目の前でリューン・ノアを倒そうとして逆にこてんぱんにのされてしまったのだ。
そのみっともない姿は小気味のいいものだったが、だからといって、終生の仇に横から手を出されてアイザスが面白かろうはずがない。
腹立たしいことだが、今のアイザスはただ単にリューン・ノアをつけ狙うだけでなく、ジャメリンのことも警戒しなくてはならないのだ。
だが、とアイザスは胸の中でほくそ笑んだ。
よいことを聞いた。
滅びた世界を再生させる方法があるという。故郷リューンの復活を何よりの願いとしているアイザスにとっては、耳よりの情報だ。
それを手に入れれば、リューン・ノアから王家の腕輪を奪う必要もなくなる。本当にその方法が役に立つかどうかはともかく、試してみる値打ちはあろうというものだ。
しかも、ジャメリンが尻込みしている今がチャンスではないか。先んじてその宝とやらを奪い取れば、やつの鼻を明かすこともできる。
タシケ・デニグマ。
その奇妙な世界の名前を、アイザスは脳裏に刻んだ。
すぐに戻って、部下にその世界を探させよう。そうして、このアイザス・ダナが自らそこへ乗り込んで、宝をわがものにしてやる。
気に入らないあの機械の女も、これには泡を吹くだろう。
見ていろよ、痴れ者め。
アイザスは静かに手を振り、緞帳の裏の暗がりへ空間の穴を開けた。
自分の居城とつなげ、ひらりと穴の中へ身を躍らせる。
亜空間の中で、アイザスは哄笑した。
今度こそ、誰かにだしぬかれる悔しさを味わうがいい。
歯噛みしながらグランロゼに平身低頭して謝罪する姿を、俺は高笑いしながら見物してやる。




